檻
「また、たくさん連れてきたもんだなこりゃ」
ヒューゴは小隊の救援に現れた騎兵隊の数を見て呆れたように笑う。
「素直に投降する気はなさそうだな」
騎兵の一人が馬上からヒューゴに向けて最後の確認を取るが、もちろん彼にその気などない。
「当たり前だ。雑魚が群れただけで、逃げ出す獅子がいるかっての」
「残念だ。腕が立っても、これほどの馬鹿ではどうせ良い兵士にはなれないな」
交渉が決裂すると騎兵達の殺気が一気に高まる。
「おいおい、倒れてる味方は御構いなしかい。中には運良く生きてるのがいるかもしれないぜ」
ヒューゴの周りには、小隊の者達が倒れていた。その多くは、既に息をしていないが、気を失っているだけの者がいないとは限らない。
「ちっ」
騎兵の一人が片腕を上げ合図を出すと、二百のうち五十ばかりの者達が馬から降りた。
「あらら、それだけいいのか。まっ、雑魚が何十、何百いようと結果は同じだがな」
「覚悟しろよ賊。奴等の仇だ」
挑発に乗せられて、若い兵士が斬りかかりにいく。
「覚悟するのは俺じゃねぇよ、雑魚共」
それに合わせるようヒューゴも前に出た。
「速い!!」
ヒューゴの動きの速さに驚かされ、後に続こうとした他の兵士達の足が止まる。
「死ね!!」
最初に斬りかかった若い兵士の剣術も悪いものではないはずだった。
――ヒュン。
だが、彼の攻撃はいとも簡単にかわされる。
「なっ」
攻撃をかわされた兵士はヒューゴの反撃を警戒した、しかし。
「ケチケチするなよ、まとめて相手してやるぜ」
ヒューゴはその兵士を無視するかのように通り過ぎる。
さらに、慌てて次ぎ次ぎと斬りかかってくる兵士達をも無視して、いまだ馬上で見物を決め込もうとしていた集団へと突っ込むヒューゴ。
「なっ、まずい!!」
兵士達は焦った。
「散れ!!」
指示が出されると、距離の取れる騎兵達は外側へと逃げ、ヒューゴの周囲の者達は馬から飛び降り、対峙した。
「いいのか? お馬さん逃がしちゃってさ」
ただでさえ密集陣形の中へと入られると動きがとり辛いのに、馬上ではどうにもならない。選択肢は、降りて戦う、しかなかった。
「貴様なぞ、馬無しで十分」
「そのわりに緊張してるみたいだな」
小隊五十人を既に壊滅させている事、ヒューゴが突っ込んでくる時に見せた動きの凄さ。それを知り、緊張するなという方が無理がある。エリート兵士であるはずの二百人、マルダーマヤの騎兵達の中でこの強敵よりも実力のある者など間違いなく存在しない。
それでも、一人では無理だとしてもこの数ならば、という思いはあった。
「さて、誰から死にたい」
ヒューゴの周りには馬上から降りたばかりの二十人が、その外を騎兵百三十と最初に馬を降りていた五十が見守る形となっていた。
勝てたとして、この内の何人が生き残っていられるだろうか。
「うおおおおおお!!」
一人の兵士が槍で向かっていく。
――シュッ。
「遅い」
――ブオン。
「そんな大振り当たるわけねぇだろ」
余裕で槍を避け、ヒューゴは拳をその兵士の顔面に打ち込む。
――バキバキ。
鼻からめり込むようにして、兵士の頭蓋骨は砕けた。
「次は誰だ?」
「くそっ!!」
今度は二人の兵士が共に槍を使ってヒューゴを前後から攻撃。
「当たらんな」
槍はこの密集状態では味方に当たるのを恐れ、遠慮がちの攻撃になってしまう。ヒューゴに当てられるわけがなかった。
「ぎゃあああ」
「がっ……」
逆に己の身だけ心配すればいいヒューゴは無遠慮に暴れ放題。次から次へと襲いかかり、マルダーマヤの兵士達を打ち倒していく。
「ボーっと見てないでさっさと来いよ、お前ら」
「槍じゃ駄目だ。剣でいくぞ」
味方の事を考えれば、長すぎる槍より、剣の方が今の状況には適している。強敵との距離を詰めるには覚悟がいるが、そこはエリート兵、勇気を持って踏み込んでいく。
「であああ」
――ヒュン。
空を斬る。
――バキ。
「うっ……」
カウンターの一撃で兵士が沈む。
「死ね!!」
――ヒュン。
また空を斬る。
――ボキ。
「ぐっ……」
またカウンターの一撃で兵士が沈む。
「うおおお!!」
それからも何人か攻撃を仕掛けるが結果は同じ。ヒューゴに傷一つ負わす事も出来ない。
「どうした雑魚共、もっとまとめてかかってこいよ」
実力差は明白。囲んだ状態であっても、一人ずつ斬りかかるようでは勝ち目はない、だったら……。
「ええい、同士討ち覚悟でいくぞ。味方ごとでもかまわん斬り殺せ!!」
これしかない。
「やっと少しはやる気がでてきたようだな」
ヒューゴが楽しそうに笑う。
「今度こそ、死ね!!」
同士討ちを恐れず、押し潰すように雪崩れ込むマルダーマヤの兵士達。
――ヒュン。
「くそう」
――ヒュン。
「当たらない……」
――ブシュ。
「ぎゃあああ」
「す、すまん」
避けられるか、当てたと思っても味方の体である。
――ドカ。
「うぅっ……」
――ボコ。
「ぐふっ」
同士討ち覚悟で攻撃しても、状況は好転しなかった。
「攻撃を続けるんだ!! 奴に休ませるな、疲れが見えれば勝ち目はある!!」
「疲れねぇ……」
さすがにヒューゴも小隊五十人を倒した後、追加で三十人近くと殺し合うと多少は疲れていた。それでも、動きにはキレがあり、あからさまに鈍る気配はまだない。
――バキリ、ドコ、ボキリ。
「まぁ、でもそろそろいいか」
何を思ったか、ヒューゴは手近の三人をさらに倒すと、突然指笛を鳴らす。
「な、何だ」
「伏兵か?」
何の合図かと兵士達が動揺する、そんな彼らを見てヒューゴは言う。
「さて、本番はこれからだぜ」
それから間もなくして、大地から雷が空へと昇った。
マルダーマヤ王国軍の行軍ルートを見渡す丘の上。レズリー、シユウ、パディエダの三人はついに現れ、横切っていく獲物達の姿を眺めていた。
「そろそろいいんじゃない、レズリー。ヒューゴからの合図は?」
シユウは待ちきれぬといった面持ちでレズリーに尋ねた。
「今、丁度でましたよ」
「じゃあ、早いとこ始めましょ」
彼らが待っていたのはヒューゴからの合図、それは彼が鳴らす指笛だった。それをレズリーの操る人形を通して確認すると、シユウは丘の上から魔法を詠唱し始めた。
「我の内に眠る偉大な主の力よ。主に刃向かい、牙を見せる獣を閉じる檻となれ。我は信じ命じる。我は神に代わり罰す。裁きの場を奴等に与えんが為に、神よその偉大なる力を我と獣達の前に示せ……」
「シユウの詠唱してる姿を見るなんていつ以来だろ。へへ」
パディエダは感動しているかのような表情で詠唱する美しき少女を眺めていた。
魔術師にとって詠唱、つまり声を、言葉を利用して体内の魔力を魔法へと変化させる事はもっとも初歩的で、基礎的な方法だった。
魔力を練り上げ、魔法へと変えるその作業に、詠唱という手段は確実性が高まり、繊細に魔法を作り上げる事が出来るのである。
しかし詠唱には、知識ある者がそれを聞けば、魔術師が何の魔法を唱えているか丸分かりである事、詠唱なしでの魔法に比べ、発動までに時間がかかりすぎる事など、致命的な弱点があった。
戦闘中、攻撃を受ける度に詠唱を中断して、最初からやり直しでは話にならない。
その為、詠唱なしでの魔法が安定して発動させられるようになって、ようやく一人前の魔術師として認められるわけである。
だが一流の魔術師でも詠唱をまったくしなくなるわけではない。かなり高度な魔法は、わずかなミスが魔力の暴走をひき起こし大きな災いとなる。それを防ぐ意味でも、確実性のある詠唱という手段を用いる事は自然な事だった。
つまり、シユウほどの魔術師が詠唱を行う時点で、その魔法の難度の高さと威力がわかるのである。
「でも、おかしなものです。シユウの口から神なんて言葉が出てくるなんて」
「言えてる」
レズリーとパディエダがそんな会話をしていると、ようやく詠唱を終えたシユウが不満気に二人を見て言った。
「うるさいわね。形式よ、形式。ほらっ、早くアンタ達も仕事始めてよ」
シユウの役割。それは、あらかじめ準備していた巨大な魔方陣の中にマルダーマヤの軍勢を閉じ込める事だった。
「さすがシユウ。これはすごいよ。へへへ」
パディエダは見た、円陣に沿って大地から空へと放たれた雷達が、巨大な魔力の檻を作り出す様子を。
「まぁね。私にかかればこんなの楽勝。それにもらったこの指輪もいい感じよ」
シユウの指にはジェイドから渡されたマジックリングが填められていた。その効果は装着者の魔力を三割近くも増強する事で、これだけ強力な品はそう見つかるものではない。
「では、私たちも行きますか」
シユウの魔法の檻が完成したのを見て、レズリーに殺気が宿った。
「何だ!!」
「罠か!!」
マルダーマヤの本隊は突如出現した巨大な檻に混乱していた。
「おい、これはどういう事だ」
指揮官らしき男が、傍の魔術師に問い詰める。
「かなり強力な魔法の檻のようです」
「閉じ込められたという事か。どうにかならんのか?」
「考えられる打開策は二つほど、一つは巨大な魔方陣へ魔力を供給している者、この魔法の術者を直接襲い、討ち取る事。討ち取れずとも、魔力の供給さえ弱まればどうにか出来るでしょう。恐らく、檻の外側にいるでしょうから、多くが閉じ込められている今の状況では賭けになるやもしれません」
魔方陣内から漏れた兵士がまったくいないわけではない。数にして百人ほどが魔法の檻の外側に逃れる事に成功していた。
「もう一つは?」
「内側から魔方陣の魔力が不安定な、弱点ともいうべき箇所を探して、直接破壊する事」
「どれぐらいで出来そうだ?」
「かなり強い魔力です。破壊可能な場所を見つけられても、楽な仕事にはならないでしょう」
「くそっ!!」
指揮官らしき男は思考する。
「術者の居場所はもっと正確にはわからんのか?」
「時間さえ頂ければ、魔力の流れを追って何とか……」
「まずはそいつを探ってくれ。外に残った者に先に動いてもらう」
「はっ」
マルダーマヤの魔術師達が集中して魔法の檻の発動者、シユウの居場所を探る。
彼らの必死さが神に伝わったか、時間にして十分ほどもせずに探り当てる事に成功する。
「おそらく、あの丘の上かと」
魔術師は近くに見える丘を指差す。
「よし、急いで向かわせろ!!」
指揮官は最後方、魔方陣外で分断された兵士達に丘の制圧を指示する。そして一段落つく間もなく……。
「大変です!!」
前方から兵士が駆け寄ってくる。
「今度は何だ」
「前方に謎の霧が発生!!」
「霧?」
「はい、黒い霧です。かなりの速度で範囲を拡大しており、霧に呑まれた兵達が倒れていってます!! この状況では逃げ場が……」
「これも罠か」
困惑する指揮官に魔術師がその力の正体を推測する。
「何らかの魔法でしょう。害のある霧を発生させる魔法は存在しますし、恐らく毒か、最悪の場合は……」
「最悪の場合は?」
「もっと暗い、暗黒の力」
「魔界の者か?」
「あるいはその血が混ざった者。禁忌の術に手を染めた者の可能性もありましょう」
「闇魔術に、ブラッドマジックか」
「どっちにしろ凶悪な力には違いありません」
「対抗策は?」
「我が軍には聖魔術の使い手がおりませんのでもっとも有効な魔法を使えません」
聖なる魔法の使い手は、神に愛された者達の証。そう呼ばれるほど、魔術師達の中でも特別に貴重であった。
聖魔術は傷を病を毒を呪いを癒し、あらゆる害的存在に対抗する力。暗き深淵の力と対となる、もっとも偉大な魔術として崇められていた。
魔力は肉体のみならず、精神にも影響を及ぼし、逆に肉体や精神も体内の魔力に影響する。
聖魔術師の平均的な性格の傾向は慈悲深く、博愛精神が強いなど、いわゆる善人と呼ばれるものであり、その為、聖魔術師であるというだけで信用される事も多い。
貴重な力と、その才能が形成する人格。聖魔術師達は、生まれながらにして人生の成功を約束された者達だった。
無論、例外はどんなものにも存在するのだが……。
「魔法の範囲外に逃れるのが一番ですが」
「今の状況では無理だ」
魔法の檻の中、動ける範囲など知れている。
「はい。ですから、かなり効果範囲が限られますが我々の魔力を限界まで放出する事で、霧の進入を防ぐエリアを作りだします。その中へと兵をいれるしか」
「どれだけ入れる」
「魔術師全員にやらせても、二百名ほどのスペースしか無理でしょう。当然馬など論外です」
「たったそれだけか」
「それだけです。闇の力も、禁忌術もそれほど恐ろしい力なのです」
「この檻からの脱出はどうする」
「内側からの破壊については、外の部隊が失敗すればという事で……」
「くっ、仕方あるまい。しかし、二百か……」
千以上の人間に対して確実に救えるのは二百名、指揮官はどうすべきか考えに考える。
「ここは鬼になるしかないか……」
覚悟を決めると、彼は早急に新たな指示を出した。
「まだ動ける者達の中で腕の立つ者達を集めさせろ、百七十ほどでいい。この集まりは決死隊だと伝えておけ」
しばらくして、指揮官の周囲が指示を受け集まった者達で埋まる。
「現状の打開策が何か見つかったのでしょうか」
「このままでは我々はみな霧の餌食に……」
魔法の霧は既にかなり拡大していた。もっとも霧に近い者達はもう後退する場がないほどである。
「わかっている。今は待つしかない。外の者達を術者のもとへと送っている。彼らが成功する事を祈るんだ」
指揮官はまだ魔術師の案をみなに知らせはしなかった。もし、知らせば己が助かりたいが為の混乱が必ず起きてしまう。霧が選んだ二百名のもとに来るまで、安全なエリアを構築するわけにはいかなかった。
「うあああああ」
「ぎゃああああ」
「助けてぇ」
前方から悲鳴が上がり始める。ついに霧が本隊を呑み込み始めたのだ。
「間違いありません。闇の魔法です」
魔術師達は霧を形成する魔力の質、属性を感じ取っていた。
聖魔法、聖魔術が神に愛された者の力ならば、闇魔法、闇魔術は魔王に認められた者の力である。禁忌の魔術ブラッドマジックとはまた違った才能、残酷で暗い資質、資格、それを持つ者に許された圧倒的な暗黒の力。
今まさに、その恐ろしさをマルダーマヤの軍勢は身を持って体験していた。
「おい!! もっと詰めろよ!!」
「押すな!! 押すな!!」
無理に下がろうとすれば当然押し合いになる。大の大人が惨めにも押し合うその姿は、俗悪な者にとって好き演戯に映る事だろう。
「くっ、ごほごほ」
「いやだぁ、ぐあぁぁっ……」
霧に呑まれた者が、苦しみながら倒れていく。
「おい、みんな!!」
「だ、大丈夫か!!」
しかし、霧に呑まれても変化のない者もいた。彼らは倒れた人間に声を掛けようと駆け寄っていく。
「どういう事だ。何故平気な者もいる」
指揮官は傍らの魔術師に問う。
「凶悪な術ではありますが、これだけの広範囲となると、さすがに威力が落ちているようです。運良く、暗黒の魔法への高い耐性を持つ者達にはまだ影響が小さいようです。しかし、長時間この霧を吸い続けても無事でいられるとは限りません」
種族が違えば、魔法への耐性は変わる。同種族であっても個体が違えば、同じく差はでる。
今回の魔法の霧に限って言えば、四人に一人は立っていられるようだった。残る者達の多くは気を失っていたり、意識があってもまともに身動きが取れず苦しそうに倒れ唸るだけであったりと惨憺たる有り様で、すでに事切れている者も中にはいた。
「まだ魔法陣に変化はなしか……。そろそろ限界だな」
指揮官は迫り来る霧を見て、ついに魔術師達に合図を送り、それを見た魔術師達は一斉に魔力を解放し、霧の進入を防ぐ空間を作り上げた。
「おお、これは……」
「何だ、何だ」
魔術師達が作り出した空間には彼らの持つ魔力の属性に沿った色が付いていた。
赤みがかったものや、青みがかったもの。
暗い霧に覆われそうな中でその場所は一段と目立つ。
「助かるのか?」
「見ろ、霧が弾かれてるぞ」
事態をまだ完全に理解してない者達が騒ぐ。
「俺も入れてくれ!!」
「俺も俺も!!」
耐性を持っており、霧に包まれながらも平気にしていた兵士達も不安感から霧が侵入できないエリアへ入り込もうとしてくる。
「お前達は大丈夫なんだってよ!!」
「そんな事わかるか!!」
「押すなよ、お前達が入れる空きなんてねぇんだよ!!」
「俺達を見捨てる気か!!」
まさに押し問答。己の命を惜しみ醜く暴れる様は、統率を重んじる軍に所属する人間のそれとは思えない。
「くそう、まだか、まだか……」
指揮官は魔方陣外の部隊の無事を、そして彼らが与えられた任務を早急に達成する事を祈るしかなかった。
「急げ!!」
魔方陣内に閉じ込められた本隊を助け出す為に、檻から漏れたマルダーマヤの兵士達百名ほどが丘へと向かう森の中を駆けていた。
あと少しで丘へとでる、といった所で彼らの前にレズリーとパディエダが立ちはだかる。
「何だ貴様ら!!」
「貴様らがあの魔方陣を利用している魔術師か!?」
殺気立つマルダーマヤの兵士達。
「まぁ似たようなものです。私達にとって、貴方方がこれ以上先へと進むのは好ましい事ではありません」
道化の言葉は先に何があるかを暗に示している。
「なるほど、やはり魔方陣の発動者はこの先か!!」
「どけ!! どかねば斬るぞ!!」
虚勢ではない。
「ふふふ、この先に行かれては困ると申したところでしょう。お通しするわけにはいきません」
「ならば斬る!!」
三人の兵士達がレズリーとパディエダへ攻撃を仕掛ける。
その決着は一瞬だった。
「ぎゃっ」
「ぐっ」
「なっ、がはぁ」
二人は左右の木々の影から不意に飛んできた矢に急所を貫かれて絶命。
残る一人もいつの間にか、そしてどこから取り出したのか道化の持つ仕込み杖の刃が心臓に突き刺さっていた。
「伏兵か!!」
兵士達は矢を放ってきた者の、いや物の正体を知り驚愕した。
木々の影に潜んでいたのは人ではなく、木彫りの人形だった。人の背ほどある人形が連弩を兵士達へ向けていたのだ。
「何だ」
「人形だと」
「ま、魔法の力なのか!?」
「魔法で人形を操るなんて聞いた事がないぞ」
混乱する兵士達を見て、満足そうにレズリーは言う。
「魔法というのは広く深い世界です。貴方方の知らぬものなどごまんと存在します。紹介しましょう、彼らは私の忠実なる僕、そしてかわいい兵隊達」
――ヒュン。
「ぎゃああああ」
見えていた二体とは別の場所から再び矢が飛んできた。
「まだ他にもいるのか」
「いったいどれだけ森に潜んでやがる」
敵の規模が不明という恐怖が兵士達を襲う。
「うああああ」
「ぎゃあああ」
後方からも叫び声が起き始める。
「囲まれているのか!!」
兵士達の動揺は、レズリーの嗜虐心を刺激した。
「一つ皆様にお伝えするのを忘れていました。私達にとって貴方方にこの先へと進まれるのも困るのですが、来た道をお戻りになられても困るのですよ。つまり、皆様方にはここで死んで頂くという事です」
「勝手な事を!!」
「かまわん、奴を殺せば人形も動かなくなるはずだ!!」
「さがるな!! 前だ、正面突破だ!!」
兵士達がレズリーへ突撃してくる。それを見てもなお道化は笑った。
「そうでなくては面白くありません。では始めましょう、皆様方の最後の宴を!! パディエダ!!」
「はいはい、わかってますよ。へへ」
パディエダは兵士達が動きだす前に、最初に殺された三人の兵士の死体へと魔法をかけていた。
「なっ」
むくりと死体が起き上がり、突撃してくる兵士達を妨害。一人の兵が突然の死体の攻撃に対応できず死亡する。
「もう一体できあがり」
パディエダがまた新たに出来上がった死体へと魔法をかけ、彼の兵隊へと変化させる。
「こいつ死体を……、死霊術なのか。貴様、魔界の者か」
「僕が何者でも君達には関係ない事さ。ここでみんな死んじゃうんだから」
「黙れ!! 人形だろうが、死体だろうが貴様ら二人を殺せば俺達の勝ちだ!!」
術者が死ねば操られる側も魔法が切れ動かなくなる、彼らはそれに賭け。実際その狙いは当たっていた。
動く死体の兵隊達にも、マルダーマヤの兵士は怯まず突っ込んでいく。
「仲間の死体を斬るのは気分が悪いが、仕方がない!!」
若い兵士が死体の首を跳ね飛ばし、レズリーへと斬りかかろうとするが。
――グサッ。
「がっ、何故だ。何故……、まだ動いている……」
首のない死体は平然と手に持った剣で兵士の体を斬り裂いていた。
「へへへ、馬鹿な奴ら。死体が動いてる時点で、頭跳ばしたところで意味ない事に気付こうよ」
「ふ、不死身なのか」
ざわつく兵士達。
「馬鹿を言うな。頭で駄目なら、腕を斬れ、腕でも駄目なら足もだ!! 例え胴だけで動いたとしても脅威にはならん」
興奮気味に話す兵士を馬鹿にするような口調でパディエダが褒める。
「良いよ、悪くない考えだ。でも、単純な事だけど君達にそれが出来るかなぁ」
「なめやがって!!」
――ヒュン。
死霊術の欠点だろうか。よくよく見れば死体の剣技が生きていた頃より劣っている事に兵士達は気付いた。注意さえすれば各部位を切断していく事も不可能ではなさそうである。
「そこだ!!」
首なし死体の右腕が跳び。
「こっちも!!」
左腕も地に転げ落ちた。
残ったのは胴と足だけの物体、それが体当たりを仕掛けてくる。
「うっ」
両腕を切断した事で油断があった。足だけ生やした死体の体当たりをもろに食らってしまう。
「ちくしょう。人様の死体を玩具のように!!」
仲間を殺した上で、このような扱いをするパディエダを兵士達は嫌悪せずにはいられない。
「ちくしょう!!」
右足をぶった斬り。
「ちくしょう!!」
バランスを崩し転んだ死体の左足も止めとばかりに切断する。
「上手い、上手い」
それを愉快そうに醜顔の男は見ていた。
「今度こそ貴様の番だ!!」
パディエダに斬ろうと接近を試みる兵士達だが。
「ぎゃあっ」
「うっ」
人形達の連弩から発射される矢がそれを妨害した。
動く死体と人形が二人の盾となり容易には近づけない。
そして死体が増えれば増えるほどパディエダの兵隊は数を増し、戦況はマルダーマヤの兵士達にとって絶望的なものへと変化していく。
「くそう!!」
「死ね!!」
そんな状況の中、二人の兵士が隙をついてレズリーとパディエダへそれぞれ攻撃を仕掛ける事に成功する。
――ヒュン。
だが、その攻撃は両方とも簡単に避けられてしまう。
「ぐあ!!」
レズリーの仕込み杖が首を掻き切り。
「や、やめろ!! うわぁぁ!!」
パディエダの右手から放たれた暗黒の矢が兵士に命中にすると、その者は黒炎に包まれ、肉体が腐敗しながら焼け溶けた。
「あの男、攻撃魔法も使えるのか!!」
「つ、強すぎる」
パディエダの増え続ける動く死体の兵隊達、レズリーの容易には接近を許さない連弩で攻撃してくる人形達。その相手だけでも苦戦しているというのに、操っている術者本人の戦闘能力も尋常ではなかった。
最初からマルダーマヤの兵士百人程度では話にならないレベル差だった。
「た、助けてくれぇ」
悪化する戦況に完全に心が折れ、命乞いをする者も出始める。
「もう遅いよ」
パディエダが残酷に告げると、レズリーもそれに続く。
「生きたいと望むなら、貴方方はもっと早い段階で戦闘を放棄し、逃げ出すべきだった。私達にとって貴方方をここから先に通さぬ事など至極簡単な事。問題はどうやって一人も逃がす事無く始末するかでした。それももう安心ですね。ここまで数が減ってしまっては」
この段階で半分ほどの兵士達がやられ、そのほとんどがパディエダの操る手下になってしまっていた。
勝ち目はなく、逃げ場もない。
闘争本能は萎えきり、迫り来る死に震える子犬状態の兵士達、レズリーとパディエダの虐殺ショーはクライマックスを迎えていた。
「まだか、まだか」
魔法の檻の中の本隊の我慢も限界に達する寸前である。
最初のうちは、黒い魔法の霧に包まれても平気だった者も続々と倒れ始め、現時点でまともに動けるのは全部で三百五十名ほど。これでは檻から脱出しても、十二指同盟連合軍との合流など不可能だった。
「やはり時間が掛かっても内から破壊するしかないのか」
指揮官が魔法陣内からの破壊に作戦を変更しようと考えたその時。
「おい見ろよ!!」
「やった。檻が消えた。奴ら成功したんだ!!」
魔方陣から空に向けて放たれていた雷の壁がすっと消え、兵士達は歓喜した。
「とにかく一時退却だ」
「城へ戻るぞ」
希望は得てして絶望へと変化するものだ。退却開始しようとした直後、その方角から百名近い集団がやってくるのを彼らは発見する。
「敵か!?」
「いや、よく見ろありゃどうもうちの軍みたいだ」
「城からの救援?」
「違う!! ありゃあ丘に向かってた奴らだ!!」
「おお、奴らのおかげで助かったんだ。派手に出迎えてやろうぜ!!」
笑顔で歓迎しようとする兵士達を魔術師達が止める。
「どうした」
指揮官は魔術師達の緊張した顔に、ただならぬものを感じた。
「檻が消滅してからここへと戻ってくるのには早過ぎます」
丘からの距離がそれほど遠いものではないにしても、時間的に不可能な事だった。
「恐らく、いや確実に魔法の檻が消えたのは相手側の意図」
「何だと!!」
相手の魔術師がもう檻を不要だと判断して消したのなら、それが意味する事は……。
「彼らを見て理解しました。彼らは暗黒の力に覆われている、もはやアレは生者達ではありません」
「失敗して、全滅していたというのか……」
「そして、死霊術によって敵の兵士と成り果ててしまっている」
つまり退路を断たれてしまったのだ。
「そんな」
「しかし退路はここしかない」
「強行突破するしかないでしょう!!」
兵士達が戦闘態勢に入る。
「あ、あれは何だ!!」
「き、霧の方からも何か来てるぞ!!」
逆方向、さっきまで進行方向だった霧に覆われていた場所。そこからも何かうごめく存在が姿を見せていた。
「て、敵?」
「味方の兵士みたいだが、様子がおかしいぞ」
褐色の肌を持つ弁髪の男を先頭に二百名以上の集団が向かって来ている。
「何て事だ……」
魔術師は言葉を失った。
「彼らもまた暗黒の力に覆われている……」
希望が消え、絶望が顔を出す。
蜥蜴の獲物達に逃げ道はない。