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退路なし

 敵戦力包囲の為に縦断する形で伸びた帝国軍の陣列、その薄く伸びた陣形に砦から打って出た王国側の義勇兵達が押し寄せる。

 この予想外の一手はマヌエルの軍に大きすぎる一撃を与えた。

 ほとんど均等に戦力が分散されていた帝国軍に対して、王国軍側は後続への攻撃は最低限の小規模な隊に抑え、敵戦力分断の為の縦列中央部と先頭部への攻撃に多くの戦力をつぎ込み突撃を行い、これに見事成功したのである。

「退却しましょう!!」

 敵を馬上から斬り捨てながら男がマヌエルに言った。

 当然の言い分だった。戦力全体では数で上回ってるはずの帝国軍の男の周囲には敵が溢れ、精鋭であるはずの味方兵士が押されている。

 この状況下に長居すれば、いくら彼の帝国師団長マヌエルと言えどその身の安全は保障され得ぬだろう。

 マヌエルの死は、退却、後退による敗北を超える圧倒的なまでの大敗を意味する。それだけは避けねばならぬ事であった。

 だが、その当然の言い分をマヌエルは蹴り飛ばした。

「デキムス!! これは好機だ!! 鼠がわざわざ巣穴から這い出してきたのだ。ここでの勝利は砦を落とすも同じ、戦え!! 戦わせろ!!」

「しかし!!」

「兵を信じろ!! 帝国兵の力を!! 考えてもみろ退路に敵がどれだけ潜んでいるかわからんのだぞ!! 陣を乱した退却より、ここで打ち負かす!!」

 マヌエルの考えにも理はあった。

 ゲリラ戦術を得意とする義勇兵達を捉え殲滅する事は容易ではなく、敵から打って出てきたこの状況は致命の一撃を与える又と無い機会であった。

 それに加え、本来この隊列は敵戦力包囲の為に、敵側奥深くに入り込む形となっているわけで、包囲対象であった敵戦力がそのままこちらの退路を断つ形になっていてもおかしくない。

 混乱した状況下では安全な退路の確保も困難だったのだ。

「ですがあまりに危険すぎます。やはり、ここは一度退き再度攻撃の機会を待つべきです!!」

「そんなものありはしない!! 勝つか、死ぬかだ!!」

 ここで退却すればある程度被害を抑え退却出来るであろうが、それでも砦を攻略出来るほどの戦力が残りはしないだろう。

 敵の正規軍がほとんどいない義勇兵軍、帝国にとっては正に賊の集まりにすぎない一団が守るだけの砦を落とせぬだけでなく、手痛い一撃を受け敗北した将。

 それは誇り高い帝国騎士、師団長マヌエルにとって想像絶する恥であるに違いない。

「指示を飛ばせ、決戦だ!! 賊共に帝国の力を見せてやるのだ!!」

 そう言って彼は馬から飛び降り、己から敵へと斬りかかる。森の中において移動はまだしも乱戦での戦闘となると馬上では戦い難い、退却せぬと決めた今、もはや馬は不要だった。

 マヌエルの確固たる決意を見た兵達も覚悟した。己の為すべき事を理解した。それは退却を進言したデキムスとて同じであった。

 乱戦の中笛が吹かれ、森に彼の指示が響き伝わる。

 その音に退却が当然と考えていた多くの兵は驚いたに違いにない。

 だが、兵達は己らの師団長を疑いはしなかった。マヌエルが全くの勝ち目がない戦いを強行するほど愚かではない事を彼らはよく知っていたのだ。

 オリバーの三騎士のような大陸中が知る華々しい英雄譚も無ければ、ハンス、ミロスラフ、ジェイドといった帝国の新たな若き大きな力というわけでもない。

 されどマヌエルと言う男が帝国騎士に恥じぬ能力を持ち、兵を悪戯に死なすだけの事をするような男でない事を帝国の人々はわかっていた。

 事実、奇襲を受けた帝国軍側にも現状勝ち目は十分あった。質で義勇兵達を上回る帝国軍は急な乱戦と言えども長期戦になればなるほど陣形をたて直し戦いを有利にもっていく事が出来るであろうというのはマヌエルでなくとも理解していた。特に後続に対する敵の攻撃は弱く、後続が前線に有効な形で加わる事が出来れば戦況は帝国側へと傾いてもおかしくない。

 問題はそこまで彼らが粘れるかどうかである。

 粘れる、勝てると判断したマヌエルに、その期待に兵達は応えねばならない。

「戦え!! 戦え!! お前達の力を師団長殿に、王国の賊軍共に見せてやれ!!」

 森のあちこちで兵を鼓舞する部隊長達の声があがる。帝国兵の心は決して折れてはいなかった。

 その様子を王国側の人間でありながら余裕の表情で眺める者達がいた。

「団長、奴らやはりやる気みたいだな」

 乱戦の中、士気を落とさぬ帝国兵を見ながら義勇兵の一人が言った。

「けちな誇りが、奴らを殺す」

「騎士様も大変だねぇ、俺達みたいに不利なら逃げるとは簡単にいかないんってんだから」

 義勇兵達が帝国軍を馬鹿にするかのように言うのを聞いて、 老いた戦士が殺気のこもった目でにやりと笑みを浮かべる。

「だからこそのこの好機」

 彼らがそのような会話をしていた時、また別の一人の義勇兵が現れ、団長と呼ばれる男に近付き報告する。

「団長、標的確認出来ました。場所は第四虎穴点、退く気配なしとの事」

 それを聞き周囲の男達は笑う。

「ガハハハ、虎穴に虎とは上出来じゃねぇか」

 その様子に何ら表情を緩める事もなくそれまで黙っていた団長と呼ばれた男は義勇兵達に命令を下す。

「予定通り標的への攻撃を行う。ここで奴を必ず仕留める。それで俺達の勝ちだ。……頼んだぞ」

 『頼んだぞ』、それはこの場にいる義勇兵全員への言葉ではなく、たった一人の人物に向けられたものだった。

 それは期待や願いでもなく無感情な確認であり、それは最後の一手に対する要求であり命令だった。

 彼の人物は団長と呼ばれた男に無言の目で答えた。

――言われるまでもない。

 殺意を持った集団が動く。

 森の中を行く、標的に向かい一直線に動く影。この戦場の勝敗を決する影が、戦場を駆けたのだ。


 剣が血肉を斬り、森が赤く染まる。

 そこに帝国も王国もない、ただ赤い血が森を染めるのである。

 より速い剣が、より力強い剣が血肉を飛ばす地に彼はいた。

「少しは出来そうなのが敵にもいるようだ」

 死体の山を築く彼のもとへそれが現れる。

「帝国師団長マヌエルだな」

「如何にも……、だが下賤な者達に容易く呼ばれてやるほど安い名ではないぞ」

 そのやりとりを敵兵と戦いながら見ていたデキムスがはっとしてからマヌエルに言った。

「血の灯火……。その者ら血の灯火に違いありませんマヌエル様!!」

「ほう、こいつらが例の……。面白い」

 マヌエルの殺気が一瞬高まり周囲を圧倒する。

 この男を、マヌエルを狩る為に彼らは、血の灯火はここに来た。

 しかし目に恐怖の色を浮かべるどころか狩る者の目を強めるマヌエルの迫力によって、逆に血の灯火の何人かが気後れしてしまう。

 それを振り払う為か、義勇兵の一人が叫ぶ。

「その首貰うぞ!!」

 それを合図に一斉に血の灯火の面々がマヌエル向けて斬りかかる。

「甘い!!」

 その一撃は高速であり衝撃だった。

 マヌエルに斬りかかった男達のうちわずかにタイミングのずれた一人が先行する形となっていた。それを逃さぬマヌエルの強力な一振りが鎧ごと肉体をわき腹より斜め上に斬り裂いた。

 そのまま流れるように残りの者たちの攻撃をかわしていくマヌエル。

 そして斬りかかった男達最後の一人の攻撃を避けた直後、再び強力な一撃が血の灯火の兵の首を刎ね飛ばした。

 まさに圧倒的である。

 その力量が帝国軍師団長とは何であるかを示していた。

「くっ……」

 血の灯火の面々の表情が硬く険しいものに変化する。

 知らぬわけではない。覚悟もしてきた。

 それでもその力を目の前にして無感情ではいられなかった。

「なかなかに鍛えてはいるようだが、やはり所詮は賊の剣。私には通じんな」

 マヌエルに斬りかかっていた面々は血の灯火でも上位に位置する剣の使い手である。

 みな凡人に比べればよほど才覚のある者達で、帝国軍の正規兵ならばそれなりの地位につくであろうほどの者たちだ。

 それが、それだけの者達が一人の男の圧倒的強さを前に、傷一つ付けれぬでいた。

「貴様は見ているだけか?」

 斬り捨てられる仲間を見て、圧倒的なまでの衝撃的なまでの強さを見せ付けるマヌエルを見て、表情一つ変える事無く眺めるだけの男がいる。

「よもや臆したわけではあるまいな」

 挑発にも表情は変わらない。

「くそっ!! 死ねぇぇ!!」

 会話を遮るように再度血の灯火の男達がマヌエルに襲いかかるがやはりその剣の刃は届かない。

 男達の首が刎ね、片腕が飛び、両脚が肉体より分離する。

 絶望的、その言葉で言い表すしかないであろう差。

 それを前にしてその男はふっと一瞬鼻で笑い言った。

「もう十分だ」

 たったそれだけ、それだけの言葉で血の灯火の面々の様子が変わる。

「ようやくやる気になったか?」

 マヌエルの眼に雑魚は消え、本物だけが映る。

「団長、頼んだぜ」

「団長、雑魚は俺達に任せな」

 血の灯火の者達の言葉にマヌエルが反応する。

 男が一歩進むと場を支配する殺気が揺らぐ。

 男の確かな殺気が他の者のそれを霧散させてしまっているのだ。

 義勇兵ごときであろうがそれだけのモノを持っていても何ら不思議ではない。

 男は長年帝国と戦い続ける血の灯火、その団長なのだ。

「そうかお前が血の灯火団長……ウォルードか」

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