二派
パルメント王国の終焉と同時にもう一つの国家が終わりを迎えた。
宗教国家ロマス教国、この国もまた帝国の手により地図上から抹消されたのである。
宗教は国家と同じく、時に人を守る盾となり、時に悪に立ち向かう剣となったが、だからこそ争いの種となる事も少なくはなかった。
神を、あるいは神々を崇めた思想は信仰という名の鉄の絆を生み、獣からの解脱を促がした。
だがそれは、『教えに背く者』、無神論者や異教徒にとっては、見もせぬ天上の楽園への誘惑と、知りもせぬ暗底の地獄の恐怖により、人のあり方を束縛する、拘束具に他ならなかった。
思想の拘束を受けた者に対して非を認めさせるのは困難である。
という考えは、オートリア帝国も持っており、一度刃を向けた拘束者達には徹底した弾圧を行うのが慣例となっていた。
ジェイドは聖地を離れて暮らすロマス教信者や、異なれど『信仰』持つ者として他宗教の皇帝に対する反感を多少なりとも分散する為、ロマリア兵やトリニ兵にも協力させ、教国の抹消を実行。後には帝国領内は当然、属国ロマリアや周辺各国にもロマス教徒狩りを要請した。ロマス教は大陸全体で見れば規模の小さな宗教であり、教徒のほとんどは聖地でもあるロマス教国で暮らしていたので、教国の崩壊は宗教そのものの崩壊に繋がっており、組織立った反攻の恐れは限りなく低いものであった。にも関わらず、帝国が他国までロマス教徒狩りを要請したのは、反帝国の他宗教、あるいは国家に対する見せしめの意味が大きく含まれていたからである。
パルメント王国とロマス教国に対する粛清と抹殺は残りの同盟国に大きな衝撃を与えた。包囲網からの脱出を図り失敗、殺害される者、王族に帝国の要求を呑むよう嘆願する者、さらには降伏の為に王族達に対する反乱を企てる者も出始める状況にあった。
そんな中、ジェイドは意外にも譲歩を見せ、王族達の死罪を取り消しこそはしないものの、事実上追放処分とする案を同盟に提案し、これを各国指導者達に受け入れさせる。
各国の対象者は家族とわずかばかりの資産を持ち、帝国領外への脱出を目指すが、その道中、野盗の集団に襲われ全滅。野盗の正体が何者であるかは自明であったが、それを追求しようとする者はいなかった。
結果として帝国は最初の要求を全て通し、同盟十二ヶ国の内、二ヶ国はそこに暮らす人間ごと存在を消され、八ヶ国は指導者達を失い帝国皇帝の直轄領となり、裏切った二ヶ国は帝国貴族領へと変貌した。
この時代から十二指同盟は完全消滅したのである。
「これは、……良い物だ」
グリードは描かれたその絵を見て、満悦の笑みで称賛した。
絵はジェイドが画家ランデパラードに描かせた、パルメント王国の終焉の絵画であった。
全てを灰と化す業火に焼かれる街と人々。そこには、絶望と苦痛が、何より怒りと憎悪が描かれていた。
同盟兵を打ち破る帝国兵の勇猛さではなく、武器持たぬ民を虐殺する野蛮が描かれていた。虚の栄光ではなく、実の暗黒が描かれていた。
それこそが、グリードの望んだ美女であった。
「約束の物はくれてやるジェイド。さらなる働き、期待しているぞ」
「御意に」
皇帝の要求に応えたジェイドは新たな権限を得る事に成功する。それは帝国内部の体制自体にも変化をもたらした。
三師団の統轄編成の権限とその資金、運用の指揮権までもを得たジェイドには正式に将軍位が与えられ、帝国はこれまで一本化されていた将軍体制から二百年ぶりに多将軍体制である二将軍体制へと移行。
オイゲン将軍を中心にした旧来の流れを組む一派は『王鷲』と呼ばれ、ジェイド将軍を中心にした一派は『キマイラ』と呼ばれるようになる。
由来はそれぞれ、オートリア帝国の象徴である王鷲と、ジェイドの師団の軍団旗に描かれたシンボルマーク、血の魔術師達の創造物キメラからきていた。
呼び名がキメラからキマイラと変化したのは、帝国内での一般的な呼び名であるキメラでは禁忌の魔術に関係する事から憚られるように人々が感じた為で、他地域や文献によってはキマイラと記される事を利用したわけである。
オイゲン達が伝統と正統の意味を持つ王鷲に対して、ジェイド達が禁忌と邪道の人工獣の名で呼ばれたのは、言うまでもなく人々の彼らに対する侮蔑と恐れの表れに他ならない。
ジェイドの将軍就任には師団長達の内、当人とトンボ以外の者は反対に回ったが、結局は皇帝であるグリードが押し切る形で将軍に任命。同時に反対派への配慮か、空席となっていた宰相位にはオイゲンの弟子であるマルセルが正式に任命される事となった。
内政と軍事における影響力は今だ元来の勢力である王鷲が優位にあったが、それでも彼らにとって、皇帝の確かな期待という後ろ盾があるジェイド達キマイラの勢いは無視できるものではなかった。
軍が二派に分かれた新しい体制の中、帝国は今度こそ内の安定に従事するかと思われた。
しかし、グリードは次なる攻略目標を新軍団編成の為に動けないジェイドに代わり、オイゲンに指示。キマイラの隆盛を懸念する王鷲達の実力を見せるよう要求した。
過激な拡張思考を懸念するオイゲンではあったが、この指令が今後の両派の主導権争いに影響する事は明らかで、速やかな目標攻略を必要とする事は理解していた。
攻略目標は建国以来の難攻不落、帝国南西、山々に囲まれたドラクレア、バテノア、ルドー、所謂『三王国』の地である。