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第四話 -どんでんがえし- 石のスープ

 ポルトガル語で”Sopa de Pedra”、石のスープのことである。

 リスボン近傍のサンタレンの町には、この石のスープにまつわる古い逸話がある。


 とある日の夕暮れ、若い修行僧が、修道院へ向かう道を、ロザリオを鳴らしながら疲れた足を引きずるようにして歩いていた。

 彼は空腹だった。もう何日も食べていない。

 長く続いた干ばつと、領主の重税にあえいでいた人々には、修行僧にささやかな喜捨を施す余裕さえなかったのだ。

 もはやもう一歩も歩けなくなり、ほこりまみれの道にひざを折りそうになったとき、遠くに一軒の農家の灯りが見えた。

 たとえ神に聖なる誓いをたてた修行僧でも、生き抜くためには人を騙さなければならないときもある。

「おお、主よ、われをお許しください」

 彼は一計を案じることにして、路傍の丸石を懐に納めた。

 茅葺屋根の農家の軒で、彼は声をはりあげた。

「神のご加護を」

 ゆっくりと扉が開き、女が顔を出した。

「托鉢ならほかをあたっておくれ」

 若い修行僧は、女の断りの言葉にやわらかい微笑みで応じて言った。

「すみません。石のスープを作りたいので、鍋を貸してください。それと、少しばかり水をわけてください。それだけで十分です」

「なんだって、馬鹿をお言いでないよ。そんなスープ、聞いたことがない」

「そうですか、わたしの故郷の料理ですが、とてもおいしいスープですよ」

 女は半信半疑ながら、胸の奥にともった好奇心に負けて、鍋を貸してやることにした。

 修行僧は、鍋を借り受けると、先ほど拾った丸石を入れて水を足し、ことことと煮立てた。興味津々と見つめる女のいる前で、修行僧は味見をする。

「うーん、なかなかの味だが、塩が少しあるとさらに美味しくなりそうだ」

 その一言を聞くと、女は台所からひと匙の塩を持ってきた。修行僧は礼を言い、鍋に落とした。

 またしばらくして味見をする。

「ずいぶんいい味になってきたが、これでジャガイモとたまねぎがあればもっと美味しくなるのに……」

 女はジャガイモとたまねぎを差し出した。修行僧は礼を言う。

 またしばらくして味見をする。

「すばらしい味になった。もう食べられる。けれど、もしわずかなニンニクとチョリソーと一葉のキャベツがあれば、さらに美味しくなるのだが……」

 修行僧はつぶやくように小さくひとりごちる。

 女は聞き逃さなかった。彼女は矢も立てもいられない様子で台所へと急ぎ、彼の言った品々を差し出した。

 このころになると、すでにあたりにはおいしそうなよい香りが漂っていた。

 ようやく修行僧はぐつぐつと煮立った鍋を火から下ろした。

「奥さん、どうです。これが石のスープです。一緒にいかがですか?」

 こうして若い修行僧は食事にありつき、丸石を大切そうに持って農家を後にした。


これだけでもひねりの効いた話だが、さらにこの話をモチーフにしたと思われるすぐれた絵本がある。登場人物は腹をすかしたおおかみと、めんどりのおばさん。おおかみがめんどりのおばさんの家に押し入り、たべちゃうぞ!と脅すところから物語がはじまる。

 めんどりのおばさんは恐れるふうでもなく、おいしい石のスープをちょうど作ろうと思っていたところだから、まずはそれを味わってからわたしをお食べよと、おおかみにすすめる。

 めんどり一羽、逃がすはずもないと思ったおおかみは、おばさんのすすめに従うことにする。

 しかし石のスープはなかなかできない。

 めんどりのおばさんは出来上がるまでの間、やれスープに入れる野菜をとってきてくれとか、洗濯を取り込んでくれとか、おおかみをこき使う。

 ぐっとおなかが空いて、おおかみが待ちきれなくなった頃、おばさんはようやく出来たことをおおかみに伝え、スープを振舞う。

 心地よい疲労と、おいしいスープでおおかみは大満足。

 ことに石のスープを大いに気に入って、これからもずっとずっと食べたいと思った。それで……

 おおかみは鍋の底の石をつかむと、脱兎のごとく逃げていく。

 めでたし、めでたし。


 見事な展開。

 わたしの知っている「どんでんがえし」のなかで、もっともシャープな作品のひとつだ。どんでん返しはかくあるべし。


 ※ネタばれなしと宣言していたけれど、絵本の話だから許してね

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