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内から

 対帝国戦において三王国の統括が進むと、各王国の外交権限は厳しく制限された。

 その主目的となるのは帝国の離反工作の防止であり、三国合同の外交的窓口が設けられ、そこを通す以外の交渉は厳禁となった。

 しかし、その程度の事で手をこまねくほど帝国も、そして何より三王国攻略を任された老将オイゲンは甘い男ではない。

 彼の放った『影』がドラクレア王アルバートに忍び寄っている事を三王国陣営はまだ知らずにいたのだった。


 その日アルバートはドラクレアでも有力な貴族の一人ムーザ伯爵に招かれ、その領地を訪れる事になった。

 二人の関係は特別良好というわけではなかったが、貴族達との関係を重視する王は度々領地を訪れていた事もあって、大きな戦いを前に二人がムーザ伯爵領にて接触する事はそれほど不自然な事ではない。現状、対外的な交渉は厳しい制限のある三王国だが、内側に対しては何ら制限なく自由であり、この領地訪問を他二国が問題視する事は有り得なかった。

 王は訪問に際して護衛の規模を大きくはしなかった。王領は勿論、伯爵領での道中の危険は小さなもので、さらに伯爵領からは彼の私兵達が迎える事になっていたし、この会談は何か具体的な訳があって行われるのではなく、単純に両者の親交と結束を深める程度のものであると王側は考えていた為に、物物しい規模の護衛隊は無粋で必要ないと判断されたのだ。

 だが、陽の沈んだ後にムーザ伯爵の邸宅で行われた会談は序盤こそ当たり障りのないものだったが、すぐに一変した。

「これは……、どういうつもりかね伯爵」

 王の信頼厚い護衛達が床に伏し、血を流している。手に掛けたのは伯爵の私兵達である。

 王の唖然とした表情を見つめるムーザ伯爵の顔はどこか青ざめていた。

「陛下、お許しを。これも陛下を、王国を救う為であります」

 伯爵の声には震えがあった。この行いが彼の強い信念から生まれた行いではない事を示す震えであった。

「そう両者共、緊張なさらずに」

 ぬうっと、男が現れる。

 いつの間に、あるいは最初からなのか、この部屋に男がいた事に王はその瞬間まで気付けなかった。

「だ、誰だ」

 王が狼狽し声をあげる。

「アルバート王、どうか冷静に。あまり大きな声をだされると困るのです、出来ればその首を刎ねるような真似はしたくはない」

 黒衣を纏い仮面を被ったその男の言葉は、王が自身の置かれた状況を理解するに十分なものだった。邸宅にはまだ王の護衛が他にもいる、大声で助けを呼べば彼らは直ぐにでも駆けつけて来るだろう。しかしその助けより早く、凶刃が王の首を捉えるに違いない。

 王に逃げ場はない。

「いったいお前は……」

 王が改めて仮面の男に問うた。

 男は異質だった。邸宅の主であるはずのムーザ伯爵よりも、圧倒的にこの場を支配していた。

 場を侵蝕する黒い影だった。

「こちらの者はオイゲン将軍からの使者に御座います、陛下」

 ムーザ伯爵がその男に関して将軍の名をだすと王の顔付きが変わる。

「オイゲンだと!? そうか、帝国の者か。謀ったなグーガン」

 王は苦虫を噛み潰したような顔で伯爵の名を吐き捨てた。

 ドラクレア王国ムーザ伯グーガン・モーマスはモーマス家の嫡男として伯位を継承しただけの男にすぎない。彼の今の地位は偉大な先祖が帝国や邪なる者と戦い積み上げた戦果、そしてその他残した王国へのあらゆる功績の上に成り立っているのだ。

 そんな男が事も有ろうに帝国の謀に協力するとは、いったいどんな敬意が抱けようか。

「謀るなどとは、まさかそんな恐れ多い事を……、どうか陛下、この男の話を冷静にお聞きくだされ。必ずや王国の、陛下の益となるもので御座いますゆえ」

 王の感情を察し、それを宥めんと必死に伯爵は取り繕う。

「ええい、何を戯けた事を。お前達の甘言につられるほどこのアルバート、阿呆ではないわ」

「甘言ですか。まぁどうとって頂いてもかまいませんが、聞く耳もたずではこちらも困ります」

 仮面の男が瞬時に憤る王へ接近すると、どこからともなく取り出したナイフをその首元に突きつけた。

「よくよくお考え下さい、アルバート王。このナイフが奪うのは貴方の命だけではないという事を」

「お、お主、陛下になんて事を……」

「何を今さら。伯爵もお静かに願いましょうか、騒ぎになりますと陛下の身だけではすまぬ事はよく御存知でしょう」

「私は別に邪魔をするつもりなど、どうか家族には!!」

 伯爵の言葉に王は合点がいった。

 何かに怯える男の態度、言い訳がましい言動。この男は己の強欲に釣られて自ら進んで王を売ったのではなく、脅されて動いたのだ。

「なるほど、家族の身惜しさに王の身を売るか。とんだ臣下をもったものだ」

 アルバートがそう言うと伯爵はばつの悪そうな顔をする。

「いいじゃありませんか。伯爵はそれほどご家族を大切にしていらっしゃるという事、微笑ましい。王だ臣下だ、所詮は赤の他人。それが人情というものですよ」

「何が人情か。人には立場というものがある。王として爵位を持つ者として大局を見れず、己がかわいさに走るなど言語道断」

「ふふ、それも御もっとも。では、大局を見ながら冷静にお話を聞いて頂きましょうか」

 仮面の下で男が鈍くその目を光らす。

 青ざめた伯爵に緊張した面持ちの彼の私兵達、床に転がる王の護衛に血の臭いが漂う部屋、ナイフを突き付けられた王に、突き付けた男。

 この緊迫した状況下の中でオートリア帝国とドラクレア王国との密談は行われた。

 それは残りの二王国の運命をも左右するものだった。

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