戦いの代償
「やめなさい、魔王! トール!!」
勇者ユーリアが二人に向かって必死に
叫ぶ。
しかし、互いに頭に血が上っている魔王・
アンゴルモアと、トールは=フレイアは
聞かなかった。
魔王が魔力を手の中に集中させ、雷が
その場に轟く。
当たらなかったものの、村人達の悲鳴が
響き渡った。
地面に直撃し、村の中心にヒビが入る。
トールは人間のため、強大な魔王の魔力が
当たったらひとたまりもない。
なので必死に魔法が当たらないように
よけながら魔王を攻撃していた。
魔王の菫のような大きな瞳は次第に
潤み、金色の綺麗な髪は乱れている。
しかし、トールの方も柔らかい茶の
髪はぐしゃぐしゃになり、清潔だった
白いブラウスとズボンは土にまみれて
見るも無残だった。
宝石のようだった緑の瞳には、今や
ぎらついた色があり綺麗な色を損ねて
しまっている。
「む、村が……!」
「どうして、こんな事に……」
ユーリアの友達であるナナとリーシェが、
今にも泣きそうな声を上げる。
シーナにいたっては訳が分からないという
顔をしていた。
「何で……!? 何でお兄さんと魔王が
戦ってるの!? お姉さま、どうしよう」
「どうしようと言われても……」
さすがの勇者もどうすればあの馬鹿二人を
止められるか迷っているようだった。
彼女にはボコボコにのして止めさせるという
方法しか考え付かない。
トールは容赦もなく殴れそうだが、ちびっこい
姿をした魔王を殴るなんてユーリアには出来
そうもない。
でも、そうしないと村は滅茶苦茶になり
そうである。というか、既に滅茶苦茶になり
かけている。
「勇者から手を引け人間! さもないと
殺すぞ!!」
「お前こそ、ユーリアから手を引いたらどう
なんだ魔王! っていうか勇者と魔王が仲良く
するとか普通に考えたらあり得ないだろう!」
「なんだと!?」
言い合いながら魔王はなおも魔術を唱えて
トールを攻撃し、トールはそれをよけながら
魔王に攻撃する。
再び村人達の悲鳴が上がり、ユーリアは
もはや苛立ってきた。
「二人とも、今すぐ攻撃を止めなさい!
さもないと、許しませんよ!?」
「「うるさい、ユーリア(勇者)は黙ってろ!!」」
ブチッとユーリアの中でキレてはいけない線が
キレる音が村人達には聞こえた気がした――。
村人達が必死に馬鹿! 今すぐ謝れ!!
っていうか土下座しろ!と青ざめて叫ぶのにも
全く気付かず、魔王とトールは取っ組み合いを
続けていた。
さすがのリーシェとナナも、恐怖のあまり
紫の瞳とくりっとした青い目を潤ませて
しまっている。
ユーリアは見る者すべてを凍りつかせて
しまいそうな絶対零度の笑みを浮かべながら
そんな二人を見つめていた。
一見笑っているようにも見えるのだが、
決して目が笑っていないのだ。
「――いいっかげんに、しなさいっ!」
ユーリアは村人達が一度も聞いた事がない
ほど大きな声で叫ぶと、魔王が放った魔力の
塊をかいくぐるようにして二人の元へと
突っ走って行った。
時折魔力の弾がユーリアをかすめるのだが、
虹色を放つ結界のような物が周囲に張られて
いるのでそれは彼女を決して傷つける事はない。
村人達は、彼女が「女神の加護」を受けた
勇者である事を再認識する事になった。
今まで勇者の仕事を放棄して家事や畑仕事
ばかりに専念していたユーリアが、とても
凛々しく見える。
「ユーリアが、凄く勇者らしく見える
かも……」
「そのまんまな感じだけど、言いたい事は
分かるわリーシェ」
リーシェが呆然としたように呟き、ナナは
その呟きにそのまんまだと突っ込みながらも
言いえて妙だなと思っていた。
しかし、未だに駆けているユーリアには
その言葉は届いてないようだ。
「――魔王! トール!!」
勇者が振り上げた手に眩い光が点る。
びくっとなって争いを止めたトールと魔王が
見たのは、聖剣を手にした彼女が鞘ごとそれを
振るう姿だった――。
ガツン!という音が二度に渡って村中に響き
渡った。
あまりに痛々しそうな音に、村人全員が同情の
目を向ける。
さすがトールを悪く言っていた勇者の父親でさえ
同じような反応だった。
魔王とトールはあまりの痛みに声さえ出ない
ようだ。
「……っ!」
「~~っ!」
ユーリアは涙目になる二人を未だ怖い顔で
見つめている。まだ怒りは収まらないらしい。
「い、いいいいきなり何するんだよ勇者……っ!
こぶが出来――……ご、ごめんなさい」
一番最初に立ち直ったのは魔王だった。
たんこぶが出来た頭をさすりながらユーリアを
睨みつけるが、彼女の笑っていない目と目が
遭ってしまい恥も外聞もなく謝ってしまう。
その時の魔王の心情は、まさに蛇に睨まれた
蛙そのものだった。
何故売り払ったはずの聖剣を勇者が持っている
のかという突っ込みを入れる余裕さえなく、ただ
小動物のように震えている。
「――魔王、よく聞いてください」
「ひ、ひぃっ!?」
ユーリアが聖剣を抜き放った。
清らかなる輝きの剣が太陽を反射して美しく輝く。
しかし、これは魔を払う武器なのだ。
魔王にとっては自分を滅する道具でしかない。
首に刃を突きつけられた魔王は、殺されるかも
しれないという恐怖に震え声を出せなくなって
しまった。
許しを請う事も出来ず凍りつく。
「――あなたが、この村や人間の人々に手を
かけるのならば、私は勇者としてあなたを
斬らなければなりません」
「……ぅ……」
「斬らせないでください、魔王。私はあなたを
斬りたくはないんです」
ユーリアが聖剣を遠ざけると、魔王はそのまま
へたへたと座り込んだ。
続いて、ユーリアはもう一人の当事者である
トールへと振り向く。
「ひっ……」
「――この聖剣では、あなたを斬る事も消滅させる
事も出来ません。ですが、傷つける事だけなら
出来るんですよ?」
「す、すみませんでしたあああっ!!」
トールは泣きそうになりながら頭を下げた。
ユーリアは冷たい目を崩さずにトールと魔王の
手を掴み、無理やり握手させる。
トールと魔王は逆らう勇気ももう全くない
ので大人しくなっていた。
二度と村を傷つけないでくださいね? そう
問われた二人はただただ頷くばかりだったという。
「……私、ユーリアが魔王側じゃなくて本当に
良かったと心から思うわ」
「しっ! 私も思ったけど、聞こえるわよ
リーシェ!」
正座させて二人をくどくどとお説教するユーリアに、
リーシェが思わずユーリアが魔王じゃなくてよかったと
呟いてしまった。
青ざめながらナナが彼女の口をふさごうとする。
幸い、ユーリアには友人達の声は聞こえなかった
ようだ――。
最初は大人しい女の子の予定だったのですが、
回を増すごとに彼女はどんどん強くなっていき
ます。魔王よりよっぽど魔王らしいかもしれま
せんね、って彼女は勇者ですが。
勇者はかなりキレると怖い設定です。