勇者の本気の怒りとその理由
「な、何をするんだ……っ」
尻餅をつく羽目になってしまったユグルス=ドルグアは
黒い瞳に涙を浮かべながら叫んだ。
しかし、その視線の相手であるユーリアは冷たい氷のよ
うな瞳で彼を睨みつけている。
「それは、こちらのセリフです。いきなり私の仲間になん
という事をするのですか」
ユーリアの声はひんやりとしていて、穏やかなのにも関
わらず内心の怒りを加味してか切り込むような口調にも聞
こえた。
言われた訳でもない魔王アンゴルモアがびくっ、と身を
すくめてしまったほどに怖い。
「ゆ、ユーリア?」
落ち着いて、と言わんばかりにリル・フェイ・シェイラ
が肩を叩くのもスルーし、彼女はなおも言葉を投げる。
「彼に手出しする事は、今後私が一切許しません」
「お前なんなんだよっ。俺は、俺はただ使用人達とフレニ
アを……!」
「大切な人がいるならば、私の気持ちも分かってくれませ
んか? 私にとって彼は――アンゴルはとても大切な人な
んです」
「……ぁ」
さすがにユグルスは顔をうつむかせ、後悔するような痛
みを含んだような顔になった。
フレニアがそっ、と手を取ってにこっと微笑む。
「――ユグルス様」
「ああ、分かっている……」
ユグルスは謝ろうとしたようだが、そこで不意にん?と
声を上げて魔王に目を移した。
びくっとなって魔王が身を竦める。
「……ちょっと待てよ、アンゴル? お前、魔王アンゴル
モアか!?」
「ひぃっ!? な、ななな何だよぅ!?」
チッとユーリアが舌打ちしたのも無理はなかった――。
「やっぱりお前は死ね、魔王!」
「ぎゃ――っ! さっきと言ってる事違う!?」
「させないと、言っています」
落ちた剣を拾って再び魔王へと肉薄するユグルスだった
が、今度もユーリアが立ちふさがった。
ひやりと冷たい一瞥に、ユグルスはぶるりと震え上がる。
「ひっ……!?」
「この勇者ユーリアの目の黒い内は、アンゴルを傷つける
事は決して許しませんし、させませんから」
「う、うぅ……って勇者!? お前勇者なのに魔王を守っ
ているのか!?」
「それがなんです! アンゴルは私にとって大切な人です」
「どうして魔王を守ろうとするんだ!」
「どうして……?」
ぴたり、とユーリアの動きが止まった。どうして……。
どうして……なんだろう。
分からなかった。確かに、魔王は大切な仲間で守りたい
人のはずだ。
でも、どうして守りたいって思うんだろう。
リルとサーリヤ=リステイカがユーリアってひょっとして、
と色めき立つ事など気づかずにユーリアはうつむいた。
「理由なんて関係ありますか! 大切な人を守りたいって
いう気持ちに、理由なんてありません!」
「ひっ……ご、ごめんなさいっ!」
(((強引に押し切った!?)))
三人が呆れたような顔になったのも無理はなかった。
文句がありますか?と言いたげな目で睨まれては返す言葉
もないのだが――。
魔王はユーリアが怒った理由については分からなかった
けれど、自分のために怒ってくれた、というのは素直に嬉
しい事だった。
守ってもらう、というのはちょっと自分が情けない気が
しないでもないけれど。
「――ゆ・ぐ・る・す様?」
「す、すみませんでした、本当に申し訳ありません……」
怒ってもあんまり怖くはないけれど、むぅっと唇を尖ら
せて腰に手を当てるフレニアに促され、ユグルスはユーリア
達に謝罪していた。
まあ、自分の妻が怖いというよりは、先ほどのユーリアの
姿が怖かったのだろう。
「わ、分かってくれたらいいよ……俺は」
「……すまなかった」
魔王がためらいながら謝罪に返事を返すと、どうやら悪い
奴ではないと判断したユグルスは心からの謝罪をもう一度
した。
分かり合えたらしい男達に、フレニアとユーリアが嬉し
そうに微笑む。
フレニアはともかく、ユーリアは滅多には笑ったりしな
いのでそれは驚きだった。
その可愛らしさにどきりとなってしまった魔王には、リル
とサーリヤの会話は届いていなかった。
「やっぱり、ユーリアってアンゴルの事好きなんじゃない
かな……」
「私もそう思う……どうやらアンゴルの方は気づいていない
みたいだがな」
「ユーリア自身も気づいてないみたいだよ……教える訳にも
行かないし、どうなるんだろうね」
リルの顔には面白そう、とはっきり書いてあった。
リル、と小さくサーリヤがたしなめる。
「べ、別に二人の仲を引っ掻き回す気はないよ? 生暖かく
見守ってあげようかなって」
「温かくじゃなくて生暖かくなのか!? というか、まだ
ユーリアとアンゴルの関係については性格には分かっては
ないが……」
「でも、アンゴルはユーリアが好きっぽいよね?」
「それは間違いないな!」
魔王の気持ちについてはもう間違いない、と言ってしま
えるほどバレバレだった。
ユーリアの方は、魔王が好きなのではないか、という憶
測は出来てもはっきりそうとは言い切れない。
二人の恋愛は始まるのか始まらないのか……。
なお、ユーリアは自分でも何故自分があんなに怒ったのか
分からないんですよね、と魔王に後に告げたらしい――。
勇者ユーリア、キレるの巻!、でした(笑)。
最近感情剥き出しになりつつもありますが、まだ
まだ無感情無表情な所のあるユーリアが魔王のため
に怒りますが、本人はその理由については全く気が
ついていない感じです。