強行突破
「馬をとばせ!! 進め!!」
「遅れる者はおいていけ!!」
「走れ!! 走れ!! 走れ!! この戦の勝利、お前達の剣と脚に懸かっているぞ!!」
帝国軍の部隊指揮官達が声を荒げ叫ぶ。蛇の道を行く彼らは、先頭を行く騎兵隊と後方からそれを追う歩兵隊に分けられ、敵守備線の強行突破を行っていた。
騎兵隊が敵の防衛を突破し進めば進むほど、後方の歩兵達との距離だけでなく騎兵隊の中でも遅れる者が出始め、最前線の帝国軍戦力は減っていく。
しかしそれでも、マヌエル自身が直接率いた精鋭騎兵隊の突破力は凄まじく、王国側の仕掛けたせこい小細工を物ともせず防衛戦力を粉砕し、奥深くへと彼らは進攻。当初の目的である『兎の道を行く味方に攻撃を加える敵戦力の包囲殲滅』に向けて着々とその土台は完成しつつあった。
―ドーン、パーン、ドーン、パーン、パパーン。
進軍するマヌエルの耳に後方から爆発音が聞こえる。それは低く大きな音と渇いた音が混じった爆発音だった。
「師団長!!」
馬を飛ばしながらマヌエルの側にいた男が声を掛ける。
「ああ!!」
男に頷き返し、片腕を上げマヌエルは兵達に命じる。
「これより予定通り森へ入る!! お前達、遅れるなよ!!」
「はっ!!」
先頭を行く騎兵達が足場の悪い森へと馬に乗ったまま突入する。器用に木々や岩を避け進む帝国軍、その進軍速度は森の中とは思えぬほど速い。
「くっ!!」
「うわ!!」
だがあまりに速い精鋭の進軍速度についていけず後続では落馬する者達も出始めていた。それでもマヌエル達は包囲速度を優先する。
「かまうな!! 敵の逃げ場を封じるのが先だ!!」
後ろから付いて来る者たちもそれは理解している。再び馬に跨り行く者、馬が駄目になっても己の足で進む者、皆師団長に喰い付いていこうと必死だった。
――ヒュン。
突如数本の矢が快調に進んでいたマヌエル達目掛けて風を切り飛んでくる。義勇兵の仕掛けた罠に彼らが掛かり作動したのだ。
仕掛けより放たれたその矢に、意外にも一流の兵士であるはずの彼らが誰一人として注意を向けたりはしなかった。
――バチーン。
それもそのはず、数本の只の矢など魔術師の張る魔法壁の前では無力なのだ。
マヌエルの精鋭騎兵隊を守るように帝国魔術師達が馬を巧みに操りながら障壁の術を維持していたのだ。それがどれほど大変なものであるか想像に難くない。
この無謀にも見える強硬突破は、その数を一時減らしたと言っても、今尚一流の魔術師を多く擁する帝国軍だからこそできる芸当であった。
「抜けた!! 抜けたぞ!!」
マヌエルの前を行く騎兵の一人が叫ぶ。
彼らはついに蛇の道より森を縦断し兎の道へと出たのである。
「よし、後続にも知らせろ。森に潜む敵を殲滅するぞ」
「はっ!!」
指示を受け、騎兵の一人が笛を吹き鳴らすと。
――ピッー。ピッー。ピッー。
笛の高い音が森からも発せられていった。後続の部隊が反応しているのである。
笛の音の後、帝国軍が砦とは逆方向に足を向ける。目標の敵戦力が潜む方へと。
後続の部隊はまだマヌエル達に追いついてはいない。だがしかしそれでよかった、強硬突破の進軍により縦に長く伸びた陣形がそのまま敵の後退を防ぐ蓋となり、包囲殲滅の陣形となっていたのだから。
ここまではマヌエルの予定通りの展開であった。
「いくぞ!!」
マヌエルの言葉に従い先頭に騎兵集団が動きださんというその時、森の方にいた帝国兵の一人が裏返った声をあげた。
「て、敵襲!!」
兎の道へでたばかりの騎兵達の顔が声の方へと向く。
「ぎゃああ!!」
「敵だ!! 敵だ!! うわぁ!!」
兵士の絶叫と剣と剣がぶつかり合う独特の音が森に響く。
「伏兵か!!」
騎兵の一人がそう言い森へ戻ろうとするのをマヌエルが止める。
「待て!! こちらにもくるぞ!!」
マヌエルの視線は既に森の方ではなく、兎の道の先、砦の方へと向いていた。
そこには馬に跨りこちらに向かってくる敵の軍勢の姿があった。
「ワグナス!!」
マヌエルの言葉とほぼ同時に、ワグナスと呼ばれた魔術師が術の詠唱へと入る。
この判断が稚拙なものだったとは言い切れない。しかし、この時点でマヌエルの周囲にいた魔術師は彼一人であり、彼が攻撃魔法の詠唱に入ってしまっては障壁の魔法を使える者がいない。その事の重大さが急な事態によって見落とされてしまっていたのは帝国軍にとって大きな不幸であり、逆に王国軍側にとっては幸運であった。
敵との距離はまだ十分にあり、魔法戦力に乏しい王国軍相手ならば、攻撃魔法での大きな一撃を入れる事も期待出来た。
だが、詠唱が終わる前に兎の道に沿うようにして存在した高さ四、五メートルほどの崖上から矢が放たれる。
「くっ!!」
マヌエル含む騎士達は咄嗟に矢を切り払うも、魔術師は詠唱に集中していた為に反応が遅れてしまう。
「がっはぁ!!」
魔術師の側頭部、喉、肩、腕、脚、そして馬に矢が突き刺さる。彼の乗る馬共々即死であろう事は誰の目にも明らかだった。
「でかした!!」
崖上で野太い歓声があがり。
「ワグナス!!」
「くそ!!」
崖下では悲鳴に近い声があがった。
「森へ入れ!! ここはまずい!!」
崖上からの第二射を浴びながらマヌエルが指示を飛ばす。森には既に敵と交戦状態の味方がいる。恐らく地形を考えれば乱戦になってるであろうが、それでも兎の道に止まり戦い、崖上と砦方面からの部隊の攻撃を同時に受けるよりはマシである。選択肢は他になかった。
――ヒヒーン。
馬を嘶かせながら急ぎ森へ逃げ込むマヌエル達を崖上の義勇兵達が滑り降り追いかける。
「逃がすな!! 身なりからして間違いねぇぞ!! 奴が敵方の大将さんだ、逃がすんじゃねぇぞ!!」
帝国軍による包囲殲滅作戦は完全に失敗。その代償に帝国軍第五十二師団、師団長マヌエルは大きな危機にさらされていた。