三王国の騎士
バテノア王国とルドー王国との国境にある街の宿の一室。
二人の若い男が、一人は気楽そうに、もう一人は窓際で何か考え込むような態度をとりながら会話をしていた。
「ドラクレアの王が殺られかけったって?」
緊張感のない男が真面目そうな男に言う。
「そうらしい」
「こんなしょぼくれた街にまで噂が届いてるようじゃ、どこの王都も大騒ぎだろうな」
「信憑性はともかく騒ぎになっているのは間違いないだろう」
「嘘だと?」
「そうは言ってないさ。どのみち立ち寄る予定のガーマル砦につけばはっきりした情報が入ってるはずだ」
「確かにな。……しかしまぁ、ムーザ伯も災難だな。王の暗殺未遂事件だなんて、警備の不備でだいぶ搾られるだろうな」
あの事件は、帝国による王への暗殺未遂事件という形で話が広まっていた。事件の場所が場所だけに伯爵によるものとの噂も当然でていたが結局は眉唾扱いされた。
「事実だとしても、本格的な責任追及は後回しだろう。今は内輪揉めしてる場合じゃない」
「内輪揉めねぇ。……なぁシュウ、なんで俺達がルドーの担当なんだ。どう考えてもバテノアかドラクレアだろう」
位置関係からして帝国の侵攻ルートになる確率が高いのはドラクレア、バテノアの二国だった。ルドーに敵が来る確率は高くなく、来たとしてもそれが大規模な攻撃部隊になるとは考え難い。
「俺達だからこそだよ」
シュウと呼ばれた真面目そうな男が言った。
「俺達だから……ね」
緊張感のない男の態度はあからさまに不貞腐れている。
「ルドーに敵が押し寄せる可能性は低い、そんな場所に当然兵は割けない。だからと言って万が一に攻撃を受けた時、空同然では問題がある。それを防ぐには腕の立つ人間が必要だって事さ。少数精鋭なら砦間の移動も楽だしね」
「それだけか?」
聞きたいのは、言いたいのはそんな事じゃない、そう主張するような目で緊張感のない男が言った。
「……政治的な判断がないと言えば、嘘になるだろう」
彼らは少しばかり特殊な立ち位置にあった。
数年前、オークと呼ばれる種族の大侵攻を受けて危機に陥ったこの地は彼らの多大な活躍によって救われた。その活躍に莫大な金銭的恩賞が支払われたが、相応しいだけの地位は与えられなかった。
その地位とは『三王国の騎士』の称号である。
三王国の騎士とはこの三王国の地に対して歴史的大きな貢献をした者達に与えられる称号であり、ドラクレア、バテノア、ルドーの三王の合意の上によって選出される。
三王国の騎士はそれぞれの王国、あるいは王にではなく、その地に対して忠誠を誓う騎士であり、三王とて彼らを臣下とする事は出来ない。
権威も絶大で三王と三王国の騎士はほぼ対等として扱われる事になる。その事から『もう一人の王』と呼ばれる事すらあるという。
それだけの地位だ、当然簡単になれるものではない。
王は己の権力、権威を維持する為、新たな力ある者の台頭を望まないし、周囲に認められるだけの人望の高さも必要になってくる。
しかし彼らの場合、そういった問題とは別のところにおいても称号授与のハードルが上がってしまっていた。
彼らの生まれが三王国の地ではなく、東よりこの地を訪れた冒険者であった為だった。
やはりもとは余所者。
この偉大な称号を与えるにあたって、出身というのは心情的にも重荷となるのだ。
だが、だからといって彼らの救国の活躍が消し去られるわけではない。
この帝国との戦いで相応の活躍をすれば、もはや三王国の騎士の地位を得る事を誰が反対できようか。
だからこそ、その活躍を出来ればさせたくないと考える者もいるのだった。
「それよ、それ。ったく、たまったもんじゃねぇぜ。三王国の一大事って時に、我が身のかわいさならぬ、我が権力のかわいさで判断されちゃあよ。あぁやだやだ王様ってやつぁ、どうしてみんな醜い考え方しかできないんでしょう」
王の悪口を平然と男が言い放った時、部屋の扉が開かれ女が入ってくる。
「スレイン、部屋の外にも聞こえるような大声で王様の悪口なんて言ってたら、夢が叶うのが遠退くわよ」
女が呆れたような口調で緊張感のない男、スレインに言った。
「もう半分叶ってるようなもんですけどねぇ」
「あら、意外にも現状に満足してるってわけね。そのわりには不満そうに愚痴愚痴言ってらっしゃったけど?」
女の言葉にスレインはむっとした表情を浮かべる。
「狡賢く貪欲な上層の方々と違って、庶民は小さな幸せを見つけて生きていかねばなりませんのでね」
「くだらない言い争いは二人ともやめておけ。……どうした、えらく早い戻りだね」
シュウが女に尋ねる。
「ちょっとね。いい物見つけたんだけど値も相応で、金貨を取りにきたのよ」
女はそう言いながら部屋に置かれた荷物を漁り、金貨の入った大袋を取り出す。そしていくらか自分の持つ小袋へと移し替える。
「女の買い物は恐ろしいね。あっというまに家計が火の車になるぜ旦那」
スレインの小馬鹿にした態度に女は振り返り言った。
「馬鹿言ってないんであんたも準備を怠らないようにしなさいよ」
「俺は基本、そこにある物で戦うのが信条なもので」
「ただケチなだけでしょ」
そう言うと女は部屋から出て行った。
「ったく、道具なんて砦で用意してもらえば十分だろうに相変わらずなこって」
「それが彼女の性分さ、今さら変えられないよ。それに砦じゃごく当たり前な品しかないだろう」
「当たり前の品があれば十分だろ。低コストで大きな活躍、俺達はなんだかんだ言っても冒険者じゃねぇか、戦う度に赤字だしてちゃあ三流よ」
スレインの言葉にシュウは苦笑いする。
「そうは言っても命あってのものだ。……命あってのね」
「……心配か?」
「……ああ」
スレインの真面目な問いに、シュウは頷いた。
「まっ、気持ちはわかるがね。新婚の甘い生活する間もなしに戦争ってんじゃあ、神様の一人や二人恨みたくなるってもんだ。……だがみんなカーラの事は頼りにしてる。あいつが一緒に戦ってくれるのは俺だって心強い」
カーラはさきほど部屋に入ってきた女の名だった。
「……わかってる」
「そう心配するな。どんな危機の中にあっても俺たちは上手くやってこれたじゃないか」
「わかってる」
「らしくないぜシュウ。お前は俺達のリーダーだ。どんな苦難もお前が前を見ていてくれたからこそ乗り越えられた。頼りにしてるぜリーダー」
「……わかってる」
シュウの表情は変わらない。
「だけどスレイン、俺は怖いんだ。守るべき者が出来て強くなれると思ってた、だけどいざカーラと一緒になってみると、彼女にもしもの事があったらと思うと……怖くて仕方がない。彼女と過ごす時間が増えれば増えるほど、その恐怖もどんどん大きくなっていく。……スレイン、俺は弱くなってしまったのかな」
「重症だな。悪いが泣き言はパスだ。俺じゃあいいアドバイスは無理なんでね、他の奴をあたってくれ」
スレインが部屋を去ろうとする。そしてその間際、シュウがぽつりと呟やく。
「すごく、嫌な予感がするんだ……」
窓の外に広がる空を雲が覆っている。
オートリア帝国と三王国との戦争は近い。
空は晴れるだろうか。
その疑問の答えはまだわからない。