↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

がんばれ、カッツ! ∼子熊の僕を「パパカッツ」と煽るウザ熊キケ。お母さんを侮辱した瞬間、僕のパンチが炸裂した∼

作者: 駄目系男子
掲載日:2026/09/30

 深い森の奥。

 陽の光すらほとんど届かない、鬱蒼とした木々の間に、一組の母子熊が暮らしていた。

 母熊の名は、ブリアン。

 そして、その息子の名は――カッツ。

「カッツ。今日はここで待っていてね」

「うん、お母さん」

 ブリアンは、かつて森でも名の知れた狩りの名手だった。

 俊敏な脚。

 鋭い爪。

 そして、狙った獲物を逃さない強靭な顎。

 しかし、ある厳冬の夜。

 何らかの理由で冬眠から目覚め、狂暴化して人を襲っていた大熊との死闘に巻き込まれ、ブリアンは瀕死の重傷を負った。

 一命こそ取り留めたものの、傷は深かった。

 かつてのように走ることもできない。

 獲物を追うこともできない。

 ましてや、カッツを養えるだけの肉を自力で獲ることなど――もうできなかった。

 それでも、母親だった。

「……カッツに食べさせないと」

 ブリアンが選んだのは、屈辱と引き換えに食料を得る道だった。

 力のある雄熊たちに身を委ね、その対価として彼らが獲った肉を分けてもらう。

 それは、彼女にとって決して誇れる生き方ではなかった。

 周囲の雌熊たちは、そんな事情など知らない。

「また別の雄のところへ行ってるわ」

「本当に節操がないわね」

 冷たい視線。

 陰口。

 それでもブリアンは何も言い返さなかった。

 すべては、カッツを生かすためだった。

 夜。

 満腹になって眠るカッツの頬を、そっと撫でる。

「……ごめんね」

 小さく呟いて、涙を拭う。

 朝になれば――

「おはよう、カッツ」

 いつもの母親の顔に戻る。

「おはよう、お母さん!」

 カッツの笑顔を見るだけで、それまでの苦労が報われる気がした。

◇

 そんな森に、一匹の雄熊がいた。

 名は――キケ。

 性格は悪い。

 口も悪い。

 そして何より――しつこい。

 ある日、キケはカッツを見つけると、ニヤニヤしながら近づいてきた。

「おう、パパカッツ!」

「……?」

 カッツは首を傾げた。

「ぼく、カッツだけど」

「細かいことは気にするな!」

「変な呼び方、やめてよ」

「パパカッツ!」

「カッツ!」

「パパカッツ!」

「カッツ!」

「パパカッツ!」

「…………」

 何度言ってもやめない。

 それ以来、キケはカッツを見るたびに、その呼び名を繰り返した。

 そしてある日。

 ついにブリアンがキケの前に立った。

「……キケ」

「ん?」

 ブリアンの声は静かだった。

 しかし、その目は笑っていない。

「カッツをそんな呼び方で呼ぶのはやめなさい」

「え?」

 キケは一瞬だけ怯んだ。

 だが、すぐにいつもの薄笑いを浮かべる。

「言ってない定期」

「…………」

「俺は何も言ってないぞ」

「はっきり聞こえたわ」

「空耳だ定期」

「キケ」

 ブリアンの拳が、ゆっくりと握り締められる。

「いい加減にしなさい」

「いやいや、だから俺は――」

 キケはカッツの方を向いた。

 そして、わざとらしく首を傾げる。

「俺、そんな嫌がらせしてないよな?」

「…………」

「なぁ、パパカッツ?」

 その瞬間。

 ブリアンの眉がピクリと動いた。

「……キケ」

「ん?」

「もう一度言ってみなさい」

「パパ活――」

 ドゴォォォン!!

 次の瞬間、キケの巨体が地面を跳ねながら森の奥まで吹き飛んだ。

「ぐおおおおおおっ!?」

 木々をなぎ倒し、ようやく止まる。

「…………」

 キケはしばらく、地面にうずくまったまま動かなかった。

 カッツは心配そうに近づいていく。

「……キケ、大丈夫?」

「…………」

 返事はない。

「キケ?」

 しばらくして、キケの身体がゆっくりと動いた。

「う……ぐ……」

 キケはふらつきながら立ち上がった。

「大丈夫?」

 カッツがもう一度尋ねる。

 すると――

「お前の心配なんか、どうでもいい!」

 キケは突然、周囲を見回した。

「ママカッツはいるか!?」

「……ママカッツ?」

「そうだ!」

 キケはカッツを指差す。

「ママカッツだよ! お前のママカッツ!」

 カッツは首を傾げた。

 少し考えてから、答える。

「おかあさんなら、いないよ」

「…………」

 キケは一瞬、黙った。

 そして――

 ニヤリと笑った。

「俺じゃなかったら死んでたね」

「え?」

「俺だから耐えられたんだ」

 キケは胸を張った。

「普通の熊だったら、今の一撃で終わってる」

 カッツはキケの身体を見た。

「でも、キケ、さっきまで、ずっとうずくまってたよね?」

「…………」

 キケの顔が一瞬引きつる。

 しかし、すぐに胸を張り直した。

「俺だから耐えられたんだ」

「そうなの?」

「ああ!わかったな、パパカッツ!」

「だから僕はカッツだって!」

 キケはニヤニヤと笑った。

 そのやり取りを――

 少し離れた木陰から、ブリアンが黙って見ていた。

 何も言わない。

 ただ、じっと二匹を見ている。

 カッツはキケを見つめた。

 息を呑み、そして――

「……僕は」

 キケが振り返る。

「ん?」

 カッツの表情から、笑みが消えた。

「僕は――カッツだよ」

 静寂。

 カッツは拳を握った。

「僕は、パパカッツじゃない。それに――」

 一歩、前へ出る。

「お母さんのことも、ママカッツって呼ぶな!」

 ドンッ!!

 地面が震えた。

 カッツは全身の力を拳に込める。

 そして――

「ファイーアナルパンチ!!」

 ドバァァァンッ!!

「ぐぎゃあああああああああっ!?」

 キケの巨体が、再び宙を舞った。

 今度は森の奥深くへと吹き飛んでいく。

 そして――

 静かになった。

◇

 しばらくして。

 カッツはブリアンのもとへ戻ってきた。

「……カッツ」

「なに?」

「さっきの技名なんだけど……」

「うん?」

「『ファイーアナルパンチ』って言ったわよね?」

「うん」

 カッツは素直に頷いた。

「どうして、そんな名前なの?」

「本当は『ファイナルパンチ』って言おうとしてたんだ」

「そうなの?」

「うん」

 カッツは少し恥ずかしそうに頭をかいた。

「あの時は興奮してたから、変な感じになって間違えちゃった」

「…………そう」

 ブリアンは何とも言えない顔をした。

「じゃあ、次からは落ち着いて技名を言いなさい」

「うん!」

 カッツは元気よく返事をした。

 そしてブリアンは、カッツをじっと見つめる。

「……カッツ」

「なに?」

「あなた、狩りの才能があるわ」

「ほんと?」

「ええ」

 ブリアンは感心したように息子を見た。

 あの一撃。

 あの身体能力。

 かつての自分を思わせるほどの力だった。

「これなら、もう……」

 ブリアンは静かに微笑んだ。

 カッツも嬉しそうに笑う。

 そして、母親に向かって言った。

「お母さん」

「なあに?」

「もう、夜に他の雄熊のところへ行かなくていいよ」

 ブリアンの目が見開かれた。

「これからは僕が狩る」

 カッツは小さな胸を張った。

「お母さんは、もう無理しなくていい」

「……カッツ」

 ブリアンは息子を抱きしめた。

 その腕の中で、カッツはもう子熊ではなかった。

 母親に守られるだけの存在ではない。

 自分の力で獲物を獲り、自分の力で母親を守る――

 一人の狩人になろうとしていた。

◇

 その日の夜。

 洞窟の中には、肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。

「おいしいね、お母さん!」

「ええ……そうね」

 焚き火を囲みながら、ブリアンは嬉しそうに微笑む。

 かつては自分が命を削って手に入れていた肉を――まだまだ身体は小さな子供なのに、カッツが自分の力で獲ってくるからねというのだ。

「カッツ」

「なに?」

「立派になったわね」

「えへへ」

 ブリアンは嬉しそうに息子の頭を撫でた。

 もう、自分を犠牲にする必要はない。

 これからは、この子と二人で生きていける。

 そう思った。

 そして二匹は、静かに肉を食べ続けた。

 森から、「パパカッツ」という声が消えた。

 その声を口にしていた熊も――

 もう、どこにもいなかった。


 ――二匹の胃袋の中を除いて。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。