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人形は見ていた

 十二指同盟が自力だけで、帝国の脅威を完全に排除する事は不可能に近く、この戦、できるだけ早い段階で帝国軍に損傷を与え、大陸西部各国に参戦を促がす必要があった。

 同盟の次に、その他大勢の中小国が帝国の標的になる事はわかりきっている。彼らの帝国に対する恐れを取り除き奮い立たせるには、わずかの間だけでもよいから同盟優勢の報を届けねばならない。

 その報は、特に南西部三王国を動かす事になるだろう、そして、そこから連鎖的に各国の決断を促がし、対帝国包囲網を完成させる。これしか、帝国に踏み潰されようとしている同盟が生きる残る道はない。

 同盟側は籠城ではなく、野戦にて帝国を迎え撃つ為、各国の軍を集結させる事に同意。

 さらにダルタール王国のレアンドロ、ガザクレア王国のラウルは十二国の中でも領土が離れ、孤立気味であったパルメント王国に全領民を二人の国のどちらかに避難させ、必要ならばパルメント領土の守備義務を放棄しようと迫った。

 守るべき領地の点在箇所を少しでも減らし、敵侵攻ルートを絞る為なのだが、さすがにパルメントの国王であるボルドーはこれを拒否、同盟の各国にはパルメント王国の領土を共に守る義務があると主張した。

 すでに動いてる帝国軍の事を考えると、これ以上の説得は時間の無駄であると、結局レアンドロとラウル側が折れたのだが、そのかわりとして、各国の駐留人員は限界まで減らす事を提案、これを了承させた。

 同盟は十二ヶ国の領土を四つのグループに分け、中心としてダルタール王国とその近隣四カ国、計五ヵ国を第一エリア、そこから南の位置、ガザクレア王国を中心とした五ヵ国を第二エリア、そこからさらに南東に孤立する第十一指マルダーマヤ王国を第三エリア、第一エリアから北西に孤立するパルメント王国を第四エリアとした。

 帝国の侵攻は西からの為、注意を払うべきは、後方に隠れる形となる第三エリアを除いた、十一ヵ国、三エリアとなる。

 同盟軍は主力の展開地域について、この注意すべき三エリアに向かいやすい第一エリア西の領域、クルスク大草原に決定。

 クルスク大草原には十二ヶ国の連合軍、計二万三千が終結するはずだった。



「おい、ありゃなんだ」

 第三エリア、マルダーマヤ王国の軍は、連合主力部隊に合流すべくクルスク大草原に向かっていた。

 王都から出陣してしばらく、経由地点として第二エリアを目指している道中、行軍する部隊の先頭小隊が道脇の森からこちらを見つめる奇妙な影に気付いた。

「こんなところに帝国の斥候か?」

「逃げられるとまずい。かまわん、弓兵、撃て!!」

 小隊指揮官らしき男が指示をだすと、素早く何人かの兵士達が弓を構え、影目掛けて矢を射る。

――バキリ。

 命中したのか何か砕ける音が響いた。

「やったか?」

 射った弓兵ではなく、槍と剣を持った別の兵士達が確認の為、森へ入り影へと近付く。

「お見事、大的中ですよ」

 影の正体を確認した兵士達が呑気な声をあげた。

「動物か?」

 声の呑気さに、小隊指揮官は敵兵ではなさそうだと判断する。そして実際、兵士達が見た物は生き物ですらなかった。

「こいつですよ」

 兵士達が矢の衝撃で片足の膝から先が吹き飛んだそれを森から引き摺りだす。

「人形?」

「ですね」

 それは木でできた人形だった。

 背丈は大人ほどあるが、横幅はそれほどなく、人型ながらも、精工に人に似せたようなものではない。

「なんでこんなところに人形が」

「さぁ、どこかの商隊が置き忘れたものでしょうか」

「人騒がせな人形だ。そのへんに捨てておけ」

「はっ。ところでいちおう本隊に報告しておきましょうか」

「馬鹿か、いちいちゴミを発見する度に人を遣るつもりかお前は」

「いえ、すいません」

 この時発見した人形をもっと念入りに調べさせておけば、この先の結果は少しでも違ったものになっただろうか。それとも流れというものはそう簡単に変える事の出来ぬものなのか。

 王国の軍勢は、地獄の淵への入り口が目の前で大きく開かれてる事に、この時はまだ気付けないでいた。

 同時刻、奇妙な人形が発見された場所からいくらか離れた位置、マルダーマヤの行軍ルート、その一本道を見渡せる丘の上に三人の人影があった。

 彼らは獲物が現れるのを待っていた。

「木偶が一体しくじったようですね」

 道化の奇術師レズリーは傍にいる仲間に、彼の操る人形の異常を知らせる。

「しくじったのは人形じゃなくて、あんたでしょ」

 魔術師シユウが紫の瞳で道化を見下す。

「それで、ばれちゃったわけ? レズリー」

 醜顔のパディエダが肝心の部分を訪ねると、レズリーはいつもの調子で答えた。

「ふふ、木偶は片足をやられただけで、お馬鹿さん達、そのまま魔術師に調べさせもせずに放置してしまいましたよ」

「じゃあ、問題ないわけだ」

「ええ、パディエダ。問題なしです。マルダーマヤの兵士達は気にする事なく、行軍を続けています。しかし、この木偶はもう動かすわけにもいかないので、切り捨てますが」

「時間も予定通りになりそう?」

 今度はシユウが尋ねた。

「なりそうですよ」

「そう。ならいいわ」

「それより、奴はいるの? 目的の人」

 再びパディエダが尋ねる。

「どうですかね。そこまではわかりませんでした。あまり近付きすぎると、近衛の魔術師に私の木偶の正体を見破られる危険性が」

「どっちにしても、終わってみればわかる事よ」

 シユウがパディエダを見て言う。

「でも、いないってわかってる方がやりやすいじゃないか」

 拗ねた子供のような口調でパディエダは呟いた。


 人形の片足を射抜いた出来事から一時間近く経った後、マルダーマヤ軍の先頭グループは、行軍ルートのど真ん中で、仁王立ちする男を発見する。

「おい、お前そんなところで何をしている。邪魔だ」

 兵士達が男との距離を縮めながら大声で警告するが、男は聞こえていないのか微動だにしない。

「聞いてるのかキサマ、そこをどけと言ってるんだ」

「ここをもうすぐ後続の本隊が通過する、何をしてるのかしらんが脇に避けろ」

 そして、二人の兵士が拳の間合いに入り込むのを確認すると、褐色の肌を持つその男は深く腰を落とした。

「待ってたんだよ」

 そう言って男が、片方の兵士の腹に己の拳を叩き込む。

「ぐぁっ」

 男の一撃で身に付けた鎖帷子は砕け、兵士は前のめりに倒れた。

「えっ」

 男は打ちぬいた拳を素早く引き戻し、呆気に取られたもう片方の兵士の顎と首にも回し蹴りを叩き込む。

「がはぁ」

 訓練を受けているはずの兵士二人が、あっさりとやられる。その光景を見た、小隊指揮官は他の兵士達に命令した。

「こんな時に、ややこしい……。弓兵、殺れ。殺してしまってもかまわん!!」

 慌てて、三人の弓兵が小隊指揮官の前に出て、弓を構える。

「遅せぇよ」

 弓兵達が矢を放つ瞬間、男は前にでる、自分に向かって飛んでくる矢を恐れる事なく。

 そして器用に身を半身だけずらし、矢を回避すると瞬く間に弓兵の目の前へと近付いていった。

「速い!!」

 慌てた弓兵が次の矢を放つ前に、流れようにして、拳を二発、蹴りを一発、全て一撃で仕留めてしまう。

 その一撃を打ち込む間、男の弁髪は鞭のように風を切っていた。

「アンタがこの中の偉いさん?」

 唖然と動けぬ周囲の兵士達を気にする事無く、小隊指揮官の前に立つと、悪魔は笑った。

 それからしばらくして。

「隊長大変です!!」

 先頭の小隊が襲われている、そんな知らせが本隊へと届く。

「何だと、帝国軍か!?」

 まさかの奇襲かと焦る指揮官だったが、どうも違うらしい。

「いえ、男が一人、正面から向かってきたらしく、武芸自慢の輩かと」

「変なのがこんな時にでやがって。しかも、よりによってウチかよ。雇えるような雰囲気ではないんだな?」

「ええ、恐らく」

「とにかく、もたついてる暇はない。速く動ける者を集めて先に救援に行かせろ。馬鹿から仕掛けてきたんだ、容赦はしなくていい」

「はっ」

 まず騎兵二百ほどが集められて、急ぎ先頭の小隊の救援に向かわされた。もちろん、残る本隊もそれに続くのだが、指揮官は五十人ほどの小隊への救援を急ぐ判断を下したのだ。

 所詮は一小国の軍、帝国やロマリアと比較すれば動員出来る数は大きく劣る。対帝国に王都から出発したマルダーマヤの軍勢は全部で千五百ほどでしかなく、小隊でも失い難い戦力に違いなかった。

 千五百の軍勢のうち、騎兵は三百、そこから三分の二である二百も送った事から、救援に対する本気具合がよくわかる。相手は何十、何百もの軍隊ではない、たった一人の暴漢に二百もの騎兵なのだ。

 騎兵は馬上突撃のみならず、下馬しても高い白兵能力を持つ優秀な戦士だった。地上よりもはるかに難度の高い馬上で武器を振るっているわけだから当たり前の事である。

 つまりマルダーマヤ軍は小隊救援の為、エリート兵士二百人を送った事に等しく、誰もが暴漢などすぐに片付くだろうと思い込んでいた。

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