ネムイネムイ国王
謁見の間に入ると、鎧で身を固め重そうな槍を持った近衛兵達が、左右にそれぞれ五人ずつズラリと並ぶのが見えました。
そして奥の玉座には、私の父であり夢見の国の現最高権力者ネムイネムイ国王。
透き通る様な銀髪に、着飾れば女性と言われても全く違和感のない中性的な顔立ち。
背丈は私とそれほど変わらず、年齢とは不釣り合いな程に見た目が若々しい王は、俯きながら玉座にどっしりと座り込んでいました。
玉座の横には、王に長年仕えているグスカピ大臣。
こちらはしっかりと年齢を感じさせる皺をその顔に刻み、オールバックの白髪と白いアゴヒゲ。
首から上だけ見れば確かに老人ですが、若い頃には近衛兵隊の隊長を任されていた事もあり、
肩幅は広く背も高いため、大変頼りがいのある体型をしています。
また毎日のトレーニングも欠かさないらしいので、見たくもないですが彼の服の下には、たくましい筋肉が秘められているのでしょう。
彼は白く輝くハリセンを左の手に握り、玉座の横に立っています。
「ネムイネムイ国王、王女をお連れしました」
マールがそう告げますが、王は微動だにしません。
「国王様! 王女をお連れしました!」
今度はマールが大声で叫びます。それでも王は反応を見せません。
「駄目ですね……」
マールは捨てられた子犬が助けを求めるように、八の字眉毛の困った顔で私を見上げました。可愛い。
私は、いつもそうしているように、玉座の横に立つグスカピに声をかけます。
「大臣、レーヴァテインをお願いします」
「はい」
大臣は返事をすると、恭しく一礼するや否や、レーヴァテインと呼ばれた白銀のハリセンを大きく振りかぶりました。
そして、
――スッパーン
突き抜ける様に軽快な音を響かせながら、ネムイネムイ国王の頭を強烈に殴打。
「んにゃっ!?」
甲高い奇声を発しながら、バッと顔を上げて周囲を警戒する王。
彼は見た目も去る事ながら、声も女性の様に高く、変声期に忘れ去られた男との異名を持ちます。
しかし王自身はその事をコンプレックスに思っているらしく、国民の前ではあまり声を出したがりません。
それに実の父親がこんな状態ですと、娘である私も少し複雑な心境です。素直に可愛いと抱き締めて良いものかどうなのか、いや待て落ち着け自分。
状況を確認し終えると王は、眠そうな目を擦りながら隣に立つグスカピ大臣にこう告げます。
「寝てた」
「知っておりますぞ」
やれやれといった様子で肩を竦める大臣。
ネムイネムイ国王は気付くと居眠りをしている事が多く、一度眠ってしまうとどんなに耳元で叫ぼうが、
頬をビンタしようが、股間を蹴り上げようが、火で炙ろうが全く目覚めないのです。
王を目覚めさせることが出来るのは、先代女王ネンネクロイツと、ここにいるグスカピ大臣のみ。
大臣が王を起こす時は、先ほどのようにレーヴァテインと呼ばれる特製のハリセンで頭を強打します。
王を叩くという一見裏切りともとれる行為から、グスカピ大臣が自嘲と自重の意味を込めて、自らレーヴァテインと名付けたハリセンには、
どんなに強く叩いても音が大きくなるだけで、痛みを全く感じないという特別な魔法が施されているそうです。
しかしどうやら叩き方にコツがあるらしく、私がハリセンを借りて王の頭を叩いても、王は目覚めません。
叩き方を練習しようとした事もありますが、大臣が「王女、それはわしの役割ですぞ」と言って練習させてくれませんでした。
別にストレス発散のために叩きたいとか思っている訳ではないのですが、大臣はそこの所を全く理解してくれませんし、
マールに言わせてみれば「王を叩いている時のアンネ様の表情が倫理的にちょっと……」とのことです。
何の事やらさっぱり分かりません。
という訳で、母が亡くなってしまった今、ネムイネムイ国王を目覚めさせる事が出来るのはグスカピ大臣だけ。
ちなみに母は、王の瞳を指で無理矢理こじ開け、夢見る瞳を無理矢理発動させて起こしていました。
どんな夢を見させる事で起こしていたのかは定かではありませんが、目覚めた王が毎回怯えた目をしていた事だけは印象深く覚えています。
「国王様、王女様をお連れしました」
マールがそう告げると、王が眠そうな顔をこちらに向けます。
「おお、眠い中ご苦労であったな。マールオイスター」
「私は別に眠くは……」
「えっ」
「えっ」
二人揃って不思議そうな顔で小首を傾げます。
何ですか、この小動物達は。何処のファンシーショップで手に入りますか。
「眠くないの?」
「眠くないです」
「び、病気じゃない?」
「国王が異常なんです」
「そうなの? グスカピ」
自分より何十歳も年下のマールに、はっきり異常だと言われて心配になったのでしょう。隣に立つ大臣に尋ねると、
「そうですな」
大臣は深く頷いて、王が異常という意見に肯定の意志を示しました。
まぁ確かに起きている時間よりも寝ている時間の方が長いというのは、なかなかに異常でしょう。
その長すぎる睡眠時間のお陰で、王が若々しい姿を保っていられるという噂もあるようですが、真偽の程は定かではありません。
「そうか……よし分かった。少し睡眠を控えよう」
王はグッと握り拳を構えて虚空を見つめ、決意を新たにしたようです。
そしてコホンと咳払いをすると、改めてマールに尋ねました。
「で、何の用だ?」
「えぇと、国王様が王女様を連れてこいと」
不思議そうな顔で、またしても小首を傾げる王。
目が覚めた直後なので脳が働いていない様子。
しかし目が覚めた直後とはいうものの、一日の大半をほぼ眠った状態で過ごし、目覚めたとしてもすぐに眠ってしまうという事は、
王の脳は常に開店休業中で働くことが無いという事になります。
まぁ実際そうなので反論の余地がありませんが。
「そうだっけ? グスカピ」
「そうですな」
大臣は深く頷いて、王がどうしようもない鳥頭だという事を、いえ違いました、王が私を呼ぶように言ったという事実に賛同の意を示しました。
「そうだったか」
「おはようございます、父上」
私は、タイミングを見計らって、やっとのことで会話に参加します。
「おお、アンネか。少し待ってくれ、えっと?」
呼んだ事すら覚えていないのに、用件を覚えているはずもありません。
今用件を思い出すから、そう言うと王は、腕を組んで下を向き黙り込んでしまいました。
まぁしかし、私も呼ばれている事を忘れそうになったので文句は言えません。
「……むむむ」
唸りながら、用件を思い出そうとする真剣な姿。
可愛らしいか可愛らしくないかと言えば物凄く可愛らしいのですが。
冗談はさておき、その姿は国王としてなかなか様になっています。
そうして、しばらく待っていましたが、思い出す気配が一向にありません。
こちらから大臣に直接聞いても良いのですが、そうすると王が子供みたいに拗ねるし、思い出すか諦めるまで待っている必要があります。
全く困ったものです。
王が黙り込んでから二分程経ちました。
「……むむぅ」
どうやら全く思い出せないようです。
王が黙り込んでから十分程経ちました。
「……」
まだまだ思い出せないようです。
王が黙り込んでから十五分程経ちました。
「……すぅ」
真剣に悩む姿が国王らしいな、とか考えていた私が馬鹿でした。
「大臣」
「はい」
私が声をかけると玉座の横に立つグスカピは、恭しく一礼をしてから、おもむろにレーヴァテインを構えました。そして、
――スパコーン!!
「むぎゅ!?」
国王の後頭部から前方へ振り抜くようにして全力でフルスウィング。
殴打されて前方へ転がる様な勢いで倒れ込んだ王は、キョロキョロと辺りを警戒します。
そして、口元を袖でゴシゴシと擦ると大臣を見上げて一言。
「寝てた」
「知っておりますぞ」
「ううむ、思い出せないな? 結構一大事だった気がするのは覚えているのだが……のう、グスカピ?」
玉座によいしょと座り直すと、王は目配せでグスカピに助け船を求めました。
やっとこさ話が進みそうです。
「はい。実は最近、城内の兵士達が何者かによって薬で眠らされているという事件が多発しておりまして……」
「……」
どうやら私にとっては、話が進まない方が好都合だったようです。