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悪魔の兵器

 その日、ブレオベリスはウガルガの大砦に攻撃を仕掛ける為、総兵数約五千五百を引き連れ砦前に布陣していた。

 前回の戦いで死者を含め二千近い兵を失ったこの状況で大砦に攻勢をかけようなど、一般的には無謀にも思える。

 だがこの戦いでの目標はあくまで将軍より厳命されていた『第一門の突破』だけであり、大砦そのものを完全に攻略する必要はない。

 加えて、彼らには大きな助けとなる兵器が将軍より貸し与えられていたのだ。

 勝算は十分にあった。


 布陣する帝国軍の最後方に、馬に引かれながら運ばれてきた箱があった。

 箱の外装は奇妙な色の宝石や象形文字で飾られていたが、それは美しさや神秘性といったものからは程遠く、禍々しく近寄り難い雰囲気を醸し出していた。

 若い魔術師は目の前にあるそれを恐怖と侮蔑、黒い感情を込めた瞳で捉えていた。

 彼自身、そのような感情を好ましいとは思わなかったが、そういったものを覚えずにはいられない道理が目の前にあった。

「導師、準備が整いました」

 彼が隣にいる老魔術師に告げると、老人は器用に片目だけ、色のない瞳をぎょろりと動かし、若い魔術師に忠告を与える。

「恐怖に呑まれてはいかんよ、シェオ君。闇はそれを見逃してくれるほど甘くはない」

「心得ています」

 少しばかりシェオは動揺した。自分を見透かす老魔術師と箱の存在が彼に完全なる平常心を与えてはくれなかったのだ。

「では始めよう。ブレオベリス殿も首を長くしてお待ちの事だろう」

「はっ。ナバス!! ルーバン!! ケイ!! 合図をだせ、封印解除の儀を始めるぞ!」

 老魔術師が命じると、シェオの指示に従い彼らはすぐに動いた。

 馬が離され、箱だけが残るその場には大きな魔方陣が描かれており、シェオと他三人の魔術師がそれを囲み同時に詠唱を始める。

 さらにそれより離れた位置には計六人の魔術師がそれぞれ詠唱を始めた。

 外界に漂う魔力が、魔術師の詠唱と魔方陣に共鳴するかのように、箱へと集まりだす、そうしてしばらく魔力を呑み続けた箱は外装の宝石を怪しく煌かせ続けた。

 三十分近く、詠唱は続いた。

 魔術師達は汗だくになりながらもそれを一度たりとも止めはしなかった。

 そして十分に魔力を吸った箱が、突如大量の黒い魔力を吐き出し開き始める。

「開くぞ!!」

 魔術師シェオが叫ぶと、魔術師達は特殊な障壁術で開き始めた箱を閉じ込める。

 箱から吐き出される黒い魔力は障壁内で荒れ狂い、障壁は軋み続けた。

「踏ん張れ!! あと少しだ!!」

 時間にしてわずかであったが、魔術師当人達には長い時間に感じられた事だろう。障壁が限界に近い付いた頃、ようやく魔力の嵐は去った。

「あとはこいつを目覚めさせる」

 障壁を解き、魔術師シェオが四方に開ききった箱から出てきた『それ』を見て言った。

「何度見ても慣れないな、この違和感、嫌悪感は……」

 シェオ達魔術師の前に現れたのは奇妙な刺青が彫られた巨大な片腕だった。

 鋭い黒い爪を持つ巨大な片腕が台の上に転がっている。いや箱の底となるその部分から腕が生え、倒れているのだ。

 それは紫の毒々しい色で人間のものとは大きさから何から全てが明らかに違った。

 その腕が魔法の鎖で押さえつけられている。

「確認するぞ。鎖の解除はナバス達、ルーバン達は腕の再覚醒、ケイ達は制御盤だ、いいな?」

 シェオの確認に魔術師一同が頷く。

「よし、では始めるぞ。しくじるなよ」

 魔術師達が再び詠唱を始めると箱の中の腕に変化が生じる。

 それまで異物ながらも生気とも言うべきものもなし、ただ物体として転がるにすぎなかった巨大なそれが、ドクンドクンと脈打ち、表面にはまるで血管のような脈が剥き出しとなっていく。

 魔術師達の詠唱によって生命を取り戻したかのように、巨大な片腕は視覚的禍々しさのみならず五感を超越した暗黒を宿した。

 理屈ではなく生物としての本能がただそれに恐怖を覚えるのだ。

 それでも魔術師達は警告する本能に逆らうようにそれを縛っていた魔法の鎖すらも外してしまう。

 再び覚醒した巨大な腕は自由になればなるほど狂気を増し暗黒を強め、そのまま暴走し始めるかのようにすら見えた。

 しかし。

「ケイ、どうだ!?」

「順調です。制御に問題ありません」

 巨大な片腕は完全なる自由を得られなどしない。所詮は兵器。

 魔術師達は箱の底に描かれた魔方陣と備え付けられた制御盤によってその腕の暴走を抑え込んでいたのだ。

「よし完璧だ」

 魔術師シェオは安堵の表情を少しばかり浮かべる。

「ナバス、玉を」

 命じられた魔術師ともう一人が投射物となる大きな玉を巨大な手の平へと運び入れる。

 玉は大人二人でようやく持てる大きさだが、重さ自体はそれほどでもなかった。

 玉がゆっくりと丁寧に手の平に置かれると巨大な腕と大きな玉は共鳴するかのように互いに発せられる魔力を絡め始める。

 とくに腕の方の反応は顕著で、制御する魔術師達が必死になって押さえ込んでるようであった。

「いいぞ、完璧だ。導師!! 問題ありません、いつでもいけます!!」

「よろしい。では合図を」

 老魔術師の命に応じ、魔術師の一人が魔法を天に向け放った。

 指先より火球が天に昇り空に散る。

 それに続くように陣の別の場所からも次々に火球が打ち上げられた。その数五。

「ほっほっほっほ。皆、問題なさそうじゃの」

 老魔術師が色のない瞳を歪ませて笑う。

 その瞳がまた別に、遅れて一段と高く空に昇り散った火球を捉える。

「ブレオベリス殿の許可もでたぞ。はじめようか。八十年ぶりの御出陣じゃ。……お前の力を見せておやり、インテの魔手君」

 覚醒した兵器『インテの魔手』が魔術師に抑えられてなお溢れる強大な魔力を、その手に握る玉と共鳴させる。

 そして巨大な片腕は大砦へ向けて、玉を放り投げた。

 空に舞う玉はその一つのみではない。さきほど火玉が昇った別の場所からも次々に玉は放たれ、計六つの玉が大砦に向けて飛んだ。

 そしてその玉が大砦へと到達した時、天地を揺らすほどの爆音が戦場に響き渡った。

 音だけではない、震動が風が光がそして魔力の嵐が戦場の者達に伝説の実在を証明した。

 人々は八十年の歳月を経てその悪魔の目覚めを目撃したのだった。

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