失態と恐怖と守りたい想い
勇者ユーリアは、幼い頃初等学校を
卒業した後にもう一段上の学校へ通う
ために王都の学校へと出向いた。
そこでは初等学校とは比べものになら
ないほどの充実とした授業ばかりで、
ユーリアはすぐにのめり込んだのだった。
図書室で本を読み漁り、授業で分から
ない事があったら積極的に教師に聞きに
行き、村にいたら決して出来ないで
あろうカリキュラムにはしゃいでいた。
――彼女は、まだ当時は勇者では
なかった。だから、彼女は知ら
なかったのだ。
自分に未知なる力が宿っていた事に。
剣術のカリキュラムを受けていた時に
事故は起こった。
ユーリアと、その相手――ウィル=
オルドの模擬戦の真っ最中の事
であった。
「ウィル、手加減はしませんよ」
「望む所だ、ユーリア! こっちだって
女だからって手加減はしないからな!!」
ユーリアはウィルとはその事件が起こる
までは仲が良かった。彼女はウィルの事は
男友達で、自分に想いを寄せているなどとは
欠片も思ってはいなかったのだった。
「やあっ!」
「くっ!」
勝負はユーリア優勢のまま進んでいった。
ウィルは悔しそうな顔になって攻撃したが、
ことごとくユーリアに受けられ、または
よけられてしまう。
「とどめ!」
「ちくしょう……っ!」
ユーリアの剣がウィルの腕を――正確には
剣を狙って放たれた。
しかし、安全なはずの木剣から衝撃波のような
物が発され、ウィルはその場に吹っ飛ばされて
しまう。
「うぃ……ウィル!?」
ユーリアは木剣を思わず落としてしまっていた。
吹き飛ばされたウィルは、校舎の壁に頭を打ち
付けてしまい、頭から血を流してしまっている。
「ウィル! ウィル! 大丈夫ですか!?」
「うぅ……」
ユーリアは慌てて彼を医務室へと運んだ。
しかし、あまりに強く打ち付けすぎてしまった
らしく、手当は終了したが痕は残ると言われて
しまった。
ウィルはかなり整った顔をしていたので、
女性にもモテた。彼のファンに嫌がらせや
嘲笑や中傷を投げられ、そしてさらに
ウィルから衝撃を受ける告白をされた
ユーリアは怖くなった。
「好きだ、ユーリア。俺を傷物にした責任を
果たしたいというなら、俺と付き合って欲しい。
お前が欲しいんだユーリア、他には何も
いらない」
「わ、私、私は……っ」
確かにウィルを傷つけた責任は感じている。
彼を傷つけたのは自分だ。
だけど、ユーリアは誰も好きになった事がなく、
他人の好意に気付けるはずもなかった。
――ユーリアは、ずっとウィルを友達だと思って
たのだ。
ユーリアはその場を逃げ出すと、すぐに荷造りを
して村へと逃げ帰った。
その後で、村の儀式の際に勇者となったの
だった――。
痛いくらいに胸がドクドクと脈打っていた。
ユーリアは青ざめ、震えながら動けない。
それでも、なんとか声を絞り出して口を開く。
「ウィ、ル……?」
「そうだよ、ユーリア。会いたかったよ、俺の
愛しいユーリア。今度こそ俺の想いを受け入れて
くれよ。お前に傷つけられた箇所、まだ治って
ないんだぜ?」
「うっ……」
淡い茶色の髪をかきあげて、ウィルはユーリアに
傷を見せた。
何年も前の事なので血はすでにふさがってはいるが、
痛々しい傷跡はまだ消えていなかった。
刻印であるかのようにまだ残っている。
ユーリアの、罪の証であるかのように。
ユーリアは彼への恐怖と、過去の罪の意識に身を
震わせ、栗色の瞳を潤ませた。三つ編みに結われた
栗色の髪が小刻みに揺れる。
「い、や……っ」
「勇者!」
魔王アンゴルモアがユーリアに駆け寄って来た。
動けない彼女の腕を掴み、走り出す。
ウィルはぎょっとなった。
「このガキ! ユーリアを離せ!」
「勇者は嫌がってんだよ! それが分かんないの
かよバーカ!」
べぇ、と舌を出しながら魔王は走っていた。
息を切らせながら、それでも本来は敵であるが、
なんだか放っておけない少女を、「いつでも
遊びに来ていい」と微笑んでくれた少女を
守っていた。
汗で張り付いた金の髪をうっとうしそうに
かき上げ、魔王は大きな紫の瞳を疲れで潤ませ
ながらも決して止まろうとしない。
「魔王、どうして……?」
「うるさいな、黙って走れよ勇者! ……
なんだか知らないけど、勇者が怯えてるのが
嫌だったんだよ! 勇者は、いつも凛々しくて、
冷静で、あんな奴に屈する訳がないんだよ!!」
「――私だって、私だって怖い物くらいあります!
私は、彼を傷つけました、そして、自分の物に
なれと言われ逃げだしたんです!」
いつになく感情をむき出しにして喚く勇者に、
魔王は目を見張りっていた。
それでも走るのは止めず、どことなく泣きそうに
見えるユーリアを見つめる。
ユーリアは栗色の瞳を潤ませながら過去を語り
始め、魔王は黙ってそれを聞いていた。
「――幻滅したでしょう? 魔王。私は強くなんて
ありません、自分の力の加減も知らずに彼を傷つけ
たのに、その責任も取らずに逃げた臆病者なんですよ。
勇者なんて、名前ばかりです。だから、私は嫌だった、
誰かを、何かを傷つけなくてはならない『勇者』
なんて――ッ」
魔王は勇者が何故自分や魔物達を討伐しないの
かの理由を聞かされる事になった。
勇者はうつむいてただ悲しげに喚いている。
いつもの冷静な無表情も何もかも放り出した、
ただの女の子のような――ただの人間の
ような顔で。
違う、と魔王は気づいた。
ユーリアは『勇者』という肩書はあるが、人間で
女の子だ。
何故自分は今まで彼女を強大な『強者』だと
思っていたのだろう。
勇者だって完璧な訳じゃない。
勇者の弱い部分を見てしまった魔王は、何故か
『守ってあげたい』といつもの彼女にならば
思わない気持ちを抱いていた――。
恐ろしい相手、ウィルに再開してしまった
ユーリア。怯える彼女を魔王は助けるが、いつも
の彼女とは違う弱弱しい姿が彼女にもある事、そして
彼女の過去を知ってしまう。
魔王はそんな彼女を守りたいと思ってしまい――。
今回は勇者が感情を珍しく爆発させます。