少年王の許可と旅立ちの始まり
「へぇ~。このちびっこいの、魔王
なのか」
「だ、誰がちびっこいのだ!」
一応は少年王に敬意を払っていた
魔王アンゴルモアだったが、ちびっ
こいの扱いされてそれをかなぐり
捨ててしまった。
赤みの強いふわふわした二つ結びを、
兎の耳のように揺らしながらリル・
フェイ・シェイラがさらにおろおろ
するが、別段少年王は気にもして
いないようだった。
興味深そうに宝石のような青い
瞳を瞬かせている。
(私にとっては、どっちも『ちびっ
こいの』ですけどね)
勇者ユーリアはそう思ったが、リルを
これ以上困らせるのもなんなので
黙っていた。
と、少年王の青の瞳が彼女を向く。
「で、君が勇者、なのか」
「はい……そうですが? それが何か?」
「ははは、しおらしくなったかと思えば、
やっぱり気が強いな君は」
「しおらしくなんて、なっていません。
リルが困っているから、多少大人しく
していただけです」
「ゆ、ユーリア!」
「構わん構わん。――そうだ、お前ら
席外せよ。こいつらと、四人だけで
話がしたい」
「お、王! それは――!」
「――余の命が、聞けぬのか?」
「は、はっ! も、申し訳ござい
ません!」
ユーリアと魔王を凄まじい目で睨み
つける家臣達に、少年王が退室を
うながした。
家臣達は最初従う様子を見せなかっ
たが、一瞬王の声と視線が冷たくなり、
怯えたように頭を下げると部屋を出て
行った。
ユーリア、リル、魔王も思わず背筋が
ぞっ、となってしまい目を見開いて
固まっている。
見た目は幼くとも、彼は王の
ようだ――。
「あ、まずは俺から名乗った方が
いいかな。俺は、この国――ラスカの
王、リュビエ・エレクス・トール・
ラスカだ」
「ユーリアです……一村人です」
「魔王、アンゴルモアだ。――って
違うだろ! お前勇者だろ!?」
少年王――リュビエは名乗った。
ユーリアと魔王も名乗ったのだが、
ユーリアが自分の事を一村人だと名乗った
ので、魔王が突っ込んだ。
しかし、ユーリアにはそっけなく無視
されてしまい紫の瞳を潤ませる。
まあまあ、とリルはそんな気の毒な
魔王をなぐさめていた。
「それで、王、許可は、いただけ
ますか?」
「あったりまえだろ? 俺とリルの仲じゃ
ないか!」
「って、リルと王、そんな仲じゃないと
思うけど!?」
「硬い事を言うな、とにかく、旅は許可
する。頭の固い家臣共には、口は出させ
ないさ」
「よかった……」
ともかくも、許可はもらえたようなので、
ユーリアは機嫌を直した。
変な王ではあったが、悪い奴ではなさそう
だし、まあいいだろう。
ユーリア達は一礼して退室すると、一度
リルの家に戻って旅支度を整えてから旅立つ
事にした――。
「ひゃ――っ、つめた――い!」
「早く歩かないと、日が暮れてしまい
ますよ?」
「いいじゃん、ユーリア少しくらい出発を
遅らせても、さ」
旅立った、まではよかったのだが……。
歩いている途中、川を見つけたリルと魔王が、
川に飛び込んで泳ぎ始めてしまったのだった。
ユーリアが呆れ顔で言うものの、二人は
はしゃいでいて聞いてくれない。
特に、魔王は自分が命を狙われている自覚が
あるのだろうか、とユーリアは思った。
きっと、今は忘却の彼方に追いやっているの
かもしれない。
仕方ないので、ユーリアは冷たい透き通った
水を、リル所蔵の銀製の水筒に入れる事にした。
余談だが、リルの所蔵している食器は全部が
銀製である。
それは、彼女が派手好きというだけではなく、
宮廷に上がったりするといろいろ妬まれて危ない
から、という事らしい。
銀には、毒に反応を示す事が明らかに
されている。
そんな物を所有しているからには、毒を盛ら
れた事があるのではないか、とユーリアはつい
かんぐってしまう。
しかし、慌ててそんな事は考えてはいけないと、
垂らされた栗色の髪を持つ頭を振った。
水を汲んだのとは別の場所に素足を入れて
見ると、身が引き締まるような冷たさを足に
感じた。
(なんだか、心が洗われるようですね……)
静かな空間に身を置いていると、なんだか
穏やかな気分になった。
ちなみに、リルと魔王がぎゃあぎゃあ言い
ながら今現在水かけ合戦をしているのだが、
彼女はそれを無意識のうちにシャットアウト
していた。
悲劇(?)が起こったのは、そのすぐ後
だった。
ばしゃあっ、と水が勢いよくがユーリアの
全身にかかってしまったのである。
「……」
「「あっ……」」
二人の顔が、やばいと言いたげな顔に
なった。
魔王はリルに、リルは魔王をかけようと
したのだが、二人同時に手元を狂わせて
しまい、間違えてユーリアにかけて
いたのだった。
髪も服も全部びしょぬれになってしまった
ユーリアは、全身から雫をしたたらせながら
無言である。
しかし、なんだか無表情の彼女から怒りの
オーラを感じ取ってリルも魔王も
震えていた。
「あ、あの、ゆ、ユーリア……? ごめんね、
大丈夫?」
「ご、ごごごごめんなさい……」
リルは恐る恐る、魔王は泣きそうになり
ながら謝る。
それでも、ユーリアの視線は冷たい氷の
ようなままだった。
「――悪ふざけしすぎる子供は、嫌いですよ?」
「「ご、ごもっともです! ごめんなさい!」」
「反省、していますか?」
「は、はい……」
リルはこくこくと頷いたけれど、ここで魔王が
命知らずな行動に出た。むぅっとなったように、
ユーリアに反論したのである。
確かに悪いとは思っているのだが、そんなに
怒らなくてもいいじゃないか、と思って
しまったのだ。
「ふん、ちょっと間違っただけじゃん! 何、
そんなに怒ってるんだよユーリア!」
「魔王は、反省していないと、いうのですか?」
今すぐ謝って! 反省してるって言って! という
想いを込めつつリルが魔王の腕を引くが、魔王は完全に
むくれていてユーリアに謝るつもりはないようだ。
「反省しない悪い子には、お仕置きが必要ですね?」
「……えっ? ちょっ、ゆ、ユーリア!? ど、どこ
連れていくんだよう!?」
そのまま、魔王はユーリアに引きずられるようにして
森の奥へと連れて行かれた。
リルがあわわ、と怯える中、森の奥の方からはぱぁん!
ぱぁん!と何かを叩く音と、魔王のごめんなさい!と
泣きじゃくる声が聞こえて来たそうだが、リルには何が
起こっているのか分からなかったという――。
一応彼は王なので、怒ると
怖い設定です。少年王の名前が
今回で明かされました。
ようやく、リル達の冒険が
正式にスタートします。
ユーリアが魔王にしたお仕置き
内容は、皆様のご想像にお任せ
します。
……と思ったのですが、やっぱり
曖昧な描写になりそうなので次回
明かす事にします。