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三人の考え

 グリード帝より南西の三王国の攻略を命じられたオイゲンは十二指同盟攻略を終え帰還していたハンス、ミロスラフ、宰相に就任したばかりのマルセルを呼びつけ今後の動きについて話し合う席を設ける。

 月が照らす夜、師と三弟は一室に会した。

「お前達の意見を聞こう」

 老将は久方ぶりに三弟子揃った場で感傷的になる事もなく、険しい表情にて話を切り出した。

「将軍には既にお考えが御ありなのでは?」

 ハンスは師の顔を見据えて言葉を返す。

「無論。……されど人一人の知恵には限りがある。お前達三人の協力を得、万全のものにしたいのだ。よもや、三人で老兵一人を越えられぬ事などあらんや」

 そう言ってオイゲンは口元にこそ笑みを浮かべたが、その目は笑っていなかった。

「これはお厳しい事を。俺達もまだまだ勉強中の身、まずは師のお考えをお聞かせ願いたい」

 ミロスラフが自嘲的に返答すると、オイゲンは彼に言い聞かせるようにして言った。

「それは誰もが同じ事よ。私とて死ぬまで学び続けるのだ。……そう、死ぬまでだ。自身が学び、それを活かせるのは死の瞬間まで。だからこそ学び、伝えるねばならん。お前達には伝わっておろうか、私が学び得たモノが」

「後を継ぐ者達として、相応の力量を示せというわけですね」

 マルセルがハンスとミロスラフ見比べながら言った。

「師は弟子をまだまだ信用できぬと申されるておるわけだ」

「茶化すなミロスラフ、真面目な話だぞ」

「おうおう、さすがはハンス君真面目だね。優等生は怒らせると怖そうだ」

 ミロスラフの緩んだ顔付きが変化し、視線がオイゲンの方へと向く。

「だが将軍、俺は自分を必要以上に卑下する気などないが、腕に自信はあっても頭の方が二人に勝てん事ぐらいよくわかってる」

 ちらりとハンスとマルセルに目をやり、再び視線をもどすミロスラフ。

「何故、俺をこの席に? 貴方が決めた事なら俺は黙って従うまでです」

 謙遜からではなく、真からの言葉だった。

「お前だけに問うておるのではない。最初に言ったはずだ三人の協力を得たいのだと。お前達一人一人には素晴らしい力がある。だが分かれていては駄目なのだ。一つにせねばより大きな試練には打ち勝てぬ。私はお前達の意見を一つ聞きたいのだ」

 師の言葉にハンスが続く。

「視点は多い方がいろいろものが見えて良い。多すぎれば違うところに問題がでてくるが」

「ではこの私にツッコミ役を要望しているというわけですな、ハンス殿。……お二人相手だと自身の馬鹿を晒す事になりそうで気がすすまんが」

「そう不貞腐れないで下さいよミロスラフ。直弟子として師の満足いく答えを三人で出そうじゃありませんか」

 三人のやりとりにこの場で初めてオイゲンから真の笑みがこぼれる。

「変わらんな。だが、心が変わらずとも、頭は成長しててもらわねば困るぞ」

 三人の話し合いにおいて、中心となるのはやはりハンスとマルセルである。

 それぞれ軍事と内政にエキスパートであり、互いの及ばぬ点を補い合い意見を纏め上げていく。

 帝国と三王国との戦争において起きる特徴的な事象は、防衛側となる三王国の戦力が瞬く間に膨れ上がる事にある。

 通常、三王国内での軍事的規模は帝国と比べれば合算しても遠く及ぶようなレベルにないが、外敵、つまりは帝国の脅威に曝された場合、男はもちろん、志願があれば女子供も動員してまさしく総力戦の様相を呈し、爆発的にその規模を大きくする。軍事的に十分な訓練を受けていない者でも拠点防衛においては戦力として機能するのである。

 だが、侵攻するにおいて一番の問題はそこではない。何が歴史上幾度となく行われた帝国の三王国への侵略を防いできたのか。

 それは明確に存在する三王国側の地の利である。

 三王国を囲む山脈は大軍の行軍を困難にしており、侵入路の要所には鉄壁の要塞が築かれ侵攻を防いできたのだ。

「正攻法ではまず無理でしょう」

 マルセルが断言した。

「同感だな」

 残りの二人もそれに同意する。

 大陸有数であるオイゲン達の戦力をもってしても、その事は自明であり、奇跡的に三王国の攻略に成功しても被害は甚大となるに違いない。

 グリード帝からの軍令を無事達成するには何らかの策が必要だった。

「他にも注意すべき点が一つ、ドワーフやハーフリングといった人間以外の者達の存在です」

 優良な鉱石に恵まれた三王国には古くからドワーフ達が数多く暮らしており、勇敢な戦士となる彼らの助力も馬鹿には出来ない。

 また、大陸中で人と共存するハーフリングも、例に洩れず三王国の地に多数生活している。

「ドワーフはともかく、臆病者の戦下手なハーフリングもか?」

 マルセルの忠告にミロスラフが疑問を挟む。

 ハーフリングは背丈こそドワーフに似ているが、気質や体格はまるで違う。

 陽気で単純な性格と大きく愛くるしくもある鼻は人間達の警戒心を解き、その社会での共存を可能とさせたが、生まれついての臆病さは馬鹿にされ軽蔑された。

 エルフの戦嫌いは慈愛と博愛からくるものであるが、ハーフリングの戦嫌いは単なる臆病さからきているのである。

 体格も筋肉質なドワーフと違い、丸々と脂肪のついたもので戦闘には向かない。

 こういった事がハーフリングが古より国家というものを持たず他種族社会に寄生する原因にも繋がっていた。

 ほとんどの国家でハーフリングの徴兵は免除されているのだが、それは頑固で誇り高いドワーフ達に配慮して行われるような免除ではなく、無理に徴兵しても足手まといになるのが明白だったからだ。

 通常、軍事的戦力としてハーフリングという種族は考慮する必要のない者達であった。

 されど、マルセルが問題としたのはそんな事ではなかった。

「問題は戦が上手いか下手かではなく、彼らが人間とは異なる種族であるという点です」

 人間同士の国家対国家であるうちは、その火の粉が他種族に多少降り掛かろうと愚かな人間達に対する侮蔑と怒りを生むだけだ。

 しかし、三王国に暮らすドワーフやハーフリング達との戦いが大規模なものになると、それは種族間抗争の一面を見せる事に成りかねない。

 ドワーフやハーフリングは帝国内にはもちろんの事、周辺国、そして大陸中に存在している。彼らの反感が人間全体ではなしに帝国という国家に向けられた場合、それは伝染し、無関係であるはずの種族までが帝国に対する反感と警戒を強めてしまう。

 そのような事態は帝国にとっても脅威であり、避けねばならぬ事だった。

「一時的であっても、こちらにもドワーフとハーフリングを加えるべきでしょう。確認の為ですが現在ドワーフかハーフリングで軍に籍を置いてる者はいますか?」

 マルセルの問いにハンスが答える。

「現在、帝国の徴兵は人間のみを対象にしているし、志願者もおらず軍籍にはドワーフもハーフリングもいない。ジェイドが新軍団編成の為の兵をかき集めているが、どのみちこの戦には加わえられまい」

「そうですか。数名在籍していたらどうこうというものでは無いので、素直に新たに雇い入れましょう」

「反対はしないが、小突けば嫌々ながらも従うであろうハーフリングと違って、プライド高い頑固者のドワーフ達は了承するかね。こう言っちゃなんだが、評判悪いよウチは。最近は特にね」

 ミロスラフの懸念にマルセルは頷き答える。

「ドワーフの傭兵団をいくつか当たりましょう。彼らにも生活があります。代金を弾み、三王国で暮らす同族に対する優遇処置をちらつかせば応じる者達もでてきましょう」

「さらに嫌われるな」

「やむを得ぬ事です」

 三人の話し合いはそれからも続き、やがてはある程度の細部まで決められた一つのまとまった案となる。それはオイゲンの期待に応えられるだけのものに出来上がっていた。

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