血の色
シアンは外の世界を知らなかった。生まれてすぐ親に捨てられ、孤児院すらも彼女を悪魔の子と罵り受け入れてくれず、最終的には特別施設に預けられ、14歳になった今もそこで生活している。
彼女は珍しい病気だった。肌や髪の毛は透き通った色をしていて、目の色も他の人とは違った。体も人一倍弱かった。しかし、とても美しい顔立ちでこの世の者とは思えないほど神聖だった。その施設は基本的に精神疾患を患った人々が暮らすところだった。シアンは精神疾患ではないが、外からの出入りが自由にできないこの施設はシアンにとってはとてもいい環境だった。
シアンの患った病気の患者の体は高く売買される。お守りとして販売されたりもする。うかつに外にでると、売買を目的とした人達に首や腕を持っていかれるかもしれない。だから施設の職員たちはシアンを閉鎖病棟に入れた。精神疾患者ではない人をそこに入れていることがばれたらおそらくシアンはそこをでなければいけなくなるので、面会は一切禁止して世間から彼女を遠ざけた。
彼女は毎日ベッドの上で、栄養を点滴で体に送りながら生活していた。日光が肌に当たるとよくないのでカーテンも閉ざされ、暗い部屋で毎日天井を眺めていた。
そんなある日、シアンがまだ8歳のころのお話。
施設の職員がシアンの点滴の点検をしに部屋に入って来た。開いたドアからかすかにもれた光を不思議そうに眺め、職員に話しかけた。
「今、ドアの隙間から出てきた透明な白いものはなに?」
職員は葬式でお経を聞いているような悲しげな顔をして
「あれは・・・、光というものよ。あと、透明な白いものって言葉おかしくない?」
と言った。
シアンは困ったような顔をして
「そうかしら?」
と言う。
シアンは体を起こし、職員が持ってきたさまざまな器具を手にとっていじった。
「シアン、勝手に取っちゃだめでしょう?」
「え?そうなの?別にいいじゃない。」
職員はこれ以上何か言うと面倒くさいことになりそうだったので何も言わずにシアンからはえた点滴の管をはずした。
「それ、はずせるのね。」
シアンは驚いたように管がはえていた自分の腕を眺めた。
「当たり前でしょう。というか、前にも一度はずしたでしょう?もう忘れちゃったの?」
「・・・」
「まあ、仕方ないわね。」
シアンは何の気なしに、職員が持ってきた器具の中の大きなはさみを手に取った。何回かちょきちょきと動かして見る。そのうちに彼女の心の中に何かを切ってみたいという気持ちが生まれた。
その時、点滴の針を点検している職員の腕が目に入った。シアンはためにし職員の中指を切って見た。途中まではうまくきれたが、真ん中当たりで硬いものに引っかかりなかなかきれなった。なのでシアンは両方の手を使って力ずくで切った。
ごりっという鈍い音が聞こえた。
シアンは自分の布団がぬれていることに気づき見てみると、点滴の針の先から液体が漏れていた。
「これ、液漏れてるよ。」
シアンが職員の方を見ると、職員は手を押さえてうなっていた。
「どうしたの?大丈夫?」
シアンは「死」を知らない。どうしたら人が苦しむのかも、なにもしらない。
シアンは自分が持っているはさみを見た。赤い血がたくさんついている。職員の服も真っ赤だ。
美しい。
シアンはそう思った。シアンはベッドから這い出ると職員のさまざまなところを切り刻んだ。傷跡はうろこのようになった。
シアンの透き通った肌にこびりついた血はいっそう際立って赤く見えた。
職員の動きが止まり、シアンはベッドに戻って眠りについた。
「・・・シアン!シアン!!」
シアンは目を開けた。
「何?うるさいなあ。」
そこには数人の職員が、この世の終わりのような顔をして並んでいた。
「?何かあったの?」
「何ってあなた・・・これ・・・」
職員の視線の先にはシアンが殺した職員の死体が転がっていた。
「これが何か?」
「あ、あなたが・・・殺したの・・・?」
シアンは意味がわからなかった。
「殺したっ、てどういう意味だっけ?」
「ああ・・・。」
職員の顔色が一気に悪くなり、ひざから崩れ落ちるのをシアンは肉眼ではっきりと見た。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
「シアン・・・。これは私たちの責任よ。私たちだけで片付けるから、シアンはこのことを絶対秘密にするのよ。誰にも言わないで。いい?わかった?」
「う、うん・・・。」
シアンはこの異様なほどに重い雰囲気を察して不安になりながら小さくうなずいた。
すると職員はシーツと毛布で死体を包み、どこかに行ってしまった。
シアンは自分の手についた血を見た。時間がたって茶色く変色している。美しい。もっとほしい。とシアンは思った。