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破壊の後

 大砦を守る王国兵達はその光景を理解できなかった。

 大砦を攻める帝国兵達はその光景が信じられなかった。

 あれほど堅固にそびえ立っていた大砦の第一門がインテの魔手の一撃によっていとも簡単に吹き飛び、守備する兵隊ごと消失した。

 大地はえぐれ、崖が崩れ落ち、簡単には燃えないはずのリオの木で築かれた第一門、その残り粕が曲がりくねった歪なオブジェとなり、黒い炎に焼かれている。

 先日、ここを死守しようと必死に戦った王国兵達とは何だったのか。ここを突破しようと多くの犠牲を払った帝国兵達とは何だったのか。

 戦争における常識も、戦場における熱気も、悪魔の兵器は破壊してしまった。

「嘘だろ……。何だよこれ。ははは……、笑える。こんなものがあるなら最初から使えよ……」

 帝国兵の中から悲痛、無常、虚無、失望、その類い。戦況の優位を得た喜びよりも、己の存在の無力さと矮小さに対する嘆きが漏れた。

 彼らの友は先日の激戦に散り、その仇である敵はついさきほど呆気なく、いとも簡単に、塵のように消え去った。

 それを目にして、帝国兵達が悪態をつきたくなるのも無理はない。

 しかしそんなものは、地獄に落とされる側にいなかった事による贅沢とすら言えるだろう。

「くそ!! どうなってやがる!! 何が起こった!!」

 砦を守る王国兵側には静かな失望に浸る暇などない。すぐに絶望と恐怖という怪物が押し寄せてくる。

 国を守る義務、使命感という剣と盾がかろうじて彼らに戦いを促がしていた。

「駄目です!! 第一門の守備隊は完全に崩壊、生存者も極わずか!! 救助に向かおうにも人手が……」

「第二門の被害も深刻です!! 直撃は免れたようですが、それでもあちこち崩れ落ちてしまって補修にかなりの時間を要するかと」

「城壁よりも兵の被害がひどすぎます!! 予備兵力までやられてしまっていては……」

「魔術師の生存者を確認してますが……、半分も生きてれば上々かと」

 王国兵の指揮官達に入ってくる報告はどれもこれもひどいものばかりだった。

 帝国の投射兵器から放たれた玉の威力は凄まじく、爆心地に近い者はたとえ魔術師達の張った障壁内いても跡形もなく消し飛んでいた。

「やむを得ん、第一、第二門は放棄する。第三門まで全兵引き上げさせろ!!」

「救出活動は……」

「馬鹿もん!! そんな暇あるか!! すぐにでも敵が雪崩こんでくるぞ!! 第三門、ここは絶対に死守させろ!!」

 第三門は特赦な黒い鉄鋼材で作られており、城壁の丈夫さだけならば第一、第二門とは比べ物にならないほど鉄壁である。

 だが、それを守る兵が不足していればその事に何の意味もない。

 新たな防衛線を素早く構築する必要が王国軍側にはあったのだった。

 それからしばらく。

 粗方の指示を飛ばし終えた王国軍の指揮官の一人が惨憺たる風景を見ながらも、あまりの馬鹿馬鹿しい威力にある種の感動すらも覚えて、ぼそりと呟く。

「しかし、このウガルガの大砦の魔法障壁がこうも簡単に破られるとは……、大竜殺しの伝説は本物か……」

 王国側の指揮官も魔術師達も、インテの魔手の話は聞いていたし、それがここで投入される可能性も考えてはいた。しかし、これほどの破壊をもたらす事など、彼らには予想出来なかったのだ。

 大砦には魔方陣による強力な魔法障壁が張られていたし、それは今まで一度たりとも破られた事はなかった。

 ウガルガの大砦がオートリアの大軍勢を長年にわたって撥ね退けるに、多くの魔法攻撃のみならず、投石器などの攻城兵器すらも封じてきたこの強力な魔法障壁が要となっていたのだ。

 それが崩れたまさに今、王国側にとっては歴史的窮地と言える。

 不幸中の幸いと言うべきか過去の大軍勢に比べれば、今回、帝国がウガルガの大砦攻撃に費やした兵を決して多くはない。

 まだ敗北が決まったわけではない。

「援軍が来るまでもたせるしかないな。ここを抜けられたら、我々の防衛構想が破綻する」

 大砦を抜けた先にはバテノア王国の地が広がる。ここへの帝国の侵入を許せば、三王国は南北に分断される危険が生まれ、防衛線は大きく広げざるを得ない。

 だが、兵の数も十分とは言えず、そのうえ質では帝国とは大きく差がつけられている王国軍にとってそれは、事実上不可能に近い。つまりは防衛線の破綻にも等しく、大砦の防衛はこの戦に勝利する為に必要な前提条件とすら言えるのだ。

 それは長年帝国と争ってきた歴史の中でも同じである。

 だからこそ、ウガルガの大砦は時の流れと共により強固に改築され、対帝国の象徴とも言うような、巨大要塞と化したのである。

 それが今まさに、かつてないほどの危機にあったのだ。

 逆に帝国軍にとってはかつてないほどの好機であったのだが……。

「隊長、まさかこれほどとは……」

 帝国軍を指揮するブレオベリスの傍らに立つ副官は言葉を失っていた。

 自分達が使用した兵器の威力、それが生み出した光景に、ただただ驚愕したのだ。

「まったく嫌になるぜ、将軍殿よ。こんな物まで用意させて。これじゃあ端から俺達の力なんて信用してねぇって言ってるようなもんだぜ」

 ブレオベリスの顔が苦く歪む。

 オイゲン将軍からの厳命『大砦第一門の攻略』、その日程も、投入可能な戦力も彼から見ればはっきり言って無茶がありすぎた。

 ただ一つ、将軍が用意させたこのインテの魔手という規格外の破壊力持つ兵器の存在を除けば。

 将軍は万が一の保険の為にこの馬鹿げた兵器をブレオベリス達に預けるとしたのだが、結果を見れば一目瞭然だ。

 何が万が一か。

 ブレオベリス達、アレクサンダル伯の私兵団がこの戦いで受けた損害は大きい。貴族排除がすすむ一連の流れから見れば悪意を感じられずにはいられない。

 いや、アレクサンダル伯はグリード帝即位に貢献した側であり、オイゲンにとっても古くからの友人ではあるだろう。

 この勘繰りを下衆だとしても、ならば何故、このような兵器を『保険』として将軍は預けたのか。

 別に理由があるとするならば、インテの魔手が発射する玉の貴重性を考慮した結果だろう。

 つまりは玉の節約であり、万が一、兵器なしに攻略出来れば、それに越した事はない程度の考えであるのだ。

 功労者であるはずの貴族の排除、単純に玉の節約の為、どちらにしてもブレオベリスにとって堪ったものではない。

「ど、どうしますか隊長。一応将軍の命は達した事になりますが……。これなら本当に大砦を攻略出来るのでは」

「馬鹿が」

 副官が抱いた期待のようなものをブレオベリスは否定する。

「一番強固な第三門が残っている。それにここは奴らにとって守りの要だ。易々と突破を許してはくれまい」

「ですがこれほどの好機を逃す手はありませんよ!!」

「ここで無理をすれば帝国史上始めてのウガルガの大砦攻略を為せるやもしれんがな。だが、それに伴う傷を負う義理がどこにあるってんだ」

 先日の戦いでの損耗は無視出来ない。第三門攻略にはそれ相応の被害が予想される中、もう一度あの痛手を貴族の私兵である己の部下に負わせるような熱意をブレオベリスはこの戦いに持てなかった。

 彼だって栄誉、名誉が欲しくないわけではない。貴族の兵としての義務も理解しているつもりである。

 だからこそ、そうであるからこそ、将軍の馬鹿げた命とインテの魔手という馬鹿げた兵器が、この戦場から彼にとってのそれらを消し去り、歪ませたのだ。

「このままなにもしないってわけにもいきませんよ」

 ここでブレオベリス達がやった事は、兵を失い第一門攻略の失敗、保険だった兵器を使い門を吹き飛ばした、ただそれだけ。副官の男にも思うところがあるのか、彼の表情に焦りが見える。

「中央の魔術師共を使う。砦の魔法障壁が消えた今こそ、奴らの糞みたいな失態、それを挽回するだけの働きをしてもらう」

「消極的すぎませんか。あとで何を言われるか」

「何を言われるだ? 一体、誰が、何を俺達に言えるってんだ!!」

「それは……」

「いいか。将軍は最初から俺たちに何の期待もしちゃいねぇ。奴が言ったのは『第一門』の攻略だ。何故、大砦そのものじゃねぇんだ? 決まってるだろ、第二軍が囮だからだ」

「囮……」

「そうだ。てめぇもわかってた事だ。たったこれだけの兵で何が出来る。大砦を突破する気があるなら、あの糞ったれを使って門を早々にふっ飛ばし、将軍が直々に大軍を率いて攻めてたはずだ!! だが、奴はここにはいない!!」

 将軍オイゲンは一万五千を率いてドラクレア王国方面に向かっていた。その事実がこの地が突破口ではない事を示している。

「ドラクレアだ。奴の本命はそこだ」

「そうでしょうが……それでは何故、あの兵器まで我々に貸し与えたのでしょう。ドラクレア攻略も容易いものではありません。あの難所を破るのに一万五千程度では……」

「さぁな、何の考えがあってわざわざ兵力を分断したか、奴は話さなかった。だが、はっきりしてる事がある」

 ブレオベリスはさらに口調を強め断言する。

「これは俺たちの戦争じゃねぇ。奴らの戦争だ。奴らが考え、奴らが始めた、奴らの為の、奴らの戦争だ!!」

 『奴ら』、それが示すのは将軍であり、皇帝であり、ブレオベリス達を、主アレクサンダル伯を日頃から蔑むような帝国兵、帝国臣民である。

「何故そんなものに、俺たちが体張らなきゃならねぇ。俺たちが命を賭して戦うのはここじゃねぇ、今じゃねぇ!! そうだろ!!」

 ブレオベリスの迫力に副官は何も言えなかった。それほどまでにブレオベリスの怒りは凄まじい。

「期待しようじゃねぇか。オイゲンの爺が俺達の犠牲と、たった一万五千の兵を使ってどんな魔法を見せてくれるかをな」

 ブレオベリスが笑う。

 彼は何かが面白いわけでも、ましてや皮肉めいた気分なわけでもない。

 純然たる怒りが、彼の笑みを作っていた。

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