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魔王様は出奔す

 魔王アンゴルモアは、生まれて初めて

誰かを守りたいと思った。

 それが敵であるはずの女勇者なの

だから、その想いが正しいのかは

分からないが。

 強いはずの勇者が、自分に想いを

吐露した。

 その事が、魔王の中で彼女に対する

想いを変えさせた。

 紫色の瞳を瞬かせ、魔王は手を繋いだ

ままの勇者を見つめたが、勇者は気分が

落ち着いたらしくいつもの無表情に

戻っていた。

「……魔王、さっきはすみませんでした」

「な、何で謝るんだよ!?」

「あなたに八つ当たりしてしまった……

子供みたいに喚いてみっともなかった事

でしょう、すみません」

「そんな事、ないよ。勇者だって人間

なんだ、弱い部分だってあるだろ……」

 勇者ユーリアは何故かちびっこい魔王が

頼もしく思えた。いつもは弱弱しくて泣き虫で

放っておけない存在だと思っていたのだけれど。

「とりあえず、村へ行きましょうか魔王……」

「そうだな、あいつも村までは追って来ないだろ」

「……あの」

「なんだよ?」

「もう、手を離してもいいと思いますが魔王……」

 魔王はかあっと真っ赤になると、慌てて

ユーリアの手を離した。

 ユーリアの方は別段何も気にしていないようだ。

それが魔王は悔しくてならなかった。

 しかし、彼は知らない。ユーリアがまだ温かみの

残る手を無言で見つめていた事を――。



 元々あの場所は村からはあまり離れてはいない。

ユーリアと魔王はすぐに村に戻る事が出来た。

ユーリアは仕事を休んでしまったという負い目が

あるのか、少し迷うようにしていた。

 乱れた栗色の髪を三つ編みに結い直し、いいからと

嫌がる魔王の金の髪を無理やり櫛で整えてから

ユーリアは村へと入る。

 魔王は「いつでも来ていい」とユーリアに言われて

いるし、ユーリアを放っておくのも心配なので

一緒に入る事にした。

「お姉さま、おかえり! 具合はもういいの?」

「……うん、大丈夫」

 実はサボりでした、とは言いにくいのだろう、

ユーリアは曖昧に苦い顔で笑った。

 勇者の妹シーナは、全く疑いもせずに栗色の

瞳を嬉しそうに細めてよかった、と告げる。

 それにユーリアは若干胸を痛めたが、事実を

告げると嫌われてしまうかもしれないと思って

言い返さなかった。

 愛しい妹や父親には決して嫌われたくない。

親友と思っている二人にも。

 そして、小さい癖に自分を守ろうとして

くれたこの魔王にも。

「魔王、ホットチョコレートくらいなら出せ

ますよ?」

「う、うん……飲む」

 ユーリアはとりあえずは魔王を誘って家

へと戻った。

 この間買っておいたチョコレートがまだ

残っていたし、シーナが牛達の世話をして

おいてくれたのでミルクはまだたくさん

あるだろう。

 父親とシーナに使う旨を伝えた彼女は、

台所に入ると手慣れた仕草で鍋を用意して

ミルクを投入した。

 子供のように――というか実際年齢は

ともかく見た目だけは子供だが――魔王は

目をキラキラさせていた。

 煮詰めたミルクに砕いたチョコをさらに

投入して溶かす。甘い匂いが立ち上り、

シーナも欲しそうな顔をしていたので

ユーリアは木のカップを三つ用意した。

 父親は酒飲みで甘い物が駄目なので、

用意しない方がいいだろう。

「あ、お姉さま、ありがとう。――

おいしいぃ~!」

 シーナはアツアツのホットチョコレートを

少しずつ飲んでいった。火傷しないように

細心の注意を払っている所は成長したなと

ユーリアは思うが、口元にはベッタリ

チョコレートがついてしまっていたのには

苦笑していた。

 ちり紙を渡してやると、恥ずかしそうに

口を拭っている。

「魔王も、どうぞ」

「あ、ありがとな勇者……」

 熱いですから気を付けてとユーリアが注意

したのだが、上機嫌にカップを持ち上げた

魔王はそれをそのまま飲んでしまい舌を見事

火傷した。

「あっちぃ!」

「……だから言ったでしょう魔王。仕方ない

ですね」

 冷たい水を渡してやりながらユーリアは

ため息をつく。本当に、さっきまでの頼り

がいのある姿が嘘のようだった。

 ユーリアは笑いながら自分もカップに

口を付ける。

 温かいチョコレートが、すさんだ気持ちを

洗い流してくれる気がして少しホッとした。

 ――しかし、和やかな時間は唐突に壊される

事になった。



 ガシャン!と何かを叩き割るような音と、

村人の悲鳴が聞こえて来る。

 シーナは慌ててホットチョコレートを飲み

干し、ユーリアも同様に素早く飲み終え

家を飛び出した。

 ま、待てよ!と言いつつ魔王もカップの

中身を冷ましながら飲んで二人を

追いかける。

「出て来い、魔王アンゴルモア! ここに

いるのは分かっているんだぞ!!」

「お前……っ!?」

 村の入り口付近で叫んでいるのは、細身な

顔立ちの整った少年だった。

 ……実は少年とはいっても魔界での年齢は

魔王より遥かに年上な、かなりの年配の男と

いう事になるのだが、他の者には十五、六の

少年にしかきっと見えないだろう。

 魔王は彼に見覚えがあった。自分の部下なのだ、

当然だろう。

 何故、部下であるはずの彼が殺意を帯びたような

声で叫んでいるのか魔王には皆目見当もつかなかった。

 とりあえず様子を窺いながら、ユーリア達は物陰に

身を隠していた。

 よく見えない――っ、とシーナが文句を言うので、

ユーリアと魔王が両方しっ!と同時にたしなめ

さらにむくれさせる。

「知り合いですか、魔王……?」

「ああ、あいつは俺の部下のイヴリスだ……でも、

何であんな風に俺を探してるんだろう」

 イヴリスは舌打ちすると、持っていた木の棒を

振り回して村の一軒の窓を叩き壊した。

 やれ、と彼に指示された部下と思わしき魔界の

者達が暴れ出す。

 再び村人の悲鳴が上がり、待て!と叫んだ魔王が

駈け出した。シーナとユーリアもその後に続く。

「イヴリス! 貴様、誰の許可を得てこんな事を

している!? 俺は、貴様にそんな事を命じた

覚えはない……!」

「ふん、血筋だけの魔王が偉そうに。俺はもう

お前の部下ではない! お前を殺し、今日から

俺が魔王となってやる!!」

 魔王が一喝してもイヴリスは退かなかった。

それどこか、小馬鹿にしたように笑いながら彼に

宣戦布告をする。

 魔王はどうしたらいいのか分からなくなったが、

それでも言いたい事だけは言おうと思った。

「俺と戦いたいのなら、いつでも戦ってやる! 

だが、この村の奴らは関係ない、今すぐ別の場所に

移動すればいいだろう」

「関係なくはない、ここは勇者の村だ。勇者を叩き

潰せば、この世界は俺の――時期魔王の天下となる」

 ユーリアは無言で聖剣を構えて、イヴリスへと殴り

かかった。

 魔界の者であるイヴリスは剣に触れる事が敵わない

ため、舌打ちしながらよける。

 今度はためらいなくユーリアは剣を鞘から抜き放つ

と、真っ直ぐイヴリスに向けていた。。

「――魔王、何やってるんですか! 今すぐ逃げなさい、

今のあなたでは彼には敵いません! それが分かって

いるでしょう!?」

「でも、俺がここにいたからあいつが……」

「どの道、彼は私も村人達も全員殺すつもりです。

あなたをも。あなたが殺されれば、彼が新しい魔王と

なってしまう。そんな事はさせたくありません。

だから逃げてください」

 魔王はいきなり怒鳴るようにユーリアに叫ばれて

びくっとなった。ユーリアは少しだけ声を柔らか目に

して、ためらう魔王をかばうように前へ出る。

「勇者、は……?」

「私は、ここで最後まで戦います。たとえ命が

つきても」

 動かない魔王の腕を無理やり引いて、ユーリアは

魔王を村から放り出した。いささか乱暴な行為では

あったが、このまま彼をここに残してむざむざ

殺されるよりはマシだった。

 胸が痛まない訳ではないけれど、それでも彼女は

魔王にはここで死んでほしくないと思っている。

 彼が死んだら魔王が代替わりするから、という

理由だけではない気がしたがユーリアにはその

気持ちは自分でもよく分からなかった。

 魔王は唐突な事に体を打ち付けてしまったが、

ユーリアの想いが分かったのか慌てて走り出す。

 泣きそうになりながら、痛みをこらえて必死に

走って走って走った――。

 なんとか気分を落ち着け、恐怖の男からも

逃げ切る事が出来たユーリア。しかし、村に

魔王の反乱軍がやってきて――!?


 次回は勇者が奮闘する予定です。

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