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末路と処遇

 ロマリアとの和平にこぎ付けたオートリア帝国は反乱時にバスティアン側についた者達への処分を開始する。

 処分がこれまで保留となっていた主な理由は言うまでも無く、和平失敗時のロマリアの帝国への侵攻を警戒した為である。貴族の寄せ集めの兵達とは違い、各師団兵の中には自身が所属する師団長を慕う者も少なく無いわけで、上司の処分により必要となる敗残兵の士気を著しく下げるのは危険であったからである。

 ただ、すべての処分が保留だったわけではなかった。戦場から逃げ出した師団長がいたのだ。

 第二十師団長ガエルである。

 ガエルは敗戦時の混乱に乗じて戦場を離脱すると家族をつれて帝都から脱出し姿を消した。このような行いは当然許されるようなものではなく、すぐに処分が下る。残った財産や役職など没収となったのは当然の事であるが、さらには近しい親戚の者すべてが捕らえられ、財産を没収された後処刑となった。

 このような厳しい処分であってもそれを責める者はほとんどいない。戦場から勝手に逃走する行為は一兵士でも通常処刑となる。師団長が戦場から逃亡するなど信じがたいほどの恥ずべき行為であり、重罪なのだ。

 保留されていた処分を進めるにあたってグリードはオイゲンとジェイドの二人を呼び出し助言を求めた。

 オイゲン将軍だけでなく、他の有能な師団長達を押し退けてジェイドにも助言を求めた事は、グリードがいかにジェイドの才能や力に確信めいた期待をもっているかという事を表していた。それは、後に二将軍体制と呼ばれるものへの始まりでもあった。

 処分に関してオイゲンとジェイドの二人が一致していた点はこの機会に貴族達の力を削ぐという点である。

 かつては帝国の躍進に貢献した貴族達であったが長い年月が過ぎ、今ではその多くが堕落し帝国の国力を蝕む害虫と成り下がっていた。そして今がその害虫を駆除するいい機会だったのだ。

 バスティアンの為に戦場に兵を送った、あるいは自ら兵を率いて駆けつけた貴族達には厳しい処分がまっていた。彼らは皇帝の為に兵を出す事の正当性を訴えたが聞き入れられる事はなく、ほぼ全ての財産が没収となった上に貴族としての地位も失う事となった。諸事情により戦場に兵を送れなかった一部の貴族は結果として命拾いする事となったが、彼らも新皇帝への忠誠の証として財産の一部をほぼ強制的な形で徴収された。

 これらの出来事は新皇帝と貴族達との間に亀裂を生じさせたが、多くの大貴族達が没落し力を失った為に、残った貴族達では帝国にとっての脅威にはなりえなかった。

 貴族達が力を失う中で例外的に扱われたのはグリード達の反乱に協力したアレクサンダル伯爵の一族である。彼らは皇帝から財産の徴収を免除されただけでなく、数年間の税の免除など優遇される事となり、帝国内における唯一の大貴族と呼べる存在となったのだった。

 そして貴族の処分とは異なり、捕らえられた師団長達についてはオイゲンとジェイドの主張は大きく違っていた。


「これから先、彼らの力も必要となるでしょう。処分なしとするわけにもいきませんが処刑としてしまうには惜しい人材でもあります。降格や給付金の減額などで対処すべきかと」

 そう言ってオイゲンは捕らえられてる師団長達に対して寛大な処置をとるようグリードに助言する。

 腐っても彼らは帝国軍の師団長である。その地位は最低限の実力を保証しているわけで、半壊とも呼べる状態の帝国軍を早急に建て直すには必要になるであろう人材であった。

 そのようなオイゲンの主張にジェイドは冷笑する。

「フフッ、将軍も馬鹿げた事をおっしゃる。従うべき相手を見抜けぬ者など無能でしかありませんな。陛下、彼らなどいなくとも軍の建て直しは私に任せて頂ければ問題ありません。厳罰をもって、陛下に背いた者達がどうなるか知らしめるべきです」

「彼らが先帝の為に戦ったのはあくまで皇帝に忠義を尽くそうとしたまでの事。その忠義心は今度は現皇帝である陛下に向けられるものとなるでしょう」

「皇帝の為に戦った貴族共は厳しく処分し、師団長には寛大な対応をとる。将軍ともあろうお方が随分と筋が通らない事を申される」

「貴族達は皇帝の為でなくあくまでも私欲の為。帝国を蝕む元凶である彼らと一緒にはできますまい」

 二人の話をむずかしい顔をして聞いていたグリードが口を開く。

「筋が通るか通らないかなどどうでもよいのだ。どちらの案がこれから先の為になるのか、だ。オイゲン、ジェイド、何年だ。お前達に任せたとして、何年で軍を満足できるものにできる」

 その問い掛けにオイゲンが即座に答える。

「兵の育成は何年かけても足らぬものですが……。三年、いえ二年、彼らの力があれば二年で帝国軍として形あるものはできましょう」

 オイゲンの言葉を聞き終わるとグリードはジェイドの方へと視線を向ける。

「ジェイド、お前ならどうだ」

 問われたジェイドは、余裕ある笑みを浮かべ答える。

「一年。私に任せていただければ一年で軍を建て直してみせましょう」

 それを聞いたオイゲンは呆れながら言った。

「馬鹿げた事を……」

 槍や剣を持って白兵戦を担当する歩兵を訓練するだけなら、一年という時間で十分できるかもしれない。しかし、今要求されてるのは軍全体の建て直しであり、弓兵や騎兵、魔術師、部隊指揮官などの訓練をするだけでも多くの時間を必要とするのだ。特に魔術師は魔法の訓練からはじめるのならば十年単位の年月を必要としてもおかしくないもので、即戦力として帝国内や隣国の魔術師達を勧誘するとしても十分な数を集めるには莫大な資金と手間がかかり、到底一年で出来る事とは思えないものであった。

「出来もせぬ事を言っても自分の為にならんぞ」

 グリードがジェイドに念を押すように言う。

「出来るからこそ、申しておるのです。私は、才ある皇帝に嘘をつくほど愚かな人間ではありません」

 ジェイドは表情一つ変える事なく言い切った。

「……だそうだが?」

 グリードが再びオイゲンの方を向く。

「できるものとは思えませんが……」

 オイゲンはジェイドの方へ射るような視線を向けると彼の自信の根拠を問いただし始めた。

「ジェイド、お前の一年でできるという根拠、具体的な策を聞きたい。まさか何の策も無く言ってる訳ではあるまい」

「育成には時間がかかる。ならば、最初から力ある者達を集め、数を補えば良い。訓練は必要最低限の期間で十分でしょう」

「そんな者達をすぐ見つけられるというのか。一人、二人探し出しただけでは意味がないぞ」

「探し出すだけなら時間がかかりすぎるでしょう。ですから、向こうから来ていただければ良いのです」

「まさか……」

 オイゲンの表情が一瞬変化する。

「向こうから来る?」

 グリードにはジェイドの考えがわからず怪訝な顔をしている。

「陛下、闘技大会を復活させれば良いのです。もちろん生死を賭した真の闘技大会を」

「ほう、闘技大会か」

 グリードが邪悪な笑みを浮かべる。

 闘技大会。様々な方法で力と技を競う場。格闘術や剣技、魔術といったもの同士を競わせるよう制限をする場合があり、その中でも、一対一の決闘や複数人対複数人のチーム戦などの種類がある。また単純に人間同士の戦いだけでなく、人を大型の動物や魔物といったものと戦わせる場合もある。これは強者を決める大会というよりも貴族や民衆の為の娯楽的な要素が強いもので、希望者ではなく囚人や奴隷といった者達に強制的に参加させる事が多い。

 これら様々な闘技大会は武術や魔術の向上、民衆の娯楽として機能していた面もあったが、モラルの低下や賭け闘技が過熱しすぎ破産する者がでたり、民衆が独自に大会を開き揉め事や治安の悪化に繋がった。このような問題は昔からあったものだが、グリードの父であるオリバー帝の時代にはかなり深刻な問題となっており、オリバーは闘技大会を行う事を全面的に禁止する事にし厳しく取り締まった。

 それから今にいたるまで正式な帝国の闘技大会が行われる事はなかったのだが、イェンス帝の死後、バスティアン帝が即位すると、まもなくして取り締まりが緩くなり公ではないにしろ、貴族など一部の有力者達は秘密裏に闘技大会を開くようになっていた。

「帝国全土で闘技大会を開催するのです。莫大な賞金に釣られて帝国中から優秀な兵となる人物が集まって来るでしょう。そして優勝者を勧誘するのではなく、一回戦を勝ち抜いた段階で有力者の軍への勧誘を行っていくのです」

「一回戦だけでか?」

「そうです陛下。力ある者の戦い方、動きは一度見ればわかります。戦わせ続け、有力者同士がぶつかり怪我でもされたら意味がありません」

「しかし、軍へ誘った所でその者が応じるとは限らないだろう。軍へ入る気があるならとっくに志願しているだろうに」

「応じさせてみせますよ。多少、手荒い方法を使ってでも」

 ジェイドの話をオイゲンは黙って聞いている。

「オイゲン、お前はこの話どう思う。上手くいくと思うか?」

「上手くいく……とは言い切れませんが、失敗するとも限らないでしょう。……ですが陛下」

 オイゲンの口調が少し強いものとなる。

「上手くいくかもわからないこのような方法に資金をつぎ込むよりも、時間が少し多くかかるものであっても確実な方法で軍を建て直すべきです。このような方法はリスクが高すぎるかと」

「リスクが高すぎるか」

 迷いを見せるグリードに今度はジェイドが少し強い口調で主張しはじめる。

「陛下、一年です。一年で軍を建て直す必要があるのです。それどころか大陸平定の偉業を為すためには、一年という時間をかける事すら惜しいものなのです。我々はエルフ達と違い、あと百年と生きる事すらできぬでしょう。陛下がこの広大な大陸平定する為には一瞬すら惜しむべきなのです」

 大陸平定という馬鹿げていると思えるようなこの男の主張を、オイゲンには笑う事ができるはずもなかった。それはこの男にそれが出来るかどうかの問題では無く、ジェイドという男が本気で皇帝となったグリードに向かって大陸平定を訴え、そしてグリード自身がその事に乗り気になっているという事が問題だったからである。そして、ジェイドがこの場にいる事がグリードにその気が少しでもある事を証明していた。

「まぁいいだろう、おもしろそうだ。闘技大会の件は、ジェイド、お前の好きにしろ。……だが、アンドレアス達の件はオイゲンの話にも一理ある。お前の仕事が上手くいきそうかどうか、そうだな半年ほど様子を見ようじゃないか」

「なりません陛下。今、陛下に必要なのは一瞬の時すら惜しみ、そしてリスクを恐れない判断をする事なのです。もし、アンドレアス達に猶予を与える判断を下せば、この先何度も訪れる選択を誤る事となるでしょう」

 食い下がろうとするジェイドをオイゲンが非難する。

「無茶を言うな、ジェイド。これは遊びではないのだぞ。人は大きな財産、それを簡単に捨てるような真似をして何の意味がある。お前が上手くやれば問題ない事であろう」

「大陸平定の大義を為す者に必要なのは、石橋を叩いて渡る臆病さではなく、濁流の中を泳ぐ強い意志なのです。それを今ここで示さなければならない。陛下は試されているのです」

 試される、という言葉に反応したのかグリードの表情が少し機嫌を損ねたようなものとなる。

「物は言いようだな。それで、いったい誰が俺を試すというのだ。神か、それともお前がか?」

「時代です」

 ジェイドは言い切る。

「歴史です。その流れが陛下が真の皇帝たり得る人物かどうか、まさに今試しているのです」

 その言葉を聞いて、グリードは大声をあげて笑い始めた。

 グリードにとって可笑しくて仕方がないのは、ジェイドの主張それ自体ではない。このような主張を、言葉を吐き出させる彼の持つモノが可笑しくて仕方がないのだ。

 この男は狂っているのだと、グリードは実感する。

 彼の言葉の多くは見え透いた嘘で塗り固められている。そして、この男の抑えきれない狂気、強欲と呼ぶべきモノがその嘘を引き裂くように膨張しているのが見えるのだ。

 恐らく、この男はこの見え透いた嘘がばれないとは考えてはいないだろう、隠す気すら微塵にもないのだ。

 この嘘は男の美意識が生み出した装飾なのかもしれないとグリードは思った。

 男の狂気と欲の本質を判断する事は今のグリードにはできない。だが、それらが少なくとも今の自分に向けられた敵意では無い事は確かであり、放たれるモノは自身の興味を強く惹くのであった。

 そして、この男の狂気はグリードにとって心地悪いものではなかった。

 男の持つ不思議な魅力が自分を楽しませてくれそうなものである、グリードが男を重宝するのにそれ以上の理由はいらなかった。

「いいだろう。皇帝即位の祝典に合わせてアンドレアス達を処刑するとしよう。俺に逆らう者達がどうなるか示してやろうじゃないか」

 その判断にオイゲンから異議があがる。

「陛下、どうか慎重に物事をお考え下さい。陛下の判断に多くの臣民の、そして帝国の命運が懸かっておるのです」

 オイゲンの説得をグリードは一蹴する。

「それがどうしたというのだ。オイゲンよ、この際はっきりさせておこう。俺は父上とは違う。兄上達とも違う」

「陛下……」

「『臣民は帝国の為に、帝国は皇帝の為に、皇帝は皇帝の為に』だ。オイゲン、もうお前が世話していた頃のような小僧ではないのだ。俺は皇帝だ。俺は、俺が望むように進むぞ」

 その宣言は決意であり決別である。

 彼は変わった事を示させねばならない。退屈で惰性の日々を過ごすだけの男は死に、皇帝となったのだ。

 それはグリード自身にとって必要なものであった。


 こうして帝国の退廃的な時代は終わりを告げ、血と狂気の時代が幕を開ける。

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