橋の下のお宝
三連休の初日。
俺は父の七回忌のため、久しぶりに実家へ帰省していた。
葬式のときほどではないが、親戚の顔ぶれはやはり少しだけ老けて見える。
時間というやつは、こういう場面でだけ妙に実感する。
「元気そうで何よりだね」
母はそう言って笑った。
その顔を見て、少しだけ肩の力が抜ける。
確かに歳は取ったが、その笑い方だけは昔のままだった。
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翌日、特にやることもなく、納屋にあったママチャリを引っ張り出す。
タイヤの空気は少し抜けていたが、構わずペダルを踏む。
目的地はない。
ただ、気分の向くまま走り続ける。
気づけば、二つの街を結ぶ橋の下に来ていた。
実家と、小学校と中学校。そのちょうど中間地点。
子どもの頃、意味もなくここで時間を潰していた場所だ。
あの頃は世界がやけに広くて、一日が長かった。
息を整えようと、ママチャリを停める。
コンクリートの土手に腰を下ろそうとして、ふと違和感に気づく。
橋桁の影、そこに『何か』が置いてある。
「はっはっ……。変わらないな」
思わず笑みがこぼれた。
エロ本だった。
それは昔もよくあった光景だった。
色褪せた表紙。
湿気を吸い、波打ったページ。
誰が置いたのかも分からない。
いつからそこにあるのかも分からない。
子どもの頃の俺たちは、それを『事件』と呼んでいた。
覗く勇気と、見てはいけないという理性の間で、真面目に議論したものだ。
『勇者』の称号を得た、あの日の記憶が鮮明に蘇る。
「あいつら……。今、何やってるのかな」
呆れながらも、少しだけ懐かしい気持ちになる。
たぶん皆、俺と同じように歳を取ったのだろう。
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その日の夜、俺は実家の自室を漁っていた。
押し入れの奥。段ボールの底。
大学に入学して以来、使っていない部屋。
母が定期的に掃除と換気しているはずなのに、なぜか完全には消えない『過去』があった。
念入りに隠した場所へ手を伸ばす。
三十年近く経っているというのに、指は迷わなかった。
エロ本だった。
さすがに、表紙の女の子の髪型は古い。
「……ずいぶん、お世話になりました」
意味の分からない感謝の言葉が、口をついて出る。
普通なら処分するべきものだ。
価値だって、ない。
だが俺は、それを丁寧に紙袋の中に入れた。
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翌朝、清々しい空気の中、俺はママチャリで再び橋へ向かった。
理由は自分でもよく分からない。
ただ、『世界は循環する』という使命だけがあった。
この街も、過疎化は進んでいる。
昼間、子どもたちの遊ぶ声は聞こえない。
だが、太陽があって、そこに人の営みがある限り。
『未知』を欲する男の子は、きっといる。
橋の下に降りる。
子どもの頃と同じように、土手に足をかける。
そして橋桁の隙間に、本を差し込もうとした、その瞬間。
「ちょっといいですか」
背後から声がした。
振り返ると、警察官が立っていた。
年は若い。
確実に、俺より下だ。
「そこで何をしているんですか?」
俺は一瞬、言葉を探した。
普通に考えれば、終わっている状況だ。
だが、なぜか口から出たのは別の答えだった。
「いや、その……。男の子の夢を、返そうかなって」
「……は?」
橋の下を、風が吹き抜ける。
気まずい沈黙が落ちた。
夢って、何だよ。
返すって、何だよ。
俺に分からないのだから、警察官に分かるはずもない。
やがて、警察官はため息をついた。
「不法投棄は困ります」
「……ですよねー」
エロ本を持ち帰る道中、俺は自転車を押しながら空を見上げた。
三十年前と同じ場所なのに、空だけはやけに広かった。
世界は循環しなかったらしい。
いや、今どきの子どもはネットでもっとすごいものを見ている。
いい時代になったものだ。




