姫君の憂い
早すぎる十二指同盟の崩壊は南西三王国の王達に衝撃を与えると同時に迫る危機の姿を実感させた。
帝国が西の巨大帝国再建そして帝国史最大の領土を築く、その最後の障害とも言える三王国の地を見逃す理由などあるはずもない。事は遠い未来ではなく、まじかに迫っているのだ。
ドラクレア、バテノア、ルドーの三王国は急速に歩み寄り、三国一致の対帝国体制へと移行していく。
その事を誰よりも望んでいたであろうドラクレア王アルバートの娘カルディナは自室で不満を露にして嘆いていた。
「だからあれほど言ったのよ。もっと早くから危機感をもって帝国に当たるべきだと」
日頃から再三にわたって十二指同盟との連携を父に要求していた彼女には三王国の動きは遅すぎたのである。
「残念ながらカルディナ様の危惧したとおりになってしまいましたが、十二指同盟の崩壊は三王国の結束には良い影響も与えたかと。この地に三王国が生まれ、それから長い歴史の中、幾度となく帝国の侵略を受けてきました。ですがその度に三王国は協力し合い、それを跳ね除けてきました。あまり悲観なさりすぎる事もよろしくないかと」
カルディナの護衛騎士、そして友でもあるエレナが宥める。
「それはあくまで結果としてそうなっただけの話よエレナ。その時々、様々な要因があって帝国は三王国に敗れたの。決して三王国が力を合わせただけで勝てたわけではない、それを勘違いして生まれてしまった驕りが王達の足枷になってしまっていたのね」
「カルディナ様は私達王国軍の、民の力を信じていらっしゃらないのですか」
「そうではないわ、信じている。ずっとずっと大きな力になるって。だけど帝国はもっと凶悪な力を持っている」
「我々は敗れると」
カルディナは首を振る。
「わからない。だけどきっとたくさんの人が死ぬわ」
「祖国の地を守るに皆命は惜しみません」
「そうね、わたしもそうよ。だけど、皆そうやって必死に戦っても帝国は死なないわ。これまでもそうだった。あの怪物は何度追い払っても、この地にまたやってくるの」
「これまでそうであったように、その度に我らは何度でも戦い、追い払ってみせましょう」
美しい女騎士の力強い言葉にカルディナは微笑む。
「頼もしい人。だけど……」
女騎士の主の表情が陰る、そこには普段の気高く自信に満ちた彼女の面影はない。
「私が言いたい事はそういった事じゃない。この危機は同時に肥大化した帝国打倒の好い機会でもあったわ。だけどそれも失われてしまった。同盟の崩壊で大陸西部諸国は完全に萎縮してしまっている。これじゃあ一度帝国を追い払ったところで足並みが揃うはずもない。それでは怪物は殺せないの。この戦で多くの人が死ぬわ。そして怪物が生き続ける限りそれは繰り返される。私にはそれが防げたはずだった。そう思うと、……悔しいの、悲しいのよエレナ」
「完璧な者など存在しません。どうかご自分を執拗に責めるのは御止めくださいませ。王は、民は、そして私はカルディナ様を愛しております」
「だからこそ、愛してくれる者を、愛する者を己の無力が殺めていくのを見るのはどうしようもなく辛いわ」
「カルディナ様……」
憂う女主にこれ以上どんな言葉をかけようか、騎士エレナにはその言葉がすぐにはでてこなかった。
外は雨、暗い雲が空を覆う景色を窓から眺めるカルディナの姿はまるで霧のように弱々しい。
そのまま消え去ってしまいそうだ、エレナは彼女の姿を捉えながら、そんな錯覚を抱いていた。
三王国間の利権をめぐる争いとは違い、国家の存亡を賭した戦いには挙国一致の体制が不可欠である。
幸いにも、三王国民の士気は強大な脅威を前にしても低くはなく、偉大な先人達に恥じぬようと募兵にも男達は積極的に応じていたし、そこに種の違いはなく帝国側が懸念していた通り、ドワーフやハーフリング達も兵士として積極的に軍に加わっていた。
こうして三王国の兵士数は急速かつ爆発的に増して、その新兵の武具供給の為に各国鉱山の採掘はフル稼働で日夜問わず行われ、加工生産も人間、ドワーフ達の協力体制のもとで品質の良い武具が驚くほどの速さで量産され軍に納められていった。
さらに彼らは己らのみの力で帝国を跳ね除けようという驕りは捨て、すこしでも戦力を得ようと、傭兵の募集を帝国の目を盗み、王国外各地で行う。
だが傭兵の集まりは期待してるほどには効果はなかった。公国、同盟といった帝国に敗れていった国についた傭兵の末路がどれほど悲惨であったかはみな知るところであり、基本命知らずな彼らも流石に帝国のこの勢いを前に気後れしていたからである。
各地で金の力を使った呼びかけはその表面においては不発であったがそれでも、意外というべきか当然というべきか、違った面では大きな効力をもった。
反帝主義を掲げ戦い続ける帝国の反体制派の者達が三王国の地に義勇兵として集まりだしたのである。
東西南北、大小問わず、各地より集いし同志達の中にその姿はあった。
帝国を長年苦しめる反体制武装集団『血の灯火』の姿が。