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義勇兵

 連なる三王国の中央に位置するバテノア王国、その王都郊外に広がる平野には大勢の人間が集っていた。

 なにもここで華々しい祭りが催されようとしているわけではない。この群れの中に女子供の姿はほとんど見当たらないのだ。

 だからこそ、群れの中の異質はより目立つ。

 少年と女の二人組み。

 群れを歩くその二つの姿に周囲の男達の視線が自然と集中する。

 そして観察し彼らは理解しようとする、それが何者であるかを。

 まずは少年だ。

 貧相な体付きに使い古された衣類、幼い顔付きに反してその目は虚に囚われたかのように光が失われている。

 腰にぶらさげた鞘に納まった短剣を小刻みに指でたたくその仕草はせわしさを感じさせ、まるで常に何かに怯えているかのようである。

 次に女だ。

 皮製の防具を身に纏い、男達の群れの中を迷いなく歩く彼女の目には強い怒りが宿っている。

 それは彼女が花を摘みに野に出掛けた街娘などではなく、戦う者であるという事を明示していた。

 男達は理解した、彼らもまた同志なのだと。

 少年の名はエクトル、女の名はカミラ。

「いやぁ凄い数だねぇ、姐さん。よくもまぁこれだけ集まったもんだよ」

 エクトルが周囲を眺めながらカミラに語りかけると彼女は静かに言い放った。

「それだけの恨みを奴らは買っている」

 二人が歩いていたのは対帝国の為に、国境を越え集った義勇兵達の野営地だった。

 反帝、反体制を謳い帝国内外で活動する武装集団の面々、彼らの多くは長年先の見えない戦いに身を置き続けてきた者達であり、その切欠にそうせねばならぬほどの深い絶望と強い怒りがあったのは言うまでもない事である。

 カミラも例外ではない。

「それに後もないしね」

「ああ、ここ三王国の地が皇帝の手に落ちれば、大陸西部から奴らに表立って対抗し得る国は消え失せる。そうなれば奴らにとって当分の懸念は我々、反体制側の者達だ。弾圧はより執拗で苛酷なものへとなっていくだろう」

「勝てると思う?」

 エクトルの問い掛けにカミラは即答する。

「勝てる。そして勝たねばならない。だからこそ我々はここにいる」

「そう上手くいくかな」

「上手くいかせる」

 カミラの声は自信に満ち溢れているかのようであったがその実、不安を打ち消すほどの怒りと使命感が彼女の戦いの支えとなっている事をエクトルは知っていた。

「どれだけ生き残れるかな」

「ここにいる者達の生死には大きな意味はない」

「冷たいねぇ」

「恐ろしいのは志が死ぬ事だ。たとえ肉体が朽ちようと精神が残ったならば大きな意味がある」

「とかいうわりには、皇帝の死に様を見れずに死ぬとなったら、姐さん相当悔しがりそう」

「当然だな」

 そのようなやりとりをしながら二人が歩いていると、しばらくして彼らの見知った顔が見え始めるようになる。

 カミラはそのうちの一人を捉まえる。

「ひさしぶりだなベルトホルト」

「ああん!? お、おお、おうおうおう。カミラじゃねぇか」

 カミラに声を掛けられた白髭面の男が皺だらけの顔をより皺くちゃにして満面の笑みで言った。

「いつ以来だ、入れ違いになる事が多くててんで会えてなかったからな」

「二年にはなるか」

「そうかそんなになるか。隣の糞ガキもまだ生きてやがったか」

 ベルトホルトがそう言ってエクトルの方へ視線をやると、彼も負けじと言い返す。

「爺さんそりゃこっちの台詞だ。そろそろ剣を持つ腕も上がらなくなってきたんじゃねぇの」

「ガハハ、馬鹿言え俺は生涯現役だ」

 エクトルに見せ付けるように、ベルトホルトは彼の老いた顔に似合わぬほどの太い二の腕に力こぶを作る。

 その様子を見て軽い笑みを零しながらカミラは用件を切り出す。

「変わりなさそうで安心した。……ところで団長はどこに」

「団長ならあっちだ。奥の天幕にいるはずだぜ」

 ベルトホルトの指差す先にはいくつかの天幕が並んで張られており、その奥には他と比べ一回りも二回りも小さな天幕があった。

 彼が示しているのはその天幕であろう。

「助かる。……では報告もかねて挨拶を」

「ああ、いいってことよ。それよりあとでお前の話も聞かせろ。ここんところ女旱りでな。話を肴に飲まさせてくれや」

「私は酒場の女給じゃないんだぞ。どうしてもというのならアノンにでも相手してもらえ」

 カミラが半分呆れながら言う。

「ありゃ駄目だ。俺が餓鬼の頃から団に所属してる婆さんだぞ。そんな奴と飲んでも楽しくもなんともねぇ」

「まっ、考えておこう」

「おう楽しみにしとくぜ」

 ベルトホルトとの会話を切り上げ、二人は団長のいるであろう天幕へと向かう。

「団長、どんな顔するだろうね」

 天幕の前まで来た時、エクトルが何とも言えぬ表情で呟いた。

「さぁな、すぐにわかる事だ」

 カミラはそう言って天幕の中へと入っていった。

 天幕の中にはよく知る顔が二つあった。

 中央に置かれた机、カミラ達が立つ入り口側から見て左手には美しいエルフの女が、正面には男が両手を机について立っていた。

 その男こそ、二人が属する反帝の武装集団『血の灯火』団長ウォルードである。

 天幕に入ってきた二人に気付くと、彼は机の上に広げた大きな地図から目を離し、顔を上げた。

「戻ったか」

 団長が喜ぶ素振りもなく言った。

「はい」

 カミラが答え、エクトルは無言のまま団長の顔を見ている。

「エミールの姿が見えないが」

「死んだわ」

 カミラの言葉に周囲の時間がわずかの間止まる。

「そうか」

 団長の表情に変化はない。ただ静かに凍っているかのようである。

 それを見たエクトルの表情がわずかばかり引きつった。

「エミールの事は残念だったけど、二人が無事でよかった。エミールの弔いは今夜にもみんなでしてあげましょう」

 今まで黙っていたエルフの女が悲しげな笑顔を作り二人に言った。それを見て団長がエルフの女に言う。

「段取りはアノン、あんたに任せる」

「ええ、わかったわ」

 団長の関心は亡き同志からもう次へと移る。

「カミラ、それでどうだった」

「支援者に関してはほぼ全滅。取り締まりが厳しくなってきた上に、皆このところの帝国の勢いに完全に萎縮してしまっている。取り締まりを逃れた者達も支援を打ち切るとの事。ロルザ商人会やマケロッティは引き続き援助してくれると言ってるがそれも何時まで続くことやら」

 帝国内で大っぴらに活動できるわけもない流浪の戦士達には、その規模に応じた支援者の援助が必要であった。純粋な思想の共感者や、思想は違えど目的がある種共通する者達などから皆の潜伏、活動費用を調達するのだ。

 血の灯火はもう何十年と活動している集団であり、幾度と無くこういった危機に遭遇している。その経験から備えもある程度はできており、支援者が絶えてもすぐにどうこうといった事にならない。

 だが、厳しい状況には違いなく、決して長らく放置できるようなものではない。

「わかった。この問題に関しては帝国との一戦の後にでも動こう。戦いで勝利する事ができれば、彼らの反応も変わってくるはずだ。……南の情勢の方はどうだった」

「良くない、……というより最悪と言っていいほどね。デストラントの勢いは想像以上で、周辺国の関心はそれにどう対応するかという事に集中している。オートリアの肥大化を彼らも懸念しているが、そんなものが霞んでしまうほどにデストラントの脅威は深刻だった」

「そんなにひどいのか」

「ひどい。デストラントに滅ぼされた国の一部を訪れてみたがどこも人が暮らしていたとは思えぬほどに荒廃していた。あれは征服というより純粋な破壊そのものだ」

 デストラント、一盗賊の頭に過ぎなかった男が大陸の多くを巻き込んだ異界『魔界』との大戦争で疲弊したアルパカ王国を乗っ取る形で誕生した国家。彼らは帝国を自称したが無闇に周辺国に戦火を撒き散らし、統治らしき統治などなく破壊と純粋な恐怖による支配を行うその様は、強大化した徒党を組んだ盗賊そのものだった。

 ただの盗賊の集まりだったならば、周辺国もそこまで脅威には感じなかっただろう。しかしデストラントの強さは異常とも言えるほどのものだったのだ。

 建国から五年と経たぬ間に五つの中小国を滅ぼし、隣国のヤガン帝国と対等に渡り合うまでになる。その驚異的な強さからデストラントと魔界の者との繋がりを疑う者は後を絶たない。

 大陸南部の国々にとって、大陸西部に君臨しようとするオートリア帝国よりもデスラントという目の前にある危機の方が遥かに重大な懸念であったのだ。それはオートリアの皇帝打倒を目指す血の灯火にとって好ましくない事態であった。

「南からの圧力もしばらくは期待できんというわけか」

 団長はそう言って少しばかり考え込んだ後、カミラとエクトルを下がらせる。

 再び天幕には団長とアノンの二人が残るだけとなった。

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