コガルガの砦の攻防
帝国第二軍がバテノアを攻撃し始めてから二日目、ブレオベリス達が切り札の準備を急いでいた頃、大砦より南、コガルガの砦を巡る戦いは激化していた。
初日こそ小競り合い程度の攻防であったのだが、この日は王国側の注意をブレオベリス達から逸らす為にもマヌエル率いる約二千五百の帝国兵が砦を強襲せんとしたのだ。
ウガルガの大砦と違い、コガルガの砦それ自体は堅牢というほど優れた砦ではない。
この砦が難関として外敵の侵攻を阻んできたのは、ここが守備側にとって非常に優れた地形であったからだ。
山や切り立った崖、流れの強い川に深い森、それらはいくつかある侵攻ルートその全てを細く、大軍の運用に向かなくしていた。
コガルガの砦防衛の肝は、砦に近付く前にどれだけ敵に損害を与えられるかである。
兵を伏し、罠を張りめぐらし、攻撃と後退を流れるように行うゲリラ戦術が得意な者達、彼らウォルード率いる『血の灯火』を含め義勇兵達が中心となってこの砦の守備に配置されたのは当然の成り行きだった。
「敵軍、蛇の道第三地点突破。兎の道、第二地点も突破との事です」
コガルガの砦に各地より報告が届く。
その報告はマヌエル率いる帝国軍の攻勢の強さを示すものであった。
「速いな」
「このままでは砦まで迫られてしまいますぞ」
「急ぎ、兵を集め攻撃を!!」
「いや、もっと引き付け一気に叩くべきだ」
義勇兵達を率いる各団長、各隊長の面々が砦陣内で騒がしく議論する。
彼らの立場はほぼ対等であったが、一人例外がいた。
「静かに」
命令するかのように発言する男、血の灯火の団長ウォルードである。
血の灯火は他の義勇兵団や隊と規模が、歴史が違う。他の者たちはその団を率いる男に一目置かざるを得ないのだ。
「何かお考えでも?」
問い掛けにウォルードは頷き、言う。
「すでに作戦は決まっている」
迷いのない答えに周囲が少しばかりざわつく。それを無視し彼は話を続けた。
「敵が動いてるからには、今から私が言う事を良く聞いて素早く理解してもらいたい。もし反対意見があるというのなら具体的な作戦を示し反論してもらいましょう」
「よほど自信が御ありで?」
「なければ同志の命は賭けられない。貴方もそれでよろしいか」
ウォルードは王国正規軍から代表として送られていた男に確認を取る。
「もちろん。上から義勇兵の皆様方に作戦は任せるよう指示されておりますので」
彼ら王国正規兵は義勇兵達の監視目的に送られてきたにすぎない。砦の守備に関する兵の運用は義勇兵達に任されていた。
つまり、コガルガ砦の事実上の総指揮官はウォルードであったのだ。
彼は己の考えを、皆に披露し同意を求める。示された作戦は危険を伴うが、やるだけの価値を見出せるものであった。
この場に集っていた面々はそれに納得し、己と部下達の命をこの男に賭けた。
「来たぞ、よく狙え」
木々に身を隠し、兎の道を行く帝国兵に弓を構えた男達が狙いを定める。
「ようし、もっとだ。もっと近くに……、今だ!! 射て!!」
合図と共に矢が帝国兵目掛けて放たれる。
「うわっ!!」
「くそ、敵だ!!」
「ぐっ!!、腕が……」
帝国兵が苦痛と驚きの声を上げる中、続けての第二波を王国側の義勇兵達が速射する。
「くっ、数はそれほど多くないぞ!!」
帝国の老兵らしき男が叫んだ。
義勇兵達は現時点ではまともにぶつかる気はなく、隠密性と速度を重視して小規模な部隊をいくつも展開させしていた。
この攻撃も二十名にも満たないようで、不意の攻撃ではあったが二度合わせてで死者は僅か一名、重軽傷六名の被害だった。
「あそこだ!! あの岩と木の影に何人かいるぞ!!」
「討ち取れ!!」
帝国兵達も冷静に規模を判断し、反撃しようとするが何せ相手の庭である。小規模な伏兵達を捕らえるのは容易ではない。
「撤収だ!!」
義勇兵の男が叫ぶと仲間達はすぐにその場を離れ、ばらばらに退却し始める。
「あまり深追いするな!! 危険だぞ!!」
帝国の小隊指揮官らしき男が義勇兵達を追う味方に注意を促がす。
王国側はあらゆる場所に前以って罠をいくつも設置していたし、第二、第三の伏兵がどこにいるかも帝国側には判断がつかない。
無理に深追いすれば義勇兵達の思う壺である。
帝国にとってじれったくなるような義勇兵達の攻撃は初日より何度も繰り返されていた。
それに対抗する為、マヌエルはもう一つの道に注目。
攻撃側である帝国軍が進む、並ぶように位置する二本の道。その南の兎とは別の、北の蛇の道だ。
二本の道の間には木々や大岩といった軍の運用を邪魔するような物が大部分において存在し、移動を困難にするだけでなく伏兵や罠を張るに絶好の場となっており、実際、この道の間の領域から義勇兵達は両道の帝国軍に対し攻撃を加えていた。
帝国側が素直に追撃しようにも森の草木は視界を奪い、罠とさらなる伏兵が彼らの追う足を鈍らし、危険を増大させる。
そこでマヌエルは自ら率いる部隊、蛇の道を行く千七百を突出させる事で兎の道を行く七百を攻撃する敵部隊の包囲殲滅を狙ったのだ。
それはおいそれと出来るような事ではない。
蛇の道は名のとおり蛇行しており兎より先に行かせようとするなら、敵の守備線を強引に突破する必要がでてくる。直線的な兎の道に比べれば、蛇の道は幾分敵の守備が薄くなってるとはいえ、難しい事には違いない。
さらに他の道同様に蛇の道も幅が広くなく、攻撃側には不利に働いており、千七百の兵の内、後続の戦力は敵の守備線への攻撃には加われなかった。
もしも、後続が攻撃に加わるような事態になっているのならばそれは行軍の遅れを意味し、即ちは作戦の失敗である。
守備線の突破に使える兵数はそれほど多くはない上に、進軍速度が要求される作戦。マヌエルの師団の質が問われていた。