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魔王様は見た!

 勇者ユーリアは仕事の途中で村娘達に捕まった。

栗色の大きな瞳をすがめ迷惑そうに見る彼女だが、

村娘達は退く気はないようだ。

「ユーリア! あんたはいろいろ気を使わなすぎ!」

「そうよそうよ! 可愛い顔してるのにもったい

ない!!」

「今日こそは来てもらうんだからね!!」

 ユーリアは内心苦虫を噛み潰したかのような心境

だった。彼女は基本オシャレというものに無頓着

である。

 ただ畑仕事や動物(家畜)の世話をして暮らすのが

好きな彼女は基本動きやすい恰好ばかりしている。

 村娘達はそんな彼女に我慢がならなくなったようだ。

ユーリアは基本的には女性には暴力は振るわない。

 腕を掴まれた彼女は、渋々街へ出かける事にするの

だった。いつもの事ながら、ちびっこい姿をした魔王が

いる事に全く気付かずに――。



 魔王には会話は聞こえなかったので、勇者が自分の城に

来さえしないのに彼女達とどこへいくつもりなのかと

腹が立った。

 本人は否定するかもしれないが、その時の彼の心中を

一番分かりやすく説明できるとすればお気に入りの

おもちゃを取り上げられた子供がすねている、というのが

適格だろう。

 そう、魔王は子供っぽくもすねていたのだ。

まあ魔王は子供であるから、子供っぽくても当然なのかも

しれないが。

 魔王はこっそりと勇者ユーリアと村娘達を尾行する事に

した。やっぱりいつも村にばかりいる彼女が、誰かと出掛

けるという事が非常に気になったのだ。

 しかし、そこで、魔王は勇者の意外な一面を見る事に

なった。捨てられていた子猫を抱き上げ、優しそうな顔で

微笑んだのだ。

「お前、捨てられたの? うちに来る?」

「ニャ~」

「よしよし、いい子」

 勇者は基本無表情を貫くタイプである。

嬉しそうに擦り寄る猫を愛でる所など魔王は想像出来

なかったのだが、その顔だけを見ているとどこにでもいる

村娘のようだった。

 茶色い色の子猫は愛しげに勇者に身を摺り寄せ、さらに

勇者は可愛らしい笑顔になっている。

 街へのお出掛けだったからか、服装もいつもの地味な衣服

ではなく、ふわりとした茶のロングスカートに、水色の可愛

らしい胡桃ボタンつきのブラウスという華美ではないが

上品な格好だった。

「……あいつ、笑えるんだな」

 魔王は複雑な思いでその表情を見ていた。

勇者は魔王がついてきている事を知らないのだろう、打ち

解けた様子で他の村娘達と笑い合っていた。

 魔王はいまだかつて勇者の笑顔など見た事がないと

いうのに。もちろん敵同士だし、気軽に笑いあうような

関係ではない。

 しかし、何故か魔王は苛立ちのような物を感じて

しまうのだった――。



 その頃、勇者ユーリアは。

同じ村の人間である、リーシェとナナと共に町を

歩いていた。リーシェは淡い金の髪を三つ編みにして

紫色の瞳をした少女で、ナナは赤みが強い髪を腰まで

結わずに垂らし、くりっとした青い目をした少女だ。

 ユーリアとは幼馴染の関係なのだった。

ユーリアは服装にとやかく言われるのは多少ムカっと

なるものの、彼女達の事が好きだったし別に不快という

訳でもなかった。

 しかし、感情を作るのが苦手な彼女は、自分が

リーシェ達と話すうちに笑っている事など気づいて

いない。と、口を開いたのはナナだった。

「ねぇユーリア」

「……なんですか?」

「最近男の子に言い寄られてるって本当?」

 普通の少女ならばここで真っ赤になったり動転したり

するのだろうが、ユーリアは全く動じた様子も見せずに

ああ、と呟いた。

 リーシェとナナがちっ、と舌打ちしたようだが

どうやら彼女には聞こえなかったようだ。

「魔王の事ですね、言い寄られている訳ではありません。

勝負しろと迫られているだけですし。それによしんば彼が

私に好意を抱いているとしても、まだ子供ですよ?」

 顔色も変えずに言い返しながら、ユーリアは買い求めた

クレープを頬ぼった。

 クリームとフルーツがたっぷり入ったそれは、彼女にとって

好ましい味だったらしく、気づかずにまた口元が綻ぶ。

 今度はリーシェが口を挟んだ。

ちなみに、同じ村に住んでいるとはいっても、リーシェもナナも

行商をやっている家の娘であるために村の事情には疎かった。

 今朝帰って来た時に村の事情やユーリアの状況などを聞き、

彼女を街へ連れ出したのだ。

「ええ~子供だからって切り捨てるのもったいなくない? 

美形なんでしょ? その子」

「魔族みたいですから、見た目は多分整っているのでしょうね。

でも、興味ありません。私はただ、畑を耕して、動物達の世話を

して、妹と父親と静かに暮らしていければいいんです。村娘

なんですから」

 はぁ、と二人はため息をついた。

村娘であるのは確かだが、ユーリアは勇者なのだ。

魔物を倒して大活躍したり、ここではない魔物に襲われている村を

救ったり、いつでも英雄としてもてはやされたり出来るというのに

何だかもったいない。

「それに、魔王があの状態なのでここの世界平和そのものじゃない

ですか。魔物に襲われてる村とかもありませんし、私が活躍する

意味なんてありませんよ」

「「まぁ確かに……」」

 リーシェ達は魔王がちびっこである以上ユーリアが活躍

して英雄になるなんて夢のまた夢だな、と思ってしまった。

 あんな子供に勝っても誇れそうにないし、下手をすると

子供をいじめた悪役にユーリアがなりかねない。

 ユーリアは話が終わったのを見て取って、クレープを

お代わりしようと、二人を放って置きのクレープ屋に

向かおうとした。

「すみません、今度はこっちのチョコレートが入った

奴を……」

 クレープは比較的安価で食べられるデザートなので

村娘達に大人気だった。ユーリアもその例にもれず気に

入ってしまったようである。

 猫が入った鞄を優しく撫でてから、ユーリアは嬉しそうに

クレープを受け取った。少しだけ開いた鞄から、顔だけ出した

猫は嬉しそうにニャ――と鳴く。

「あいよ、お嬢ちゃん可愛いから、バナナもサービスして

おくぜ」

「ありがとうございます……」

 バナナがトッピングされたチョコクリームのクレープを、

あぐあぐ齧りながら戻ろうとするユーリアの前に、見も知らぬ

男性がやってきた。

 貴族ではないが、それなりにいいところの家の出である

らしく幾分上等な衣装を身にまとっていた。

 やあ、と声をかけるのだが、ユーリアは当然無視する。

自分の容色にあまり興味がない彼女は、自分が可愛いと

いう自覚がないのである。

「……ま、待ってよ君」

 腕を掴まれてようやく呼びかけられたのが自分だと

言う事に気付いたユーリアは、小首をかしげながら

男へと目をやった。

「……私に、何か用なのですか?」

「用ってほどじゃないけど……君可愛いなって思ってさ」

「そうですか、じゃあ私はこれで」

 彼はユーリアをナンパしていたのだが、ユーリアは

そんな事とは気づかない。そっけなく言い返して戻ろうと

する彼女の腕を再び男が掴んだ。

「私に用はないのではなかったのですか?」

「用なら今出来たよ。ここのカフェでお茶でも飲まない

かい?」

「結構です。これから村に帰る所ですので」

「そんな事言わずにさ」

 ユーリアは逡巡した。

彼女の力ならば、目の前の男を叩き伏す事に問題はない。

 しかし、上手く力を抜けるかが問題だった。

問題になってしまったらもうあの愛しいスイーツが待つ街へ

繰り出す事は出来ないだろう。

 ここで私は勇者だと告げれば男も怯みそうな物だが、勇者

である事を誇っていない彼女には思いつかない方法

ではあった。

 男はユーリアが自分とお茶を飲む事を考え直したのだろうと

思い、調子に乗って彼女の細い肩に手を置いて抱き寄せよう

とした。

「……っ!」

「てめぇ、勇者にそれ以上触るな!!」

 ……びっくり仰天したユーリアが男の腕を掴んで綺麗な投げ

技をかけたのと、ちびっこい見た目をした魔王が飛び出して

来たのはほぼ同時だった。

「いってえぇ! ――えっ、勇者!? 魔王!?」

「気安く私に触らないでください。私は勇者ですが、

それが?」

「ひぃっ! 申し訳ありませんでしたああ!!」

 無様に地面に転がった男は、魔王の声が聞こえたらしく血の

気が引いたような顔になった。

 ユーリアは脅すつもりなどなく、ただ事実を言っただけなの

だけれど、男には無表情でそう告げるユーリアの言葉が脅しに

しか聞こえなかった。

 悲鳴を上げながら逃げ出してしまう。

後には首をかしげたユーリアと、呆然としている魔王だけが

残された――。



 ユーリアはちらりと魔王に目をやった。

魔王は勇者に見つかった事と、敵であるはずの勇者を助け

ようとした事、さらに助けなど全くいらなかった事に打ち

のめされて顔を真っ赤に染めていた。

「――何故、魔王がここにいるんですか?」

「べ、べべべ別にお前を尾行してたとか、お前を助けようと

したけどすでにお前一人で片付けちゃってたとか、そういう

事なんてしてないんだからな!?」

 全部自分で自白してますが、とユーリアは思ったが口に

出さなかった。今にも泣きそうな魔王にそれを言ってしまうと

本気で泣かれそうだったからだ。

「私の事を助けようと思ってくれたんですよね、魔王」

「か、勘違いすんな! お前を倒すのは俺なんだ! 他の

奴らに倒されちゃ困るから手助けしてやろうと思った

だけだ!!」

 どうやら魔王は先ほどの彼が勇者を倒そうとした敵だと

勘違いしているようだ。ユーリアはその様子がなんだか

おかしく見えてつい笑ってしまった。

「ふふっ。おかしな魔王ですね、敵の心配をするだなんて」

「だ、だから俺は心配なんて全くしてない!!」

「一応礼は言っておきますよ、魔王。ありがとうございました。

――また村に来ていただいてもいいですよ? あなたを倒す

つもりは私にはありませんが、お茶くらいなら出してあげ

ますから」

 ふわり、と笑いながら身をひるがえす勇者に、何故か胸が

ざわついた理由を魔王はどうしても考え付きそうに

なかった――。

 

 

 家政婦は見た! がサブタイトルの

パロディです。実際にあの作品を見た

事はないんですけどね。

 街へお出かけする勇者を魔王が追って

行きます。今回で少し魔王と勇者が仲良く

なれた気がします。

 って本来は敵同士なんですけどね!

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