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意外な申し出

 北のドラクレア王国の裏切りによって戦局は大きく帝国へと傾いた。

 北の地を抜けた帝国軍に対し、ルドー、バテノアの二国が南や東の砦に固執するのはもはや自殺行為に過ぎない。

 南方のルーガの地を守備するルドー軍将軍ドミンゴは砦より打って出る事を決意する。

 北の地を進む帝国の主力がルドーに入るより前に、まずはロベルト率いる五千の帝国兵をどうにかしようというのだ。

 戦果を上げねばこの絶望的状況下から帝国との講和は望めまい。

 だがわずか三千の兵で精強な帝国兵五千に勝つ事など出来るのだろうか。

 何の策もなしでは到底不可能な事。

 シュウ達は将軍に対して進言する。

 正攻法では万に一つの勝ち目もない。砦の魔法陣と魔術師マバロの魔法を用い、精鋭にて頭を捕ると。

 帝国の師団長を人質に、講和の切欠を掴もうと言うのだ。

 それがどれほど困難で、乏しい可能性かは本人達は理解している。

 無事、ロベルトを捕虜にしたところで帝国がこの有利な状況下、講和に応じる事が限りないほど低い確率である事も。

 それでも彼らは為さねばならない。

 そのか細い道の上にのみ、王国の明日は存在するのだから。


 朝のうちには雲一つない快晴であったルーガの地、砦前。

 昼が過ぎ夕へと向かう頃合に、突如濃霧が発生し、布陣する帝国兵を包み込んだ。

 ルーガの地はもとより霧の地としても知られていたが、これほどの急な濃霧、自然のものであるはずもない。

 帝国軍師団長ロベルトは数歩先も見えぬ霧の中で帝国の勝利を確信する。

――そうか、将軍は北を抜けたか。

 帝国軍内においてロベルトは予めドラクレアの裏切りを知る立場にあった数少ない人物。

 この作為的な霧が意味する物を彼は理解していた。

「アルガス、くるぞ」

 第四十師団、ロベルトの副官を務める男は上司の言葉に頷き答える。

「万事整っております。ですがこの霧です、やはりロベルト様も御下がりになられた方が……」

「馬鹿を言うな。これ以上俺に寝ていろと言うのか。敵の剣より先に退屈に殺されてしまうわ」

「まったく困ったお人だ。一軍の将としての自覚をいい加減もってもらいませんと」

「俺はお前の諦めの悪さに困っているぞ。いい加減悟れ、毎度、毎度こうるさくしても無駄だとな。同じやりとりをあと何十年と続けるつもりだアルガス」

「ほう、あと何十年もこのような無茶をなさるつもりか。それに付き合わされるこちらの身は到底もちますまい」

 ロベルト、アルガス共に齢三十五。剣を取り戦場を駆けた竹馬の友であり、戦友。そして今は師団を率いる者とそれを支える者。

「無理に付き合えとは言わん」

「何を言うロベルト、我らの誓い忘れたわけではなかろう」

「ああ、無論だ」

――俺達は死ぬ。いつか必ず死ぬ。だが死ぬのはベッドの上ではない。戦場だ。病魔にではなく胸躍る剣によってだ。

「今度の敵は我らの夢に能うだろうか」

 アルガスが目を細め、霧の先を見つめる。

「交えばわかる。三王国の騎士の称号にもっとも近き者達だ、冒険者とてただのなまくらではあるまい」

「奴らが来ると?」

 アルガスの無粋な問いに、ロベルトは言う。

「でなければ、五千もの兵を率いて退屈を貪った甲斐がないというものだ」


 馬に乗り霧の中を駆ける王国兵達。

 その先頭にはシュウ達の姿があった。

 傍から見ればこの濃霧の中、馬を飛ばし駆けるは自殺行為に見えるだろう。

 だがこの霧はただの霧ではない。彼らの仲間、霧の魔術師と呼ばれたマバロの術が生んだ物なのだ。

 ルーガ砦の地下深く、巨大な魔法陣が刻まれた石造りの部屋で目を閉じ座す老人。

 松明の明かりだけが頼りの薄暗く肌寒い一室で、彼が汗を垂らしながら古い言葉を重ねると、その言葉に呼応するように外界に広がった霧は形を変え、いくつもの顔を見せた。

 それは敵陣を駆ける王国兵達を奥深くへと導いていく。

 奥へ、奥へ。

「なんだ」

「きた敵襲だ!!」

「密集隊形を維持しろ!!」

 霧の先に帝国兵達の声が聞こえてくる。

 声だけではない、金属製の防具がぶつかり合う音。兵達の落ち着きない様子が音だけで伝わってくる。

 馬で駆けるシュウ達のすぐ傍らに奴らはいるのだ。

 しかし、シュウ達の狙いはそんな雑兵共ではない。

 急襲に備え亀のように固まった帝国兵達を器用に避けながら彼らは突き進む。

 そうして辿り着いた先に、目的の男はいた。

「奴だ!!」

 そこだけは霧が晴れていた。いや、彼らの到着と同時にその部分の霧が消えたのだ。

 第四十師団の頂点、ロベルトを前にルドー王国軍将軍ドミンゴが叫ぶ。

「お前達は周囲の奴らを排除せよ!! あの男は我らに任せろ!!」

 将軍の指示に従い、王国兵達は声を上げてロベルトを守る為に配置されていたであろう帝国兵達の方へと雪崩れ込む。その数は全てを合わせても百に満たない。

 少数精鋭、彼らの役目はロベルトを捕らえるまでの時間稼ぎ。それも決死の時間稼ぎである。

 本命を相手にするは王国一の武勲を誇るドミンゴ将軍、そして今や王国の英雄となった冒険者達、シュウ、スレイン、カーラ。

「帝国軍師団長ロベルト!! お前は我が策の内に堕ちた。大人しく投降されよ!! 汝の名誉はルドー王国軍将軍ドミンゴの名のもとに保障しよう!!」

 馬上から発せられた降伏の勧告。ロベルトはそれを鼻で笑い拒絶する。

「笑わせるな辺境の将軍よ。虜囚の身にいったい何の名誉がある。我らは剣に生き、剣に死ぬ者。こい、ドミンゴ!! 辺境の武がどれほどか、俺に見せてみろ!!」

「帝国の野蛮人め。檻に入れる前に躾が必要なようだな!!」

 ドミンゴが騎乗したままロベルトの方へと突撃する。

 将軍の馬はルドー王国内において随一の軍馬。迫力ある軍馬の突撃を真正面から受けるなど、想像するだけでも恐ろしい。

 だがロベルトはまったく怯まない。

 それどころか、高速で近付いてくる馬の動きを見切り、一歩前へと出て己の剣で馬ごと将軍を斬り裂いた。

「ぬおおおおお!!」

 この一撃でシュウ達は知った。

 彼を縄に繋ごうなど、どれほど愚かな考えであったかを。

「将軍!!」

 シュウの呼びかけにドミンゴは何の反応も見せない。すでに絶命していた。

「将軍が一撃で!? まずいぞシュウ!! どうする!!」

 覚悟はしていたつもりだった。だがそれ上回る予想外の強さを目にしてスレインは動揺した。

「くそっ、何て強さだ。だがここで奴を仕留めねば、戦況はさらに悪化するだけ」

 敵の将が目の前にいる。これほどの好機、次にあるとは限らない。しかし……。

「やるならはやくしないと。霧がいつまで持つか」

 カーラの忠告。マバロの魔術が生み出した魔法の霧には当然、帝国の魔術師も対抗する。

 この濃霧には限りがある。

 こんな敵陣内で霧が消えてしまえば、彼らは退路を失う事になるのだ。

「聞いているぞ、お前達の事は。三王国の騎士、その称号にもっとも近き英雄だと」

 一目でシュウ達を噂の英雄だと見抜いたロベルトは、将軍の血で赤く染まった己の剣を高く掲げ、言った。すると、強く激しい風が戦場を薙ぎ始める。

「さぁ、退路はもうないぞ辺境の英雄達よ!!」

 突然の風は瞬く間に濃霧を消し去り、シュウ達と王国兵は敵陣内にて完全に孤立してしまう。

「なんてこった。マバロの術がこうも簡単に……」

 仲間の偉大な魔術師の魔法が、帝国の魔術師によって破られた。

 全く予想もしていなかった事態というわけではない。だからこそ万が一の事態も考え少数精鋭での作戦を選んだのだ。だが、これほどまで容易に破られるとは。

 スレインの動揺はより大きくなる。

「武器を置け!! 王国の雑兵共!! お前達の命はこの辺境の英雄に託されるのだ!!」

 ロベルトの発言に動きを止めど、敵将の意図が王国兵達には理解出来ない。

 この状況で武器を置けと投降の勧告をするだけならわかるが、辺境の英雄に託すとはどういう事か。

「辺境の英雄達よ。一番強き者を俺の前に立たせよ。一騎打ちだ。一騎打ちで俺を破る事が出来たのなら、お前達の無事、帝国軍師団長ロベルトが約束してやろう!!」

 いきなりの一騎打ちの誘いに王国軍側は困惑する。この状況、すでに大勢は決しておりわざわざ一騎打ちなどをする利点が帝国軍にはないはずである。

「どうした臆したか。まさかあのへっぽこ将軍が王国最強などとはぬかしはしないだろうな」

 一閃にて斬り殺したドミンゴを貶めるような発言に部下である王国兵達は憤慨するが、この状況では動けない。

 あの絶対的な差、それを覆せる可能性があるのはどれほど悔しかろうと彼らではないのだ。

「ロベルト殿、あなたに勝てば無事皆を解放するとの言、間違いないでしょうな」

 シュウが己の剣に手をかけながら言った。

「ほう、貴様がやるか。侮るな、辺境の木端風情が。俺の言葉はこの師団では絶対だ。一騎打ちに破れ、逆上し約束を反故にするような、躾のなってない駄犬はここにはおらぬ」

「よく言うぜ。帝国自体、どれほどの約束を反故にして戦争を繰り返してきたと思ってんだ」

 スレインの悪態をロベルトは一笑する。

「俺の与り知らぬ事で責められても、困ってしまうな。どうしても信頼出来ぬと言うのならこのままお前達を押し潰してしまうしかないが、それでよろしいかな?」

 悪態をついたスレインにではなくシュウに尋ねるロベルト。

「あなたは好んで卑劣な嘘を付くような人間には見えない。そんな人間ならば鼻からここで一騎打ちの申し出などしないだろう。受けよう、私があなたの一騎打ちの相手となろう」

「理解が早くて助かる。……お前、名は?」

「シュウ」

 名を聞いたロベルトは高らかに宣言する。

「皆の者よく聞け!! この男、勇者シュウが我が一騎打ちの申し出をたった今了承した!! これよりこの戦場は我が神聖なる決闘の場となった!! 何人たりともそれを侵す事は許さん!!」

「オウ!!」

 ドスのきいた男達の声が周囲に響いた。

 このやり取りだけで、末端の兵士はともかく、この場にいる帝国兵のほとんどがロベルトによく統率されており、彼が絶対的な信頼を受けている事がよくわかる。

 帝国兵だけではない。ロベルトの振る舞いは敵であるはずの王国兵すらも制していた。

 これが帝国師団長という地位まで昇った男に備わる資質。


「帝国最強の軍は」

「我ら!! 我ら!! 我ら!!」

「この一騎打ち勝つのは誰だ?」

「ロベルト!! ロベルト!! ロベルト!!」

 ロベルトとシュウを囲むように出来た人だかり、彼らがロベルトの呼びかけに応える度に、場の温度があがっていく。

 まるでコロセウム。まるで余興。

 そうこれは帝国兵達にとって余興だった。彼らは自分達の将が負けるなどと微塵も思っていない。

 彼らの将、彼らの英雄であるロベルトという男がこのよくも知らぬ辺境の男に敗れるなどと、決してありえない。

 笑顔すらこぼれている帝国兵とは対象的に、場の雰囲気に圧倒される王国兵達。

 彼らの運命は一人の男に託されている。

 かつて三王国を魔物の脅威から救った冒険者シュウ。彼の剣に全てがかかっていた。

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