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『しろ』

作者:

前に書いたものを修正して題名を変えて再投稿。

私は神子です。

名前はありません。

昔は持っていたような気がするのですが、覚えていないのです。

私は、ずっと白い空間に居ました。

ただ、白い空間が広がっているその中心、私の足元には小さな泉があります。

知識の泉と言う名のその池からは、滾滾(こんこん)と清純な水が湧き出ています。

その水はすべてを知っています。

言語、世の中の出来事、歴史…

それで私はその池で何をやっているのかといいますと、白い服を着、白い髪を垂らし、白い枷をはめられ、ただただそこに座り、泉から無尽蔵とも言える知識を読み取り過ごしているのでした。

何故そこに私が居るのか、いつからここに居るのか、もう、それすらも覚えていません。

ただ、わかるのは私がこの空間の事を好いていないということだけでした。


ここには色がありません。

私にも色がありません。

髪、目、服、枷…

私以外の、人も居ません。

そもそもこのような白い空間では只人(ただびと)は狂ってしまうでしょう。


全てが白いその空間には時間の概念が無く、空すらもありませんでした。

それでも長い時間をそこで過ごしたとわかる程泉の知識を読んだとき、唐突に泉の前の空間が裂けました。

そこからは、白いフード付きの外套のようなものを着た男が出てきました。フードで良くわからなかったのですが、白粉を塗りたくり、白い(かつら)を付けているようでした。

その男は、知識を寄こせと言う風な事を言いました。

その時には既に言葉の発し方も忘れていたので、無言で泉の水を掬い、その男にかけました。

どうしてか、そうすれば良いと、知っていました。

その男は喜んで、出てきた空間の裂け目へと帰っていきました。


その後、何度か男が来ました。

毎回来る者は違うのですが、服装と、白粉と、鬘は全て共通していました。

私はその度に無言で男に泉の水をかけました。


ある時、私はこの無機質な空間に、白い蝶が居るのを見つけました。

よく見ると、白地に黒い斑点の付いた羽を持っていました。

泉によると、モンシロチョウ、という種でした。

その蝶は何処からともなく(あらわ)れ、どこへともなく消えて行きました。

初めて白以外の色を見た私は、その蝶をずっと見つめていました。

その色が欲しい、と思いました。


幾人か、白い男が来ました。

無言で泉の水をかけました。


そして、また唐突に泉の前の空間が裂けました。

また白い男だろうと思っていた私は顔を上げて驚きました。


そこには、黒髪、黒目を持った、浅黒い肌の少年が立っていました。

とても輝いた目をしていました。

私は一言、言いました。

「その色、頂戴?」

失くしたと思っていた言葉を発しました。

少年は一言、

「良いよ」と答えました。

私は少し考えて、一番に目に入った、彼の目を貰うことにしました。

二つ共にとるのは余りにも惜しかったので、右目を貰って、自分の右目をあげました。

自分で自分の目を見ることはできなかったけれど、とても満足でした。


その少年は、何度も来ました。

少年は苛められているようで、来る度に傷が増えていました。

私はそれを癒しました。

初めて泉の知識を使いました。


彼は私の名前を尋ねました。

呼び名に困るから、と。

名前は無い、というと彼は私に名前を付けました。

安直な名前でしたが、何よりの宝物になりました。


どのぐらいか経つと、その少年は青年になりました。

この空間に来る頻度も、減りました。

青年となった少年は来る度にまた来る約束をして帰ります。私はそれがとても嬉しくて、嬉しくて。

彼がまた来るのを楽しみに待つようになりました。

泉を読む頻度が減りました。


青年は、少年のころから一度も私に知識を求めませんでした。

利害以外で成り立つその関係は、とても心地よいものでした。


ある日、青年は、もう来れないかもしれないと私に告げました。

そして、やはり彼はもう来ませんでした。

私はせめて彼の現在(いま)を知ろうと泉の水に触れました。

泉に沈んで泣きました。


彼の国、彼の一族――王族には、代々伝わる預言……言い伝えがあるそうです。

 ――知識が欲しくなったなら一度だけ、白い人に扮して城の奥の扉を開けなさい。

 ――そうすれば、知識の神子が貴方に知識を授けるでしょう。

 ――でも、少しでも白以外の色を見せたのなら、

 ――知識の神子に気に入られてしまったのなら……


嗚呼、彼は不幸になってしまいました。

私は彼が与えてくれた名を胸に、泉の底で深い眠りにつきました。


私は神子です。

名前はありません。

昔は持っていたような気がするのですが、覚えていないのです。


ここには色がありません。

私にも色がありません。

髪、服、枷…

私以外の、人も居ませんでした。


無言で泉の水を掬います。水面に映った瞳の色。

――片目が、黒でした。


私は泣きながら水を、白に扮した男にかけました。



――どうか、彼の一族に幸多からんことを。


そうして私はまた、深い水底(みなそこ)に堕ちてゆくのでした。

本編のぼんやり描写で満足してる方には不要な追記。

見るか見ないかは自己責任でお願いします。


http://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/526288/


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― 新着の感想 ―
[一言] 何だかもの悲しくなる不思議なお話でした。 短編という短い中でも沢山沢山考えさせられるような深い深いお話であったような気がします。 一度では読めなかった深い意味も二度三度と読み直す度に新しく感…
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