兵、兵士に語る
帝国第二軍コガルガ砦攻略軍の敗北、そして師団長マヌエルの戦死。
知らせはすぐにウガルガの大砦攻略担当ブレオベリスのもとへと届き、瞬く間にそれは兵士達の間にも広まった。
「ったくよう、情けねぇ。何が帝国騎士だ、えらそうに。賊の集まりにいいようにやられるとは」
悪態をつくブレオベリスの兵士達。彼らアレクサンダル伯の私兵達は、帝国騎士には日頃より見下される事が多かったうえに、ここ最近の貴族達の没落が影響してか、騎士のみならず騎士の称号を得ぬ一般兵にすら、そのような目で見られる事も少なくはなかった。
「ざまぁ見やがれってんだ」
「しかし、どうすんだ。日が昇れば、次は俺達の番かもしれねぇぜ」
彼らもまた、先日、ウガルガの大砦攻略失敗の痛手を負ったばかりである。夜が明ければ、その大砦へ再攻撃を仕掛ける予定となっている。
「安心しな。ブレオベリス様は中央から預かった秘密兵器をついに投入するそうだ」
物知り顔で兵士の一人が言った。
「秘密兵器だぁ?」
「おうよ。とっておきの秘密兵器さ、実はな……」
少しばかり男は小声になり話を続ける。
「俺たちが今警備してる物がそうなんだよ」
男の話をいまいち信じられないといった表情で他の兵士達は尋ねる。
「なんじゃそりゃ、兵糧の警備って話だろ。そんな話全然聞いてねぇぞ?」
「だから、秘密兵器だから秘密なんだよ。俺達みたいな下っ端に知らせるわけねぇだろ」
「じゃあなんでお前がそんな事知ってるんだよ」
「俺ほどの男になればな、戦場における情報の大切さっちゅうもんを理解してるわけよ。いろいろとルートを確保してるってわけ」
得意げに語る男だが、まわりの反応は鈍いままだ。
「胡散臭っ、誰も信じねぇよ、それじゃ」
「そうだな、せめて情報源とやらを明かしてくれん事にはだな」
「かあ、お前らどうしてそんなに疑り深いわけ? 俺がこんな嘘ついて何の得があるよ」
そう呆れたように言う男に、兵士達は言う。
「嘘ってわけじゃねぇけどよ。突然、秘密兵器だ、何だと言われて信じろって方が無理あるだろ」
「あのさぁ」
男はため息をついて兵士達に問う。
「お前らって、中央の奴らと全然関わらんだろ」
問い掛けに当然とばかりに兵士達は答える。
「そりゃあまぁ。何が楽しくてあんな奴らと」
「だな。同じ下っ端兵士の癖に、やけにえらそうな奴がいるのがむかつく」
「俺達よりよほど田舎からでてきた癖に、中央の兵になったら一端の都会人気取りだ」
「そうそう。訛りも抜けてねぇ癖にえらそうに、笑えるぜ」
「こないだちょっと話した奴なんて都会人面してたが、よくよく聞くと両親ともどもど田舎中のど田舎、畑継ぐの嫌で帝都に逃げてきた根性無しだとよ。あんな奴らがいるから戦争に負けんだよ」
次から次へとでるわでるわ、彼らのきりのない不満が漏れるのを男は遮る。
「わかった、わかった。俺はそんな話がしたいんじゃねぇ。……つまりだ、情報ってのはいろんな人間と知り合って得るもんだ。嫌いでも何でも、知り合って損はないぜ」
「何だよ。じゃあ中央の奴らの話を聞いただけかよ。余計信じられなくなったぜ」
「馬鹿言え、誰がそれだけだと言った」
「それ以外に何があるってんだよ」
「いいか、ほんとはあまりぺらぺら喋るような事じゃないんだが特別に教えてやろう」
「もったいぶらずに聞かせろよ」
「実はな、俺には同郷出身の魔術師がいてな。そいつが今回、その秘密兵器の運用担当なんだよ」
「まじかよ!?」
「大マジよ。大マジ。まぁ担当って言っても大勢いる中の一人らしいけど、ちらっと秘密兵器について教えてくれたんだよ」
兵士達の冷め切った雰囲気が変わり始める。
「何だよ、俺達にも教えてくれよ」
「ってかまずくね? マジならそんな話ここでして大丈夫なの?」
「まぁまずいちゃあまずいが、どうせ日が昇って戦闘が始まれば、みんな知る事だ。ぺらぺら喋りまわらず俺達だけに止めておけば問題ねぇよ。つうか他の奴らには喋るなよ。俺のダチの魔術師に迷惑かかるんだからさ」
「言わねぇ、言わねぇから詳しく教えろよ」
「まぁまぁ、そう焦るなって。まずはだ、お前達、この警備少し異様だとは思わないか?」
この夜の警備は兵糧に対するものにしては少々おかしかった。
「そうか? 少し物々しいかなとは思ったが」
「事前に言われた事があるだろう」
「事前? ああ、担当地区は厳守して、さぼるなだっけか」
「それよ、それ」
「けど当たり前だろそんな事」
「その当たり前の事を何で今さら言われるんだ」
「それは……」
「軍を率いてるのがお堅い中央の師団長になったわけでもない」
「まぁ確かに。ブレオベリス様からの命令だとするとちょっと変かもな」
「気合が入ってたんじゃねぇの。負けたばっかだし、イラついてたとか」
「そんなじゃねぇよ。近寄らせたくないのさ。俺達の守る、秘密兵器に」
「ううん。そういうもんかね」
「そういうもんだ。第一お前ら見てないだろ。自分達の目で、自分達が何を守らされてるか」
「確かにそうだが……」
「俺らは見たぞ、兵糧運んでる奴ら」
「ああ、見た見た」
「馬鹿!! 偽装だよ、偽装。本命は別、秘密兵器の方よ」
「偽装でもなんでもいいけどよ。で結局何なんだその秘密兵器ってのは」
「おうよ、聞いて驚くな。実はその秘密兵器とは、なんとあの……」
溜めに溜めた男はついに兵器の名を口にする。
「あの!! インテの魔手!!」
インテの魔手。
その響きを、残念ながら兵士達は知らないようで、ぽかんとしたまま反応がない。
「おいおい、インテの魔手。知らない? かぁ、これだから学のない野郎はやだね」
「うるせぇ!! てめぇだってどうせ同郷の魔術師とやらに教えてもらって知ったんだろ」
「まぁそうなんだけどよ。でも中央の奴らの間じゃ噂になってたみたいだぜ、今回の戦にこいつを使うらしいっての。さすがに下っ端じゃ、どこの方面軍が運用するかまでは知らないみたいだったけど」
「それで何だよ、そのインテのなんちゃらって」
「インテの魔手ね。通称で、正式名称は別にあるらしいんだけど、こいつがすげぇ兵器で……。まずお前ら、帝国三大兵器って聞いたことあるか?」
「いや」
「何だよ、すげぇ兵器三つもあるのか? 知らねぇぞ」
「三つもあるならこの戦争も楽勝なんじゃねぇの?」
「バーカ。帝国っつてもオートリアだけの話じゃねぇよ。大陸に君臨し続ける三帝国、オートリア、ヤガン、ドリアムスにそれぞれ一つ、とっておきの兵器を全部併せてそう呼んでんだよ」
「ヤガンにドリアムスねぇ」
「兵器って言われてもなぁ」
「そういや、ヤガンに馬鹿でかい攻城塔があるとかいう話は聞いた事あるかも」
一人の兵士が見せた反応に男は食いつく。
「それよ、それがブルガンの巨人と言われるヤガンの秘密兵器さ。動く要塞とも言われて、そりゃあまぁ、すげぇ攻城塔らしい」
「俺達のような下っ端が知ってたら秘密でも何でもないような」
「ノリよ、ノリ。別にうちらの秘密兵器、インテの魔手も存在自体は隠してないようだぜ、多少学ある人間なら誰でも知ってる事らしい」
「何だよ、じゃあ全然秘密でもねぇじゃんか」
「だからノリだって。たださ、最後に使われたのが八十年以上前で、みんな忘れちまってるんだってさ」
「八十年? そんな昔に使ったきりなのか? その間腐るほど戦争があったのに」
「やすやすと使えるしろものじゃないんだな、インテの魔手は」
「やばい兵器なのか?」
「まぁね。やばいっちゃやばいらしいよ。威力もだけど、いろいろとね」
「おいおい、教えろよ。そこんとこを詳しく」
「いや、俺も聞いただけだし、詳しく教えてもらったわけじゃねぇんだけどさ」
そう言って男は同郷の魔術師に教えてもらったインテの魔手についての情報を語り始める。
彼曰く、インテの魔手とは千年以上も昔に、かつて帝国に存在した魔術師ギルド『インテの六芒星』が中心となり作成した投石器のような物体を投射する、投射兵器であり、もとは攻城兵器などではなく、大地震よりも恐ろしいとされる天災『大竜』殺しの兵器として開発されたのだと言う。
大竜、つまりは大陸のはるか彼方より数百年一度現われ、国々を滅ぼしまわるほどに暴れる巨大なドラゴン、それを殺すほどの威力を擁した兵器だと言うのだ。
ドラゴンの肉体を覆う鱗はその頑丈さでよく知られている。それを破壊し死に至らしめる威力、それが事実ならば何とも恐ろしい破壊力を持つに違いない。
だが、それほどの威力を持つ兵器でありながら、八十年以上も昔に使われたきり出番がなかった。
その理由とは一体なんなのか。
まず兵器の運用自体に十分に研鑽を積んだ魔術師が一台当たり十名もいる事、そして何より、インテの魔手が投射する物が特殊すぎるのだと言う。
インテの魔手の破壊力を生み出す投射物は、何と一流の魔術師の目玉と魔力の篭った鉱石『魔石』を加工し作った玉だというのだ。
「め、めだま!?」
話を聞く兵士達もさすがに驚く。
「ああ、魔石も貴重だが一流の魔術師の目玉なんてそうそう手に入るもんじゃねぇ。だからそう簡単には使えないのさ」
「なんでまた目玉なんだよ」
「お前らも一度くらい言われた事あるだろ? 魔術師の眼は見るなって」
「ああ、そんな感じの事言われた事あるな」
「あれだろ、魔術師の眼を覗き込みすぎると魂をとられるとか」
「なんでそう言われるかと言うとだな。魔術師の奴らの中には瞳術つう怖い魔法を使う奴らがいてだな、簡単に言えば眼でいろんな魔法を使うんだが、中には他人様の精神にまで影響与えちまうものもあるってわけよ。でなんで眼かと言うと、血が心臓に集まるように、魔力は眼に集まるって言われてて、実際、魔術師連中の眼にはすげぇ量の魔力が宿ってるらしい」
「へぇ、だから奴らの中には発動する前の魔法すら見えちまう奴がいるわけか」
「流れが見えるってやつらしいな。まぁ、視力の良し悪しは人それぞれのように、魔力の流れが見える云々も魔術師それぞれだそうだが、……まっそれはおいといてだな、話を戻すと、一流の魔術師ともなると眼に半端ない量の魔力が宿ってる、それを利用するわけよ」
「魔術師の眼を使う理由はわかったけど、必要なのは一流の魔術師なんだろ? どこから一流なのか知らねぇけど、一流なら目玉なんてくりぬくより、兵士としてそのまま使った方がよくないか?」
「そうなんだよ、まさにそこなんだよ」
男が何度も頷きながら言った。
「眼もさ、生きてるうちに取り出して加工しなくちゃならんらしくて、魔術師の方も生きてるうちにくりぬかれるなんて当然拒否する。実際、素材に選ばれるほどの魔術師なら通常、兵士として戦わすほうが効率良いらしくて、無理に集めようとはしなかったんだってさ。大昔に大竜が暴れてた時代はさ、非常時中の非常時だから心ある志願者から目玉集めたそうで、その残りを長い事使ってるそうだよ」
「千年ものの目玉かよ」
「そういうのもあるんだろうな。あとは罪人として掴まった魔術師の目玉で補充するくらいらしいから、とにかくもうほとんど残ってないんだってさ、発射する玉が」
「それを今回使おうってわけか」
「おうよ、歴史的目撃者になれるぜ。なんたって前にこの兵器が使われたのは八十年も前だそうだからな!」
男はまるで遠足前の子供のように興奮していた。
その熱にあてられたか、まわりの兵士達も先日の大敗を忘れたかのように何かを期待している。
そう、日が昇れば、彼の語る歴史的兵器、その活躍を目にするやもしれんのだ。
「まっ、ウガルガの大砦だか何だか知らないがこの戦い、インテの魔手様がご登場とあれば楽勝ってわけよ。明日は大船に乗ったつもりでいな」
男はまるで兵器を実際に知ってるかのような口振りで話し、大声で笑っていた。