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いざ、謁見の間へ

「あっ、アンネ様! 前!」

「えっ!?」

 言われて顔をあげるよりも早く、

――ゴヅンッッ!!

 派手な音と同時に、頭部を棍棒で思い切り殴られたような強い衝撃、真っ白な映像。

 あまりの衝撃に、私は思わずうずくまるようにして頭を抱えました。

 後から遅れてくるように、ジンジンとした痛みがやってきます。

「……ッー!!?」

 一体何が起こったというのか。

 まさか敵襲が城内に忍び込み、強烈なスマッシュブロウによって、私を暗殺しようと画策したのでしょうか。

 だとすれば早く敵の姿を確認しなければ、クラクラする頭を上げて目の前を確認します。

 すると目の前には謁見の間の大扉。

「ま、まさか……そんな!?」

 予想だにしなかった強大な敵です。

 この慣れ親しんだ謁見の間の大扉が、王女である私に敵対してくるとは思いもよりませんでした。

 恐らく凶悪な魔法使いか何かに魂を吹き込まれる事で、この扉は邪悪なる魔物へと変わり果てたのでしょう。

 見上げるほどに巨大なその姿は、見るものに畏怖と恐怖を与え圧倒させる力を持ちます。

 繰り出される一撃は人間の頭蓋など軽々と砕き、その鋼鉄製で無機質な体はいかなる攻撃をも弾き返すでしょう。

 城内だから安全だと、勝手に信じ込んで油断していたのが仇となりました。

 武器も持たず防具も持たず。さらには先手を奪われて、立ち上がることすらままなりません。

 絶体絶命。

 そんな単語が私の頭に浮かんでは消え、消えては浮かび。

 しかし、こんな所で諦める訳にはいきません。

 脳まで響いた衝撃か、それとも恐怖が原因か。私の膝はカクカク笑い、立ち上がる事を拒みます。

 それでも私は、クラクラする頭を押さえながら、立ち上がりました。

 正直言って、私には攻撃の手段も無く、防御の手段だってありません。

 しかし、だから何だと言うのです。こうして立ち上がり、眼前の敵に抗う事に意義がある。

 這いつくばって泣き喚くだけなら誰でも出来る。

 未来の女王となる私がするべきなのは、もがいてもがいて苦しんで、最悪の中でも最適の結果を導きだすこと。

 震える体、笑う膝。

 でもこれは、そう、脳への衝撃とか恐怖のせいではないのです。

「これが、武者震い」

 人間界のサムライと呼ばれる種族が、自分よりも強大な者と対峙した時だけ感じられるという、一種の脳内麻薬分泌による震えと興奮。

 夢見の国の未来を託された私が、こんな所で死ぬ訳にはいかない。

 きっと大丈夫、信じるべきは自身の力。

 そう自分に言い聞かせて、私は目の前の大扉に向かって力の限り叫びます。

「聞け! 邪悪なる魔物よ! 我が名はアンネクロイツ。

 アンネクロイツ、ドリームドリムエリストリーア、シュトワルゼ! 母様から授かった名に於いて、この場で貴様に負ける訳にはいかない!」

「だ、大丈夫ですか!? 」

 慌てて駆け寄ってきたマールが心配そうな顔で尋ねてきました。

「マ、マール……ここは危険です! せめて貴方だけでも逃げてください、さぁ早く!」

「何言ってるんですか!? ……というか、何で涙目になりながら小芝居してるんですか」

「……物凄く痛かったので、気分を紛らわせていました」

 はい。

 どうやら考え事をしている内に、廊下の突き当たりにある大扉へと盛大に頭突きをかましたようです。

「まさか扉に気付かずに直進していくとは思いませんでしたよ」

「うぅ……考え事をしながら、歩くものではありませんね」

 いまだにジンジンと熱を持ったように痛む頭を押さえながら、目元の涙を拭います。

「考え事? あ……もしかしてネンネ様の事」

「……」

「申し訳ありません、思い出させるつもりでは無かったのですが……」

 目の前の少女は、眉をハの字の形にして本当に申し訳なさそうに、頭を下げました。

 痛みと引き換えに、これほど可愛らしい表情を拝見出来るなら安いものです。

 この表情をオカズにして、夢三杯は見られる。

「いえ、良いのです。それよりマール、ちょっと頭から血が出てないか見てもらえますか?」

「は、はい」

 そう頼むと、彼女は一生懸命背伸びをしたり跳ねたりして、手の届かない位置にある私の頭を診てくれようとします。

 とはいえ身長に差があるので、跳ねようが背伸びをしようが、私が少し屈んだりしなければ到底届くはずもありません。

「あぅ、高いです……少しだけ、しゃがんでもらわないと」

 それでも頑張るマール負けないマール。

 健気に努力する少女の姿を見て、私の中に悪戯心が芽生えました。

「小さいですねぇ、マールは」

 眼前でピョコンピョコンと跳ねる群青色の髪を上から抑えつける様にぐりぐりと撫で回します。

 そのせいで思いきり飛び跳ねられない様子。

「ふふふ、さぁ頑張るのです。自力で高みへと上り詰めるのですよ!」 

 彼女の髪はサラサラで、触っているだけでも本当に気持ちが良い。私は暇さえあれば、この髪を撫でていたいという想いに駆られるのです。

 そうして、しばらくの間なすがままに頭を撫でられていたマールでしたが、何を思ったのか突然跳ねるのを止めました。

 飛び跳ねても届かないという事実に気付いたのでしょうか。

「おや……? もう諦めヌゥグフッ!?」

 ハッ、という掛け声と共に繰り出される掌底、無防備なマイボディに新たな衝撃、肺から空気が強制退出。

 私は王女らしからぬ声をあげながら、床へと崩れ落ちました。

「よし」

 やりきったぞ、みたいな感じで満足気に頷くマール。

 確かに、この方法なら私の頭にも簡単に手が届くでしょう。

「マ、マール……貴方、もう少し穏便な手段というものをですね」

「はい、じゃあ診ますからねアンネ様、動かないで下さいね」

 私の発言を華麗にスルー。

 彼女は女の子らしい柔らかそうな腕からは想像もつかない万力の様な力で、私の頭をがっちりホールドしやがりました。

 怒ってる、小さいって言った事凄い怒ってる。

 さっきまであんなに申し訳なさそうな顔してたのに。

「痛だだだ、痛いです、マール。もう少し手加減は出来ないのですか」

「申し訳ありません、わざとです」

「でしょうね」

 掴む力を緩めたマールは、さきほどの万力の様な力とは違って、今度は女の子らしい柔らかな感触で頭を包んでくれます。

 調子に乗って人をからかうべきでは無いという事を、またしても身を持って勉強しました。

 マールは、私がからかわなければ、こんなにも優しい女の子なのです。暴力的な一面はもちろんありますが。

「血は、出ていないみたいですけど……少し腫れていますね」

 あれだけ強くぶつかったのですから、タンコブで済むならまだ良い方です。

 皮膚がパックリと切れて流血騒ぎになんてなっていたら、目の前の大扉とは二度と会うことが無かったでしょう。

 彼女は私の髪を掻き分けて、腫れているであろう頭部の地肌を指でトントンと軽く叩きました。

「痛いですか?」

「え、えぇ。少し痛みます」

「では痛みが引くまで撫でてあげましょう、よしよし」

 そう言いながらマールは私の頭を優しく撫で始めます。

――なでなで

 こんな事で痛みが引くとは思えないのですが、まぁたまには撫でられる側というのも悪くはないでしょう。

「それにしてもアンネ様の髪は相変わらず綺麗な茜色ですね、羨ましい」

「貴方の群青色の髪だって素敵じゃないですか。触り心地も抜群ですし、私の大好物ですよ?」

「そうですかねー」

「私ならマールオイスターの髪を撫で続けろ48時間ぶっ続け耐久大会で自己ベスト記録を塗り替えて優勝する自信がありますね」

「そんな大会は未来永劫開催されません」

「私が女王になったら、開催されるかもしれませんね」

「!?」

 マールに撫でられながら、ふと幼い頃の記憶を思い起こします。昔はよくこうやって母様に頭を撫でられたり、髪をとかしてもらったものです。

 私が母様から受け継いだ物は沢山あります。王位継承の証であるドリームドリムエリストリーアシュトワルゼという名前、そして多くの教えと想い。

 その中でも特に気に入っているのが、この母様と同じ茜色の髪でした。

「どうですか? まだ痛みますか?」

「え、えぇ。まぁ……」

 はじめの内は触られる度にピリリという痛みを感じたものの、撫でられ続ける内にくすぐったいような、むず痒いような絶妙な感覚へと変わっていきました。

「はぁはぁ、もっと」

――なでなでなで

「はぁはぁはぁ……!」

 自分でも何故だか分かりませんが、だんだん気持ち良くなってきましたよ。

 心臓の鼓動がドクンドクンと馬鹿みたいに跳ね上がり、徐々に呼吸も荒くなっていきます。

「アンネ様?」

「はぁはぁ、ふあぅ!」

 思わず変な声が出てしまった所でピタリと止まるマールの手の動き、私は物足りなさを感じつつ抗議の声を上げます。

「はぁ、ふぅ……ど、どうして止めてしまうのですかマール」

「いえ、何となく」

 そう言って目を逸らす彼女の頬が、ほんのりと紅潮している様に見えたのは気のせいでしょうか。

「さぁ早く、私の髪を撫でる作業に戻るのです。それとも、こんな場所では何ですから、続きは私の部屋でやりますかそうですか。

 ……では、行きましょう、すぐ行きましょう」

 立ち上がって自室に戻ろうとする私をマールの手が制します。

「あの、アンネ様。私もすっかり忘れていましたけど国王様が待っています」

「あ、あぁ……そう言えばそうでしたね。ずっぽり忘れてました」

「ずっぽりじゃなくてすっかりです」

 興奮し過ぎて危うく此処まで来た目的を見失う所でしたが、そうでした、父上に呼ばれていたのです。

「今、扉を開きますので少し待ってて下さい」

 そう言うと、マールは扉の右横にある小窓から、謁見の間の中に声をかけました。

 ほどなくして、私達の目の前にある巨大な扉は、地鳴りにも似た騒音を響かせながら、ゆっくりゆっくりと内側へと開かれたのです。

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