適性
カミラとエクトルが報告を終え天幕から去ると、中は再び団長であるウォルードと副団長であるアノンの二人きりとなっていた。
「このまま俺が団を率いる立場にいていいのか」
帝国との大きな戦いが迫っているからか、それとも先ほどのやりとりに何か思うところがあったのか、ウォルードが空を見つめ問うた。
「今さらどうしたの。貴方が選ばれたのは先代の意志でもあり、皆の同意の上よ」
アノンがウォルードを心配するような顔と口調で答える。
「団を抜けていった奴もいた」
ウォルードが団長になる際、何人かの者達が強く反対し最終的には団から去っていた。彼は皆に強く望まれて団長となったわけではない。
「それは一部の者だけの話だわ。仕方がない事よ。貴方のせいではないわ」
「俺なんかよりずっとあんたの方が上手くやれたはずだ。経験も人望もあんたの方が遥かに上、何故俺なんだ」
見た目では二人の年齢にそう違いがあるとは思えない。しかし長命なエルフは人の四倍は生きると言われ、実際にアノンはウォルードが生まれるよりも前から『血の灯火』の一員として戦い続けていた。彼女は現在所属する団員の中で唯一初代団長と共に戦った者でもある。
「前にも言ったはずよ、私では駄目だって。私はエルフだわ。人の為の国を築く、その導き手は人でなくてはいけない」
「そんな事誰が気にする」
「気にする後援者もいるわ」
「それこそ一部だ。あんたには人を惹きつける力がある。実際皆、アノン、あんたを慕ってる」
「それがいけないのよ」
厳しくも悲しい口調だった。
「ウォルード、貴方はエミールの死をカミラから聞いた時、何を思ったかしら」
「何も。……悲しみも、怒りも、憎しみもない。ただ虚しく、空漠とした思いがあっただけだった」
ウォルードは表情を変えず言った。
「そう……。だからこそ、そんな貴方だからこそ、先代は貴方を団長に選んだのでしょうね。……私はとても悲しかったわ、……本当に、とてもね」
「仲間の死に何の強い感情も抱かない人間が人を率いるのに相応しいと?」
「少なくとも私よりはその適性があったと先代は考えた。そして私も同じ考えよ」
「何故だ。冷徹な人間ならばいいと言うのか?」
「そうじゃない。ただ、少なくとも私なんかよりは貴方が向いているという話よ」
「同意できない」
「語弊がある言い方かもしれないけど、私にはこの場所は居心地良すぎるの。貴方は私が皆を惹きつけ、皆に慕われていると言うけれど、逆よ」
「逆?」
「私が皆に惹かれ、皆を慕っているの」
そう言って彼女は少しだけ笑みを作った後、昔話を始める。
「前にね、貴方が団に入る前、いえ、生まれるより前かしら。大きな作戦を任された事があったわ。……とても危険で多くの仲間が死ぬ作戦だった。一人を助ける為に二人が死ななくてはいけないような、危険作戦だった。私は当初反対したわ。もっと別の機会を待つべきだって。でもまわりの者は皆その作戦に賛成した。それほど大きなチャンスであったから、人の短い命では次ぎなど待てるはずもなかったのよ……。作戦は実行される事になった。そしてその指揮が唯一反対していた私に任される事になったの。皆私を信頼し、実力を評価していてくれてたのね。私自身、気持ちの切り替えなんて出来てたはずだったわ。……でも、私には無理だった。土壇場で理想の為に死んでと。皆にどうしても言えなかった」
辛い過去を振り返りながらエルフは語る。
「結局、作戦は失敗。死傷者の数も予定よりも大きくなってしまった。私は皆を救おうとして、皆を殺したわ」
アノンのウォルードを見る目は真剣だった。
「無感情になれとは言わないわ。でも私のように深入りしすぎては駄目。命を共に賭ける仲間だからこそ、適切な距離というものがあるのよ。貴方は私と違い、それを維持できる人間だわ」
「あんたの言いたい事はだいたいわかった。だが、深入りしすぎたとまで言う戦いを何故あんたは続ける」
「深入りしすぎたからこそかしら。昔は単純に理想の為、あの人が見せてくれたその理想に強く惹かれたからだったわ。でも今は違う」
「今は?」
「罪滅ぼしよ。……大勢の仲間を死なせた日、死を選ぼうとした私に彼らは言った、お前の罪は死んでいった仲間達の理想を成就させる事でのみ償えるのだと。……今の私はあの日犯した過ちを、少しでも死者に許しを乞う為に戦っている。崇高な理想の為でなく、贖罪の為に戦う私に団を率いる資格などありはしないのよ、ウォルード」
「ああ、わかった。資格なんてものを問われたら俺はもっとひどいがな。でも、あんたにその気がないなら、これ以上無理を言うつもりもない」
「ごめんなさい」
「気にしないでくれ。今さらつまらない事を言い出した俺が悪い」
「悪いついでに私からも一ついいかしら、貴方が団に入って戦う本当の理由は何?」
普段あまり多くを語りたがらないウォルードについてはアノンも知らぬ事がいろいろとあった。
目を少しばかりの間閉じ思考するウォルード、そして。
「戦う理由か。俺の生まれ育った街は旧プロフォーク派の北西領邦貴族の領内にあった」
「確かターザの街だったかしら」
「よく覚えてるな」
「エルフの記憶力は良いのよ。一度聞いたら簡単に忘れたりしないわ」
「じゃあそこで何があったかも?」
「……ええ」
「だったら改めて聞くまでもないんじゃないのか?」
「辛い思いをさせたのなら謝るわ。でも私には貴方が他の人と同じような理由で戦っているようにはどうしても思えない。怒りや憎しみなんかでは言い表せないもっと別の何かが貴方を突き動かしてるように思えるの」
アノンの問いに、ウォルードは鼻で笑ってから答える。
「確かに、他の奴らといっしょにしたらそいつらに失礼だ。……俺はあの日、骨と皮だけの死体が転がる荒廃した街で、あの男の姿を見た。……オリバー・オートリア」
「オリバー帝?」
「そう、俺の住む街を地獄に変え、友を親を死に追いやった男。騎士を連れ、兵士達と街を行く奴の姿に……、俺は惹かれた。憎むべき死神の姿を見て、あの時の俺は神々しいとさえ思っていたよ。アノン、あんたは初代に、その理想に惹かれ団に入ったのだろうが、俺はオリバーに惹かれこの団に入った。正確に言えば、奴と戦う事を選んだ」
「どういう事」
怪訝な表情でアノンはウォルードの次の言葉を待つ。
「自分という存在を確かめたい」
「存在は確かめる?」
「……意識をほとんど失いながら荒廃した街をふらつき歩いた俺は、皇帝の前に飛び出した。斬り捨てられて当然の事だった。実際兵士達には手ひどくやられたよ。あの時、顔も覚えていない誰かさんが止めてくれなかったらそのままくたばっていただろう」
自分の言葉に違和感を感じたのかウォルードは首を振り否定し、言葉を変える。
「いや、覚えてないというより最初から見えてなかったという方が正しいか。俺の目にはオリバーの姿しか映っていなかった。今でもよく覚えている、兵士に半殺しにされながら見た奴の顔を」
そこで一呼吸おいてからウォルードは話を続ける。
「……奴の目には俺の姿は映っていなかった。目の前で死に掛けてる俺など、奴の注意を惹くに値しない存在だったわけだ。……俺だけじゃない。他の住人も死体も街そのものも、奴の目には映っていなかった。奴は荒廃した街で一人、別の何かをずっと見ていた」
「それが貴方が戦う本当の理由」
「見せたいと思った。俺という存在が奴の視界に入った時、あの男は何を思い、どんな表情を見せるのか、それが知りたいと。俺が戦う動機はそんな単純でくだらない理由さ。……出来る事なら俺はオリバーの驚く顔が見たい」
ウォルードが頷き自嘲気味に言った。
「彼はもう死んだわ」
「ああ、奴は死んだ。俺の存在などその目で捉える事なく死んだ。あんたは贖罪の為に戦うと言ったが、俺はまだ亡霊を追い、戦っている。それでも俺の方が団長として皆を率いるのに向いていると本気で思うか?」
「そう願っているわ」
短い沈黙の後に、溜め息がひとつ漏れた。