戦い
帝国軍が三王国の地に送った軍勢にはオイゲン将軍を総指揮官に、フィリップの第十師団、メストの第十六師団、ホルガーの第二十五師団、ロベルトの第四十師団、マヌエルの第五十二師団、ブレオベリスの率いるアレクサンダル伯爵の私兵五千に加え、属国のロマリアからカルロの率いる増援三千や、ドワーフ、ハーフリング達の姿もあった。
総勢約三万五千、陣容はほぼ将軍の独断により決定されており、ここにハンスやミロスラフの師団の姿がないのはオイゲンの考えあっての事だった。
オイゲンにとってこの戦いは勝利すればいいだけのものではない。急速に影響力を強めるジェイド達、キマイラ派の勢いを止める必要もあったのだ。
キマイラ派の根源はジェイドによる恐怖支配であっても、その勢いを強めてるのは他ならぬ彼が持つ力への皇帝の信頼なのだ。
オイゲンは自分達の力を示す必要があった。
自分達とは王鷲派であり、個人の誰かであってはいけない。
その為にハンスとミロスラフの二大エースなしで難関を征せねばならなかった。
加えて軍勢の数を無闇やたらに増やせばいいものでもない。貴族の協力を必要以上に仰げば再び彼らを台頭させるきっかけになりかねないし、傭兵も所詮は烏合の者。
オートリアの象徴『王鷲』を冠しても恥ずかしくない者達の力が中心となってこそ、この戦いには大きな意味が生まれるのである。
三万五千という数字は、歴史上幾度と攻略に失敗した難攻不落の三王国の地の事を考えれば、決して十分とは言えない数だった。
だからもし、この兵数で彼の地を手にする事が出来れば、皇帝グリードも王鷲派に対する認識を改めるであろう。
誰が皇帝の剣として、誰が帝国の盾として相応しいのかを。
対する三王国の陣営は総勢約一万五千程度だった。
これでは既に亡き十二指同盟の連合軍よりも数の上では劣っている。しかしそんな事は王国側にとって問題とはならない。
数はいざ戦いが迫れば迫るほど王国民達の志願、協力によって増していたし、何より地の利が圧倒的に違った。
王国側に利していたのは自然だけではない。古き時代の人々が、先祖が彼らを守っていた。砦に設置された古き防衛の魔法陣は永い時の中でも機能し続け、攻略をより一層困難にしていたのだ。
南のルドー王国にはルドー王国兵中心にドワーフ三百を加え三千が守備につき、そして魔方陣を持つ砦の一つ、ルーガ砦には三王国の騎士に最も近き者でもあるシュウ達がいた。
北と南に兵を動かし易い中央、バテノア王国にはバテノア、ルドーの二王国の兵にドワーフ四百、ハーフリング千、さらには国外より集った義勇兵を加えた七千が守備に、その中にはウォルードが率いる『血の灯火』も入っている。
北のドラクレア王国ではドラクレア王国兵を中心にドワーフ三百、ハーフリング七百、合わせて五千。
守れると人々は信じていた。
三王は信じようとした。
されどその意味が、全く同じモノにならぬのが戦争という悪魔の残酷さである。
王国への入り口を閉ざすようにそびえる山々を目前にオイゲン率いる一万五千を超える軍勢はドラクレアを目指し進軍した。
同時刻、残る帝国の軍勢の内、一万がバテノア攻略を、五千がルドー攻略の任務を与えられて目的地に向かう。
三軍の内で最初に動いたのはマヌエル率いる第五十二師団とブレオベリス率いるアレクサンダル伯の私兵隊を合わせた計一万のバテノア方面軍『第二軍』であった。
第二軍はバテノアの砦に対して猛攻を仕掛ける。
第五十二師団と伯爵の私兵隊の連合隊七千五百がウガルガの大砦を、マヌエル率いる師団二千五百が大砦より南に位置するコガルガの砦を攻撃、激戦が繰り広げられた。
「行け!! 行け!! 足を止めるな、崖上より狙い撃ちにされるぞ!!」
ウガルガの大砦を攻め立てる帝国兵が声を張り上げる。
大砦へ到るルートは限られており、崖下となる場を多く通らねば大砦の門には辿り着かない。
当然、崖上には王国側の射手達が配置されていた。
「ぐわぁ!!」
帝国兵の一人が足を射抜かれ倒れる。
「おい、大丈夫か!!」
助け起こそうと近寄る兵、しかしそんな彼を小隊長らしき男は怒鳴り付けた。
「馬鹿野郎!! 話聞いてなかったのか!! 止まるな!! 行け!! 前だ、前に進め」
「し、しかし」
「いいか、これは命令だ!! 事前に言われただろう!! てめぇの勝手な行動が、死人を増やす事になんだよ!!」
「うっ……、す、すまん!!」
彼が倒れた兵に謝り前に進もうとすると。
「気にするな。こう見えて悪運強くしぶといほうなんだ、へへ……」
「くっ……」
兵士の精一杯の強がりに何も言えず彼は前へと進む、屍が築かれるだろう大砦の門へ向かって。
大砦を守備する王国兵の数は、まともに武装してると言える者達なら四千ほどでしかなかった。だが門では数を増した民兵三千近くが合流しており、他の砦からも送られてくるであろう増援を考えれば数で帝国側を上回る事は間違いない。
王国側には砦、地、数という要素で優位にあったのだ。
まるで帝国側に勝ち目のない状況に見えるほどだが一点、質においては帝国側が圧倒していた。
質とは白兵、射手その練度の差はもちろん何より魔術師という存在の差が決める。
ロマリア戦後、いくらかの戦力低下があったにせよ。その豊富な魔法戦力は周辺国を圧倒していた。
第二軍にとって魔術師は戦況を左右する特に重要な鍵であった。
「報告!! 第四地点制圧完了との事です!!」
大砦を攻める帝国軍の陣に崖を攻略した小隊より知らせが届いた。それを聞き副官らしき男がブレオベリスに告げる。
「これで第一、第二、第四、第五、第七地点が制圧完了しました」
「北は四、南は一か」
ブレオベリスの顔付きは渋い。
「北は順調ですが、南は……、北側の入り組んだ地形は小隊の目隠しになってこちらにも味方しましたが、南の素直な地形では容易に近付けません。ここはいくらか魔術師をまわした方が良いのでは?」
「駄目だ。門での攻防は既に始まっている。本隊の守備を優先する」
魔術師の防御魔法は雨のように降りかかる敵の矢、そして魔法より兵達を守る生命線である。易々とは動かせない。
「本隊を守る為にも、早急に各地点の崖から敵を排除せねばなりません」
「今対応させている部隊で攻略してもらう」
「理解出来ません……。何をそんなに焦っているのですか。やはりこの作戦は無謀すぎます。まずは各地点の崖上を占拠してから門に取り掛かるのが定石でしょう」
「時間がない。三日以内に第一門を落とす」
「何故です、無茶苦茶だ。第一門を落としたところでそれで終わりじゃないんですよ。先がある」
ウガルガの大砦には三重の門があり、砦攻略の本丸はさらにその奥に存在する。
無論、進めば進むほど抵抗は激しくなり攻略はより難しくなるだろう。
「わかっている」
「このままでは砦が落ちるまでにこちらが持ちません」
「だが、三日以内に第一門を落とす。それが命令だ」
「兵士達に死ねと?」
「そうだ」
「無理ですよ……」
副官の絞りだしたような声にブレオベリスは怒りを露わにした。
「無理?、……寝言ぬかしてんじゃねぇぞ!! やるんだよ!! いいか、これは将軍直々の指令だ!! 選択なんてありゃしねぇ!! やるしかねぇんだ!!」
「そんな……、俺たちが伯爵様の私兵だからですか? 奴ら、奴ら、……俺達なら死んでもかまわねぇって。だからこんな無茶苦茶な作戦を!!」
「だったらどうする、尻尾巻いて逃げるか。 マヌエルの兵士も戦ってるんだぞ。それで逃げ帰って、失敗しましたって、どんな面して伯爵に顔を合わせるつもりなんだ、えぇ!!」
「だけど隊長……、良いんですか? こんなの成功しいっこない。第一門落としてそれで終わりじゃあ、奴ら笑うに決まってる。俺達を笑いものに。……最初から仕組まれてたんですよ!! 端から俺達を、伯爵様の影響力を削り取ろうと!! 奴らの描いた絵にむざむざ乗せられて、それで隊長は良いんですか!!」
「良い?、……良いも糞もないんだよ。……安心しろ安売りするつもりはない、俺もお前も部下達の命もだ」
ブレオベリスに修羅が宿る。
「隊長……」
副官の男はブレオベリスの表情にツバを飲む。
「安くねぇ、安くはねぇぞ。……この落とし前、高くつくぞオイゲン」
ブレオベリスの怒りは自分達と刃を交え戦う王国兵士にではなく、帝国将軍オイゲンに向けられていた。