外の世界
14歳のシアンは、未だにあの時の血の色を覚えていた。施設の先生は何回か入れ替わり、あの事件をしっている先生はこの施設で一人だけになっていた。シアンは相変わらず閉鎖病棟にこもり、毎日希望もなくうだうだと、何もない天井に自分の世界を創って好き勝手にやっていた。
そんなある日、シアンのことで施設の先生達の間で大きな会議が開かれた。内容は、シアンはこのまま部屋にこもった生活をしていていいのかというものだ。
約丸一日かかって結論は出た。シアンに週一日だけ、夜の外出を許可する。
外出時、シアンには専用のGPS機能のついた小型機器を持ってもらい、ルートも安全なものを指定した。
職員の中で唯一シアンの過去の過ちを知っているルビ先生は、この案を必死に取り消そうとした。しかしたった一人の意見が通るわけもなく、あっけなく破棄された。
ある日ルビ先生は、このことをシアンに伝えることを任され、久しぶりにシアンの部屋に入った。
「先生!久しぶりね!」
シアンは昔とちっとも変わらない幼い眼球を宝石のようにキラキラさせて、決して笑顔ではない笑顔を見せているルビ先生に話しかけた。
「シアン、大事な話があるの。ふざけないでよく聞いて。」
「え・・・なに?」
シアンはルビ先生の真剣な表情に少し不安になりながら先生に目を向けた。
「来週の水曜の夜、外に出ることが許されたの。」
「え?どういう意味?」
ルビ先生は言葉を必死に選んだ。
「これから毎週水曜の夜は外に出ていいの。つまり、なんて言ったらいいのかしら、その・・・要するに、人間がここより沢山いる世界に入るのよ。」
シアンは自分の脳みそが痺れるのを感じた。
「人・・・?人、血、血が、」
「ああ・・・やっぱり忘れていなかったのね。そう、そういうことなの。」
ルビ先生は下を向いて手で顔を覆った。
「でも、やっちゃいけないことなのでしょう?血を浴びることは。」
「そうよ。そうなの。あなたが頭でそれを理解していても、実際に人間を前にした時にどうなうかは私もわからないの。ああ・・・」
シアンは安らかな表情をして言った。
「大丈夫。」
水曜の夜。シアンは外の世界に足を踏み入れた。肌がなるべく出ないように、長袖長ズボンで外に出た。
外の世界は、黒い天井で覆われていた。天井にはところどころ、白いシミが付いている。とても大きな天井なのに、なぜか狭いとは感じなかった。それはどこまでも高いところにあって、きっと背伸びしても届かなんだろうなと思った。
妙に冷たい風が服の隙間から入り込んで気持ち悪い。どうやったら取れるのかな?
シアンは言われた通りに茶色の道を歩いた。
ざくざくざく
歩くたびに心地よい音がする。クッキーを踏んでいるようだ。
左右では細長い生き物がゆらゆらと自分の髪の毛を揺らしている。勇気を出して話しかけたがなんの反応も無かった。
なんの機械の音もしない。カサカサという音がかすかに聞こえる。
これが、外の世界なのか。
その時、シアンの視界に人間が入り込んだ。
あまりに突然の出来事に、心臓の動きがはやくなるのを感じた。
人間だ。人間がいる。私の知らない、見たことのない人間が。あの人の中にはたくさんの美しい血が入っている。
自分の脳みそを誰かが操っている気がした。シアンは興奮をぐっとこらえてきた道を走って戻った。
風が強くなって息が苦しい。足が前へ前へとつき進む。
シアンは施設内に入った。シアンがたどり着いたところには職員がズラーッと並んでいて、シアンを一斉に褒めちぎった。複雑な気持ちになった。
それからシアンの頭の中は外の世界のことでいっぱいになった。天井に創っていた世界を壊して、外の世界を描いた。
次の水曜の夜が楽しみで仕方なかった。