最悪の幸福
考えすぎて頭が破裂し気の狂ったルビ先生は、すべてを空に投げて施設を辞め、どこかに行ってしまった。理解者はいなくなり、シアンのは独りになった。しかしシアンは気にすることなく殺人を続けた。
施設の職員達は休憩室で昼ご飯を食べていた。
「ルビ先生、ついに辞めたね。」
一人が無表情でつまらなさそうに言った。
「まあ、あんな子の面倒何年もみてれば嫌になるよね。」
「だって辞める直前、ちょっとおかしかったじゃん。一人でブツブツなんか言ってたし…」
「それやばくね?」
会話はどんどん盛り上がり、みんな楽しくなっていた。そして一人のある発言によって、この話題はどこか遠くへ飛ばされた。
「私、シアン嫌いなんだけど。」
最初はみんな、何か言いたげな表情をして黙っていた。
一人の女が重たそうな口を開いた。
「じ、実は私も、あんまり好きじゃないんだよね。なんというか、常識をわかってなさすぎて話が通じないというか、正直言って面倒くさい。」
一瞬の沈黙。女はその瞬間、罪悪感を感じた。
しかし、沈黙を通りぬけ会話は続いた。
「それわかる。」
「そもそもあんな気持ち悪いの、人間として接していいのかね?」
女は少し、ホッとしていた。
そして昼休みが終わる時間になり、みんなそれぞれの職場に戻っていった。
数ヶ月後。
「ねえみんな!みてこの手紙!」
徐々に職員が集まりだす。ミミズの死骸に群がる蟻のように。
「なに?治療法発見…え?これって、シアンの病気研究してた人からだよね?」
みんな驚きをあらわにして、周りはいっきにざわつき始めた。
その夜、緊急会議が行われた。
「シアンの病気、治る方法が見つかったからには治すしかないよね…。」
みんな納得げに大きくうなずいた。
昼休みにシアンが嫌いと言った人が、大きな声で
「はやくシアンの病気を治して、シアンをここから出してあげようよ!」
と言った。
だれも反対はしなかった。あとは本人にかかっていた。
仕事を押し付けられた一人の職員がシアンの部屋に入った。
「シアン聞いて、あなたの病気の治療法が見つかったの。」
職員は、シアンはもちろん「早く治して!」と言うだろうと思っていた。しかし、職員の耳に入ってきたのは「絶対治さないで…!」というシアンの震えた声だった。
職員がどう説得してもシアンは頑なに拒み続けた。当たり前だ。病気が治ったらもう、人を殺せなくなる。
2週間、毎日しつこく説得しても無駄だった。職員達は考えた。これ以上説得しても無駄。ならば無理矢理にでも…。
数人の職員がシアンの部屋に入った。シアンは寝ている。
機械の低い唸り声と、シアンの微かな寝息だけが聞こえる、針で突いたら爆発しそうなぐらい張り詰めた空気のなか、職員はシアンの腕に、もうひとつ点滴の針を刺した。
それは、研究所から送られてきた治療用の点滴だった。