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余韻

 戦いを終えた夜、ささやかでありながらも賑やかに、勝利の宴がコガルガの砦で催された。

 王国と帝国との戦争はまだまだ続くが、マヌエルを討った事でこの砦を巡る戦いは一区切りしたとして、特別に安酒が義勇兵達に支給されたのである。

 さすがに泥酔するまで飲むような事は許されなかったが、彼らが盛り上がるのに酒の量など問題にはならなかった。

 あの帝国師団長を討った、その成果だけで、彼らを高揚させるには十分すぎた。

 男達は何人殺しただのと己の武勇を誇り、奇襲に慌てる敵兵の間抜けさを笑い、一騎当千の敵将の武勇に感心し、それを破った自分達の勝利に酔いしれた。

 そんなわいわいと騒ぐ男達から外れ、砦から闇夜の森を見つめる兵士達の姿があった。一応の警戒の為に、彼らは酒が飲めぬ愚痴を漏らしながら見張り役をこなしていたのだ。

 どこか気の緩んだ兵士達の中で一人の男が森から砦に向かう集団に気付く。一瞬、兵士達に緊張が走ったがすぐに、それは杞憂であった事を彼らは知る。

 集団の正体を理解した兵士は、宴を楽しむ仲間達にその吉報を伝えた。

「アノン達がもどったぞ!!」

 砦の者達は、そして何より血の灯火の面々は、囮役として最前線に出ていた仲間達の帰還を喜んだ。

「でかした!! よく無事で戻った!!」

「お前達こそがこの戦いの英雄だ!!」

 戦いの勝利に酔う義勇兵達から掛けられる労いの言葉に対する、アノン達囮部隊の表情は様々であった。

 それでも、この勝利の熱に水を差すような振る舞いだけはせんようにと彼らも考えたのだろう。無理に笑う者の姿が、戦いの過酷さを物語っていた。

 そんな帰還者達の中でも、一際目立つ長耳の女は男達と軽い会話を交わした後、団長である男のもとへと向かう。

 血の灯火団長ウォルードは勝利に沸く人々から離れ、砦の片隅で独り、月を眺めていた。

「こんな時ぐらい……、いいえ、こんな時だからこそ、皆と一緒にいればいいのに」

 エルフの女がウォルードの姿を見つけるなり言った。

「戻ったかアノン」

 女の言葉を無視し、ウォルードは事務的に答えた。

「上手くいったみたいね。……あのマヌエルを討ったって、さすがよウォルード」

「奴を殺ったのは俺じゃない、カミラだ。作戦通り彼女が殺った」

「そうね、彼女のおかげでもある。でも、貴方の作戦と働きがあったからこそのものである事には違いないわ。マヌエルと剣で渡り合える人間なんてそう多くはいないのよ」

「買い被りすぎだな。戦いは終始、奴が優勢だった。渡り合えたなんて、言えるような内容じゃない。それに犠牲の上に成り立つ作戦だ、褒められるようなものではない」

「気にしているの?」

「まさか、買い被らんでくれという話さ」

「そう……」

「マヌエルの剣筋を確認するのに死人をだした。必要な犠牲だったが、俺の腕がもっと立つならば、その犠牲もいらずにすんだだろう。……そっちはどうだったんだ?」

 その言葉にアノンの表情がいくらか険しくなる。

「マルザ、カルファン、ルイス、ミゲル、ロドルフォ、ホルヘ、タケ、ケンゾウ、ドミトリー、ガブリル、ステンカ、ワレリー、ジノヴィ、アルミン、ダニー、フレディ、ヨーゼフ。……十七名。私が魔方陣の発動をもっとはやくできていれば、落とさずに済んだ命もあったのに」

「十七人か、数字としては悪くない。……アノン、あんたに一応忠告しておくが、後悔するのは戦いが終わってからにしてくれ、今は戦争中だ」

「わかってる……、わかってるわ」

 女の悲愴な面持ちを月の光が照らす。……とその時、二人の前によく知る顔の者が現われた。

「取り込み中かしら」

 その者は敵意と気遣うような視線を二人別々に向けながら立っていた。

「カミラ!!」

 アノンは笑顔で彼女との再会を喜んだ。

「アノン、危険な任務をご苦労様」

「ええ、ありがとう。貴方も無事で何より」

 お互い労いの言葉を交わすと、カミラはウォルードの方へアノンに向けるそれとは違った視線をちらりとやった。

「話は済んでる。酒の席に連れていくなら連れてってくれて問題ない。彼女の気も紛れるだろう」

 それを聞いたカミラがアノンの手を取って言う。

「アノン、皆が待ってる、行こう。……貴方のことだから、きっといろいろ思うところがあるのでしょうけど、今は辛くとも笑って。貴方の沈んだ顔なんて誰も見たくないの、自分を必要以上に責めないで」

「ええ、わかっているわ」

 そう言ってアノンはカミラに微笑むと、ウォルードの方へと視線を向けた。

「ウォルード、貴方も」

「いや、俺はいい。互いに酒が不味くなるだけだ」

「そんな事……」

「どのみち俺には考える時間が必要なんだ。戦争はまだまだ続く」

「だったら私も」

「アノン、この手の事はやはりあんたの仕事だ。この厳しい戦いの中で、カミラの言う通り、皆あんたの笑顔を必要としている。宴の席に必要なのは俺じゃない、あんただ」

 団長であるウォルードの言葉を聞き、アノンはそれ以上何も言わなかった。

「行こう」

 カミラがアノンの歩みを促がす。

 それから暫く、二人は団長を残し仲間達のもとへ向かって歩いた。

 表情は共に、勝利に浮かれる者たちとは対照的にどこか暗さを含んでいた。

 特にカミラは不快そうな表情すら浮かべている。

「どうしたの?」

 アノンが尋ねると、カミラは怒気すら帯びた言葉を吐き捨てた。

「私は殺す気で矢を射った」

 アノンは黙って次の言葉を待つ。

「それが作戦だった。迷いなどなかった」

 何かを確かめるように、女は言葉を紡ぐ。

「私はあの日から……、今でもあの男が憎い。心の底から奴を軽蔑し、憎んでいる。だが、この敵意すら、殺意すらあの男は利用する」

 ウォルードの立てたマヌエル殺しの作戦は、単純なものだった。仲間を犠牲にマヌエルの剣筋を見極め、防御に集中して時間を稼ぎ、相手の隙を生む一撃を待つ。そしてその隙を突くのはウォルードではなく、死角からの一矢を放つカミラ。それだけの事である。

 しかし、このカミラの一矢は特別だった。

 予め合図は決められていた。ウォルードが剣を離した、その時こそが、彼の後頭部目掛けて矢を飛ばす合図だった。

 帝国師団長マヌエルほどの戦士ならば、戦場に充満する殺意の中から己の方へと向けられたものを敏感に感じ取る事が出来る。もし、カミラがマヌエルを殺す気で矢を放ったのならば、それが命中する事など万に一つもありはしないだろう。

 カミラの殺意が向けられた先、それがマヌエルではなく、味方であるはずのウォルードに対するものだった事に、大きな意味があったのだ。

 マヌエルにとって殺意のない死角からの一矢は、まさに不意に放たれた必殺の一撃となった。

 矢を放つあの瞬間、カミラのウォルードに対する紛れもない殺意がそれを可能にしていたのだ。

 全てはウォルードの計画通りの事。

「私にはそれが堪え難く許せないのだ。必要だったと、それが最善だったとしても、割り切れない。許せないんだ」

 言葉にはウォルードに対するものだけではない、救いようのない自分に対するものも含まれていた。

「カミラ……」

 アノンには掛けるべき言葉が見つけられない。普段人に弱みを見せまいとする彼女が、どれほどの思いでこれを吐露しているのかと想像すれば、気安い言葉など掛けられるはずもなかった。

 月の光と砦を照らす炎が二人を染める。

「それでも今は……私はあの男のもとで戦い続けなければならない。……あの人と、皆と見た同じ夢を叶える為にも」

 カミラの過去を、決意を、彼女の苦悩を、アノンはよく知っている。

「大丈夫よ、きっと。……大丈夫、きっと上手くいくわ」

 それはよく知る仲間に掛ける慰めの言葉であり、己に言いきかせる、自己暗示だった。

 戦いは彼女達から多くの大切な物を奪ってきた。

 それでも、その戦いから逃げ出すなど、彼女らには出来なかった。

 逃げ出せば、救えた物も多くあった事だろう。

 しかし確かに、失い続ける戦いの中にあってなお、生まれ、得た物もあったのだ。

 それは、戦い続けなければ、そして己が命尽きた後になっても、いつ日にか掴むであろう勝利のみが守ってくれるのだ。

 エルフと人間。種族を越えた二人の女は同じ夢を見て、戦い続ける。

 彼女達の戦いは、まだ終わらない。

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