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耐える意味

 ローラントはオイゲンやジェイド達から説明を受けた後、宿泊の為に用意された一室へと案内された。

 部屋は豪勢な装飾が施されており、一人で泊まるには広すぎるぐらいである。

 そこで夕食を取った後、再びジェイドからさらに細かい説明を受ける事になっていたのだが、その前に、彼が引き連れてきたロマリアの兵士達へ、今回帝都まで呼ばれた真の目的を伝えなければならなかった。

 ローラントはまず、重臣達の中でも一番信頼を置いてるカルロを呼び出し、話す事にした。

「どう思う」

「従うしかないでしょう」

 カルロは難しい顔をしながら答えた。

「チャンスとは考えられぬか」

「まったくないとは言えませんが、リスクが高く、リターンが悪すぎると思います」

「やはりそうなるか」

「たしかにこの一戦、我々が裏切れば、東南部平定には失敗し、帝国にとって痛手となるでしょう。それが帝国の崩壊へと繋がる可能性すらあります」

「しかし、それは我々の死にも繋がる」

「ええ。この五千の命でロマリアが救われるのならばやるだけの価値はあるやもしれません。しかし、現実的に考えれば、王を失い、優秀な重臣達をも失ったロマリアが残っても、帝国の崩壊が生む荒波から、耐え切れるとは思えません」

 ローラントが今回引き連れた五千の中身は、先の戦争での大打撃を受けて再編成中の各師団から、優秀な指揮官、部隊を選抜し作った精鋭中の精鋭の混成部隊だった。

 カルロをはじめとして、失うわけにはいかない重臣達も数多く参加している。もちろんローラント王もその中に入る。

 その五千人を犠牲にしてまで裏切り、帝国を崩壊させるべきだとはカルロには考えられなかった。

「それに、逃げられる可能性も大きいか」

 ローラントが溜め息をつきながら言った。

「帝国も我々が裏切る可能性が零だとは思ってないでしょうし、その為に五千という数を指定し、陛下自ら指揮せよと命じてきたのでしょう」

 この五千にローラントがいる事が、帝国側の大きな保険である。イリスという人質だけでは不安だったからこそ、もし戦場で裏切れば、王とその一人娘を抹殺されるという状況を作り出したのだ。この状況で反乱を決行するのは並の精神力の兵士達では出来ない。

「うむ。それにどうやら今回はできるだけ少ない戦力で済まそうとしているようだ。金の面もあろうが、万が一に備えてもいるのだろう」

「ここは耐えるしかありません、陛下」

「わかった」

「では、今からでも私が他の者達にこの話を」

「ああ、そうしてくれ。本来は私がすべきなのだが、この後も話があるそうなのだ」

「はい、失礼します」

 席を立ち、退室しようとカルロだったが、ふと足を止めて振り返った。

「そういえば陛下、イリス様はお元気でしたか?」

「ああ、何とかやっていけてるみたいだ。それほど疲弊してるというわけでもなさそうだったよ」

 ローラントは軽く笑いながら答えた。

「そうですか、それはよかった」

「ただ……」

 何か言い淀むローラント。

「どうかなされましたか」

「うむ、あやつが少し気になる事を言ってな」

「気になる事?」

「グリードという男は、それほど悪い人間ではないと」

「悪い人間ではない、ですか……。イリス様はお優しい方ですから。どんなに欠点が多い者であっても、良いところを見つけなさろうとされる」

「私も最初はそれだけの事かと思ったんだが、詳しく話を聞くとそう単純な事でもないらしい」

「と、申されますと」

「子供みたいな奴なのだと」

「子供ですか……」

「式を挙げてから、一月ほどはあやつに対する扱いもぞんざいなものだったらしい。それが、いろいろあって今では、非常に気に入られてるみたいでな」

「お若いですが、美しい方ですし、特別不思議な事とは思えませんが」

「まぁ、グリードが娘を気に入った理由は重要ではないのだ。それからの態度というのが、子供のように甘えるのだと。政務はほとんど将軍達にまかせて、ほぼ一日中、離れようとせんらしい」

「悪人も気に入った者には違う顔を見せるものです。たしかグリード帝の母親は早くに亡くなっていますし、その影響でしょうか」

「うむ。そうやって見せる一面がひどく幼稚で、脆いと感じているようだ」

「つまり、これまでの行いは、生まれながらの悪人が起こしているようなものではないんだと」

「そうらしい」

「しかし、仮にそうであっても、やっかいな問題には変わりないかと。過程がどうであろうと、あの男がひき起こした結果は許されざるものです」

「わかっている。だが、会ってみた印象と、イリスの話を併せると、真に注意すべきは別の人間ではないかと思えてな」

「別のですか」

「ジェイドだ」

 ローラントがその名を口にすると、カルロも頷いた。

「確かにあの隻腕の男は噂以上に危険な存在かもしれません」

「ああ、あの男の目には深すぎる狂気が潜んでおった」

「講和の時の話も少し異常すぎました」

「そうだ。……奴は近頃皇帝の信頼を得てか、帝国軍内で急速に力をつけているみたいでな」

「そのようで」

「今回の戦も、全軍の指揮を将軍のオイゲンではなく、あの男が執る事になっているようだ」

「世代交代でしょうか」

「いや、そういった感じには見えなかった」

「となると、将軍派とジェイド派の確執、主導権争い」

「確かに言える事は、ジェイドが将軍をよくは思ってないという事だろう」

「グリード帝はどうなのでしょうか。将軍よりもジェイドの事を?」

「わからんが。グリードという男が、突然力だけで成り上がってきた者を完全に信用するとは思えん」

「対抗として将軍の影響力は維持させると」

「ああ、二つに割れるのやもしれんな。帝国軍は」

「では上手く、確執を利用できれば……」

「理想ではあるが、我々ができる事などほとんどないだろう。ただ与するなら、私はオイゲンという男につく方がよいと考えている」

「将軍オイゲンなら帝国を変えられるでしょうか」

「彼ではブレーキになる事が精一杯だろうな。帝国を変える事が出来るのは皇帝、グリード自身以外にはおらん」

「滅すしかないと」

「そうなるだろうが……」

「何か」

「イリスなら、娘なら万が一にでも、グリードを変え、帝国を変えられるかもしれない」

「イリス様ですか」

「少し親馬鹿がすぎるかね」

 ローラントが自嘲気味に笑った。


 カルロは国王との話し合いを終えると、帝都郊外に滞在させたロマリア兵五千人のうちから、主だった重臣達、旅団、大隊、中隊、小隊指揮官といった者達を集め、緊急の発表を行った。

 その伝えられた内容に、彼らはみな驚き、激怒した。

「まるで、部隊全員が人質ではないか」

「やはり汚い奴等だ。最初からおかしいと思ってたんだ」

 帝国に協力する事も不快ではあるが、何より彼らが許せなかったのは、指揮系統についてである。

「今回の戦、我々が正式にジェイドの指揮下に入るとはどういう事ですか!! こちらは国王陛下が直々にご出陣なさられる、つまりそれは、陛下に下につけと命じてる事になるのですよ!!」

 帝国の一師団長に過ぎぬ男の下に一国の王がつく形となった、それは己の無力を痛感しているローラントはともかく、彼が率いる兵達にとっては想像を絶する屈辱だった。

「その通りです。帝国は我々を試し、宣言している。それでも今は、我々はそれに従うしかない。陛下も、耐えておられるのです。貴方方もここは堪えて頂きたい」

 カルロは険しい顔で言い放った。

 彼の話を比較的年を食った者達は、自分達の置かれた立場をよく理解しているらしく、渋い顔ながらも黙って聞いているのだが、若い者達の中にはそれでも不満を口にする者がいた。

「この決定に従えぬというのなら、それはつまり、陛下の身に危険が及んでもかまわないという事ですか」

 カルロが問い詰めるような鋭い目をして言った。

「そんな意味で言ってるのでは……」

 若い者達も王の身の事をだされると強くは反抗できない。

「それだけではない、ここには大勢のロマリアの財産が、未来の導き手となる者達が集まっています。その者達をみな危険にさらす事になる。陛下はそれを危惧しておられました」

「我々の事を考えて……」

「そうです。そしてそれがロマリアの為でもあるからこそ、陛下を耐えておられる。我々がすべきは無闇に剣を振り回し、その刃を帝国に向ける事ではないはずだ。ロマリアの未来の為に、陛下の為に耐え、己を磨き、機会を待つことです。それが百年、二百年先の話となろうと、我々は耐えなければならない。違いますか?」

 カルロの迫力に押され、もう異論を言う人間はいなかった。誰もが、ロマリアの現状は痛いほどに知っていたのだ。

「では各自、下の者達を集め、至急この事を知らせて下さい。明日の早朝には、動きだす事になるでしょう。今夜はもう遊んでる時間などありません」

「はっ」

 慌ただしく、指揮官達が自分達の陣に戻っていく。

 今回の帝都への行軍、ロマリア兵達の中で、噂になっている帝国辺境の反乱鎮圧ではなく、十二指同盟との戦争に巻き込まれるなどと予想出来た者は一人もいない。

 初めてそれを知らせた時に彼らの内に浮かんだのは、一体どんな思いだったのだろうか。

 怒りか、憎しみか。それとも、もう二度と帰れぬ事になるやもしれぬ故郷についてであろうか。


 翌日早朝、帝都から軍旗をはためかせ出陣する集団があった、その数総勢二万五千。

 全軍の指揮権はジェイドに与えられ、その指揮下に彼の第二十師団、トンボの第三十師団、ハンスの第三師団、ミロスラフの第四師団、そしてローラントのロマリア軍五千が入る形となっていた。

 ジェイド、トンボの師団はともかく、ハンスとミロスラフの師団が選ばれたのには、彼らが単純に精鋭であるという事だけでなく、ロマリア戦後の他師団の戦力低下という問題が関わっている。

 ロマリア、公国との戦争には、緊急的に徴兵した兵士も数多くいた為、講和成立後、臣民の不満を少しでも減らす為、彼らの残り期間を免除する必要があったのだ。免除された者達の中には、あっさりとそのまま故郷に帰る者達もいれば、もう大きな戦争はないだろうと給金目当てにそのまま残る者もいた。

 しかしここで問題となるのは、地方などから集められた剣や槍要員の若者達ではなく、ギルドから脅してでも無理に集めた魔術師達の方である。彼らに関してはそのほとんどが帝国の莫大な資金の見返りや説得工作も虚しく、軍を去り、それどころか家族や弟子達を連れて帝国領外へと去ってしまう者も少なくはなかったのだ。

 こういった事情もあり、帝国軍全体してはロマリア戦時より、戦力低下してしまっていた。

 その為、帝国上層部は最精鋭とも言うべき四師団とロマリアの精鋭五千を対十二指同盟戦に投入する事にしたのである。

 投入兵数を五師団規模としたのにもいろいろと事情があった。

 まず第一は、当然この規模で小国連合に過ぎない十二指同盟には勝てると考えていたからだ。同盟側最大規模の兵を誇るであろう、第一指、若き国王レアンドロが統治するダルタール王国や第二指、ラウルのガザクレア王国でも四千ずつが限度であり、その他の国々では二千用意できれば上出来。どれだけ多く見積もっても、総勢三万以下になる。

 攻める帝国とは違い、守備側の同盟は点在する各国領土を守らねばならない。全ての兵を集中的に投入できるわけはなく、守備要員はどうしても必要となる。そう考えると、数でも五分、もしかすれば二万五千でも帝国側が多いぐらいになる事もありえる。帝国の勝利は確実のものだ。

 第二は、この戦いで得られる領地や金銭の量。勝ち続けても、兵士達には見返りとしての報奨をださねばならないし、装備、兵糧の負担も馬鹿にならない。赤字続きでは、強い軍を維持できず、戦争に勝ったはいいが、軍が崩壊したなど笑い話にもならない。

 第三は領内の反体制勢力の存在や、帝国の軍事行動に刺激されて他の周辺国が同盟側に付く可能性から、睨みを利かせる部隊も残さねばならない事だ。

 これら全ての事情を考慮し、総合的な判断によってこの二万五千という規模が決定されたわけである。

 しかしながら、帝国の全軍投入を防げた事は十二指同盟側にとってはやはり大きい。

 数字上で同数近くならば、一部の戦意の低い国の直前離脱を防止できる。

 四万、五万という数でこられれば勝ち目がないどころか、戦う前から内部崩壊しかねない。

 レアンドロの案だった反乱工作が効いた形となったのだ。

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