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馬鹿は踊る

 クルスク大草原に集結する同盟軍の中に、マルダーマヤ王国軍の姿は無かった。

 迫り来る帝国の脅威を感じながら、まだかまだかと苛立ち、同志の合流を待つ各国の指導者達。

 そんな彼らの前に、マルダーマヤ降伏の報を伝える使者が現れたのは、日も沈みきり辺りが暗くなった頃の事である。

「キニチの奴め、臆したか!!」

「なんと愚かな事を!!」

 各国の指導者達がざわつき、臆病な小王を罵倒した。

 それは、何故キニチがこんなにも早く帝国側に降伏する事になったのか、その細かい事情を知る事の出来ぬ彼らの当然の反応でもあった。

 マルダーマヤからの使者は簡潔に帝国に屈する事を伝えるのみで、帝国の急襲によってマルダーマヤの主力が壊滅した事など一切話さなかったのだ。

 理由は明快。

 マルダーマヤは帝国側に付くと表明した、この時から、後方の安全地帯ではなく、対同盟の最前線に変貌する。王国防衛の主力となるべき部隊が壊滅している事を覚られるわけにはいかなかったのだ。

「こんなふざけた話があるか!! ええい、貴様覚悟はできているんだろうな!!」

 当然の如く、マルダーマヤの使者は怒れる指導者達に刃を向けられる。そして、使者の男も覚悟の上か、言い逃れするような真似をしなかったので、そのままその場で斬り捨てられてしまうのであった。

「どうするんだ、レアンドロさんにラウルさんよ」

 トリニ首長国頭領マルダラが二人の男になじるような口調で問いかけた。

 レアンドロとラウルは先の会議で渋る各国指導者を対帝国でまとまるように積極的に発言していた者達である。

 対帝国戦が十二ヶ国合意の上の決定とはいえ、心情的には引っ掛かるものもあるだろう。この二人を責める者がでてきても何ら不思議ではなかった。

「正直に言えば、こんなにも早くに脱落者がでようとは予想外です」

 レアンドロは隠すような事もせずこの事態の認識を語る。

 強大な敵との戦を前にしての裏切りは当然兵士達の士気にも影響を与える。それだけに止まらず、安全であるはずの後方が敵側に付いたとなれば、地図上では各国の街が東西挟み撃ちの形になってしまう。

 これは防衛側にとって圧倒的に不利な状況、その打開策を二人の男に他の指導者達は問うていたのだ。

「だが作戦に変わりはありません」

「変わりはないって、おいおい。やけになってるわけじゃねぇだろうな」

「まさか」

 レアンドロはマルダラの言葉を笑って否定した。

「俺達が生き残るのにはただ一つ。野戦にて勝利する以外にない。それは首長さんも理解してるはずだろ?」

 ラウルがレアンドロとマルダラのやり取りに加わる。

「マルダーマヤの抜けた穴は小さいとは言えない。だが、まったく勝ち目が消えてしまったわけでもない。考えてみろ、キニチは臆病にも帝国に屈した。その臆病者に俺達を積極的に攻撃する度胸があると思うか? 確かに戦力だけ見れば帝国に分があるだろう。それでもこっちには二万の兵力だ。二千前後の兵士しか持たぬキニチでは話にならない。あの男は動かない。いや、動けない。帝国も戦力としては計算していないだろうよ。俺らに対する揺さぶりである同時に、少しでも戦力を削ろうという計算だ。……だとすればだ。やはり注意すべきは帝国軍のみで、裏切り者の雑魚にかまう暇はない」

「そいつはちと都合良く考えすぎだろうが。臆病者だからこそ、帝国が強硬に脅せば、キニチも死にもの狂いで動く可能性があるぜ」

「その可能性は否定できないでしょう」

 レアンドロもラウルよりもマルダラに分がある事を認める。……が、だからと言って主張を変えるような事もしなかった。

「ですが、やはり作戦に変わりはありません。我々が生き残る為の手はこれしかないのです」

「だったらその手とやらを詳しく聞かせてもらおうじゃないか。まさか正面からぶつかり野戦で破るだけなんて馬鹿な話じゃないだろうな。野戦で勝つための秘策とやらがあるんだろ?」

「秘策というほどのものではありませんが……。この戦の戦術的な話をしましょう。まず、この二万の軍勢のうちいくらかを別働隊としてクルスク大草原の先、ウルクサの森へと回り込ませます。ウルクサの森は帝国軍も通る事になるでしょうが、もし発見しても攻撃せずうまくやり過ごしてください。理想としては帝国が草原へと出てくる頃に入れ替わる形で潜めればいいのですが」

「まさかそれで挟み撃ちにして勝つだ、なんていう話じゃないよな?」

「そういう話です」

「そういう話だ!? ふざけるのも大概にしとけよ。そんなに簡単に挟み撃ちできるものかよ」

「そうでしょうか、私は上手くいくと思うのですが。それにこれしか方法はないでしょう」

「本気でいってるのかよ。こいつはお笑いだ。ダルタール王国の王様は戦略は描けても戦術の方はてんで駄目らしい。こんな奴の口車に乗せられて俺達は帝国と戦争しようとしてたのか!? 嫌になるぜ、まったくよ!!」

 マルダラが吐き捨てるようにそう言うと他の指導者達もそれに続いた。彼らは国家の指導者としての立場でありながら、己によい考えがあるわけでも無しに、ひたすら詐欺師に騙されたかのように騒いでいたのである。

 その姿は無様で、滑稽で、何とも情けない。

 結局ほとんど喧嘩別れでもするように、何の妙案が出されるという事も無く、この日の作戦会議は終わりとなってしまう。

 もうそこまで帝国は来ている。

 同盟の指導者達の多くは焦り、恐怖し、ただ不安に一夜を過ごす事になってしまったわけだが、その中において不思議とレアンドロには落ち着きが、いや覚悟というべきものを彼は持っていた。

 闇夜の静寂が集結した同盟軍を覆った時、男は静かに立ち上がると己の陣を離れ、マルダラのもとへと向かう。

 それは、この戦、真の戦術を伝える為であった。


 レアンドロがその男のもとを訪れた時、男は瞳の奥を鈍く光らせながら彼を迎えた。

 まるで、レアンドロが現れる事を知っていたかのようである。

「これはこれは、天才戦略家のレアンドロ様。こんな夜分遅くにどうかしましたかな」

 マルダラが嬲るようにして言う。その他人を小馬鹿にした態度は、彼の下卑た性根から生まれるものなのだろう。その様はよく似合っているとすら、レアンドロには思えた。

「此度の戦、マルダラ殿には至急聞いて頂きたい話がありまして」

 レアンドロの切り出した言葉の意味をマルダラは理解していた。

「ほう、それはまた……、何か良い案でも思いついたのですかな?」

「……帝国との戦いは厳しいものには違いありません。そしてマルダラ殿に指摘された通り、私が先に話した作戦だけでは決して勝てぬでしょう」

「『だけ』、ねぇ」

 次の言葉を促がすように、マルダラが胡座をかいた膝の上を世話しなく指で叩く。

「帝国を破るには、我々がバラバラでは話になりません。互いに覚悟を持って臨まねば、なせるはずの大事も失敗に終わるでしょう」

「泣き落としにきただけでもなかろうよ。なぁ、大将さんよ」

 マルダラの口調が次第にいつもの荒いものへと戻り始める。それは苛立ちの証だった。

 その様子を見たレアンドロは一度静かに目を閉じて一呼吸間を取ると、本題を切り出した。

「……パルメントを、パルメント王国を捨てましょう」

 男が歪んだ笑みを浮かべる、その言葉を待っていたのだと言わんばかりに。

「ボルドーが何と言うかな」

 意味のない問い掛けだった。

「何も言えぬ状況にするしか、口を出そうにも手遅れの状況に」

「斥候はあんたの意図を理解してる者達って事か」

「そういう事になります」

 パルメントの君主ボルドーに入る報告をコントロールできればそれでよかった。もしパルメント領に近付く帝国軍がいてもそれを知らせる者がいなければよいのだ。ボルドーにさえ知らさなければ、第四エリアで孤立状態のパルメント王国を他の同盟国が必死に守る理由などありはしない。友情など存在せず、己が利益の為なら、昨日の友どころか今日の友でも切り捨てられる、それが国家、外交の世界なのだ。

「で、それはよいとしてもそれからがどうなるわけだ? 何を考えている?」

「帝国は兵を必ず分けてきます」

「パルメント方面とこちら側にというわけか」

「運が良ければ、三つに分かれる事も」

「裏切り者への増援を兼ねてか」

「表面上はそうなるでしょう」

「表面上?」

「ええ、帝国には裏の狙いがある。だからこそ、必ず兵を分けてきます」

 ひどく興味をそそられたか、話を聞くマルダラからは隠しきれない、興奮ともとれる何かが滲みでていた。

「えらい自信じゃねぇか」

「そうであらねば、こっちとしては打つ手がありません」

「その裏とは?」

「隙を見せたい。そして我々に喰らい付いて欲しい」

 真顔で答えたレアンドロに、マルダラは大声で笑う。

「ガッハッハッハ。何の為に? 何故帝国がそんな事をする」

「時間と余裕がないからです」

「ほう」

「帝国があまりに多くの無理をしている事は、マルダラ殿も十分とご承知の事でしょう。だからこそ野戦で早急に我々の主力を葬りたいと考えている。兵を分散させ隙を作り、攻撃にでた我々を包囲殲滅する。それを狙ってくるはずです」

「逆にそこを突くわけだな」

 もし同盟軍に下手に籠城され長期戦となった場合、その分戦費はかさみ、獲得するはず領土は荒れる。問題はそれだけに止まらず、周辺の国々が粘る同盟軍に勇気付けられて動き出す可能性すらでてきてしまう、帝国としてはそれは避けたいはずだった。

 同盟側も待つだけの、不安定な帝国周辺国の決起にかけて籠城するより、野戦にて帝国軍を討ち破るのが得策だと判断していた、そしてそれは、互いに野戦で決着という点では一致している事になるのだ。

「狙うは指揮を執っているであろうジェイドの首」

「そうすれば、帝国は軍を退かざるを得ないわけだ。そして、そのまま崩壊へと繋がる」

「ええ」

「しかし軍を分けても、ジェイドの率いる師団は強力、いや他の者達も同じだ。隙を突いてこちらの軍をぶつける、それだけで勝てると考えているのか?」

「その為に兵をウルクサの森へと回り込ませるわけです」

「そこは変わらずか」

「当然です。敵が分散するならばより少ない兵で大きな効力を得られます。回り込む部隊が見つかる可能性も無論下がる」

「そう上手くいくかな?」

「上手くいかせるしかないのですよ」

「フンッ、しかし何だ。ともすればパルメントの罪無き国民達が大勢死ぬ事になるわけだ。あんたの作戦だと」

「それも仕方ないでしょう」

 冷静に躊躇い無くレアンドロが言った。

「悪魔だな」

「お好きなように呼んでください。ですが私にはこの策しかありません」

「そうか。だったら言わせてもらうがあんたは大馬鹿野郎だ」

「納得して頂けませんか」

「いや、俺は馬鹿は好きだぜ。その策、のろうじゃないか。……ただし、条件がある」

 マルダラがレアンドロの目を見て笑った。


 日が昇り始めたばかりの朝早くから、同盟軍の面々が集まり会議を行っていた。

 その中で、レアンドロが改めて昨日の話を繰り返し主張する。それを相変わらずの渋い顔で聞く者もいたのだが、場を覆う空気は明らかに違っていた。

「みな、ここはもう腹をくくるしかねぇんだ。……仕方がない。俺はその策、のってやろうじゃないか」

 マルダラが場にいる者達にそう言うと、まるで打ち合わせていたかのように何人かの者達が続く。

「そうですね。これと言って他に策があるわけでもなし」

「私達が争っていても帝国が利するだけだ。ここはレアンドロ殿を信じましょう」

 たった一夜、そのわずかな時間での変わりように戸惑う者もいたが、一度変化した空気の流れは戻りようもなかった。

 マルダラと何人かの指導者達にレアンドロが話を通しておく、それだけで上手くいったのだ。

 見捨てられているパルメントの王ボルドーや、その他の者に真の狙いを話す必要は無い。この者達を誘導するだけの流れを必要最低限の人数で作りだせばよかったのである。

「ううむ」

「止む無しか」

 全員が乗り気とはいかずとも、最終的にはレアンドロが提案した策が採用される事になる。そして今度は当然、帝国の後方を突く為に誰が行くかという問題がでてくる。

「俺がいこう」

 太く低い声が場に響くと、それに対する反応は様々であった。

「おお、マルダラ殿ですか」

「まぁ妥当でしょうな」

 マルダラの軍事的能力を評価する者達、そしてすでに昨夜の内からレアンドロに話を聞かされていた者達はそれに賛成するが、そういった者達ばかりというわけにはいかない。

「おいしいところを独り占めにする気ですかな」

「反対というわけではないんですけどねぇ」

 後方より襲いかかる役は重要でいて、戦果も期待できる。戦の後、その働きは間違いなく同盟内での地位を高める事になる。

 捨て難い役目だった、それをすんなりと『どうぞ』とは言えない者がいても何ら不思議ではないのだ。

「ではこの重要な役目、あんた等に任せてもいいんだな」

 まるで脅迫するかのような強い口調でマルダラが迫ると、しぶる者達も尻込みしてしまう。

「いやぁ、まぁ……」

 この役目は重要で美味しさはある。しかし、全く危険がないわけではない。

 主力から離れ、帝国軍の裏を狙うわけで、気付かれ攻撃されてしまうと、反抗らしい反抗も出来ぬままに全滅というのもあり得る事だった。

「失敗は許されんぞ」

 マルダラからそのように圧力をかけられると、軍事に自信があるわけでもない小国の王達には、我こそはと名乗り出る度胸など持てはしなかった。

「では、こうしましょう」

 レアンドロが間に入るようにして口を開く。

「マルダラ殿の部隊だけでは数にいささか不安が残ります。私の部隊もいくらかつけましょう。どうでしょうか」

「仕方がない。まぁ、俺はかまわないぜ」

 成功した時の戦果が減る事になるのだが、マルダラは案外あっさりと了承する。

「ううん、レアンドロ殿もですか。……いいでしょう、それで」

「私達には分けるほど兵がいるわけでもないですしな」

 既にレアンドロのダルタール王国は、同盟内で確固たる地位を確立している。彼の軍が戦果をあげる事によって、同盟内部で大きな変化がおきる事はない。

 マルダラの戦果独占を避けたい指導者達にとっては、この混合部隊案は悪いものではなかった。

 無論、他の者達の多くも出来れば自分達もそこに加わりたいと考えてはいた。しかし、余りに細かく兵を分けても、指揮系統に支障がでてしまう、この混合部隊は同盟内屈指の兵数であるレアンドロのダルタール王国軍だからこそ出来る事でもあるのだった。

 ラウルのガザクレア王国もそれをするだけの兵を持っていたが、彼は帝国という強大な敵を前にして目先の戦果を気にするような者ではない。レアンドロの部隊がいれば、マルダラの戦果独占は避けられ他の者達も納得させられると考え、自分も裏取り部隊に兵を出すようなせこい真似はしなかった。

「では、これで決まりという事で早速、兵を動かしましょう」

「そうだ。もう時間はないぞ」

 会議で合意が得られると、レアンドロとマルダラはすぐに部隊をクルスク大草原の後方ウルクサの森へと回りこませ始める。

 混合部隊は、敵の斥候に発見されぬように、いくつかに分けられてから出発。帝国との決戦ぎりぎりには、森に計四千近くもの兵が潜む事になる手筈だった。

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