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価値

「おい、四二〇旅団の奴等が戻ってくるぞ」

「あれっ、何か問題でもあったかな」

 バスティアンの護衛軍は本陣に戻ってくるジェイドの部隊を奇妙に思いながらも、何の警戒もなしに迎え入れようとしていた。

「血が……、どうかなさいましたか」

 護衛兵の一人がジェイドの服についた血に気づき尋ねた。

「少し問題が起こりましてね。陛下に至急伝えなければいけない事があって戻りました」

 ごく自然に答えるジェイドに対して、護衛兵はバスティアンとの謁見を渋る。

「それはちょっと……、いちおう師団長級の方以外は通せない決まりになっていますので」

「今は緊急事態だ、そんな事も言ってられないでしょう」

「しかしですねぇ……。私達の方から陛下に伝えますので用件を伺いましょう」

 ジェイドは小さく溜め息をついた後、護衛兵に用件を伝える。

「仕方ない。そうですねぇ……、力無き皇帝は賊にも劣る、とでもお伝え下さい」

「は?」

 護衛兵はジェイドが何を言い出したのか理解できなくて混乱した。

「やはり自分で伝える事にしましょう」

 空気が変わる。

 ジェイドは剣を抜き、手練であるはずの護衛兵を一瞬の内に斬りつけると、部隊に指示をだす。

「行け!! バスティアンを討って新皇帝に我々の力を示すのだ!!」

「オー!!」

 武器をかかげ襲ってくる男達の姿を見て、ようやく護衛軍はジェイド達が裏切った事を理解したのだった。


 その頃、帝国本陣では苛立つバスティアンの姿があった。

「どいつもこいつも、使えぬ奴等ばかりだ!!」

 軍才のまったくないバスティアンでも、帝国軍がまずい状態にある事ぐらいはわかっていた。

「どうにかならんのか!?」

 それでも負けを認め撤退などはしたくないバスティアンに対して部下達も撤退の進言をするのはなかなか難しかった。

「厳しい状態です」

 決して負けや撤退という事は口にできない事が、余計に部下達の焦りと破滅への予感を感じさせ空気を重くさせている。

「そんな事みればわかる!! どうにか出来ないのかと聞いているんだ」

「この状況では打つ手は限られているかと。一度戦場を離脱し、軍の立て直しの為に帝都から北へしばらく進んだ所にあります、ノードに移動しましょう」

 一人の部下が重い口を開きようやく事実上の撤退の進言をした。

「ノードだと!? 帝都を捨てろというのか!! 皇帝に都から落ち延びろとでも言うのか!!」

「落ち着いて下さい、陛下!! 落ち延びるのではなく一時的に帝都を離れ、ノードで軍を立て直すだけです」

 激怒するバスティアンをなだめようとするが効果はない。

「馬鹿な事をいうな!! 一時だろうが何だろうが賊どもに帝都を明け渡す事などできるわけがあるか!!」

 部下の首をはねかねない見幕で怒鳴るバスティアンの元に一人の兵がやってくる。

「大変です!! 四二〇旅団が反乱を起こし、護衛軍と戦闘に入りました。陛下も急いで避難してください!!」

 それは、バスティアンの破滅が近い事を知らせる使者であった。


 ジェイドは本陣に向けて猛烈な速度で攻め上がる。手練揃いのはずの護衛軍ですら彼にまったく歯が立たず、次々と倒されていく。

「止めろ!! 奴をこれ以上先に行かせるな!!」

 ジェイドの馬の進路に入り妨害しようとしても、ひょいと軽くかわされ、すれ違い様に斬られるだけでどうしようもなかった。

 驚異的な強さを持つのはジェイドだけではない。彼の相棒である大男も護衛軍では止める事ができなかった。

「おら、おら!! てめぇらの相手は俺様だぜ!!」

 トンボは敵陣ど真ん中で馬から飛び降りると、自慢の巨大な鈍器を振り回し始める。

「うわぁぁ」

「うぎゃああ」

 幼子が人形をなぎ払うように、簡単に大の大人が吹き飛ばされいく様は護衛軍にとっては悪夢そのものであり、逆に四二〇旅団の兵達にとっては非常に頼もしいものであり士気の向上につながった。

「バケモノめ!!」

「フン!!」

 必死に襲い掛かる鎧に身をつつんだ兵士の腹をトンボは素手で殴り飛ばす。

「ぐはぁ……」

 数メートル先にまでその兵士は吹き飛ぶ。

「おい……、う、嘘だろ」

 完全に意識のないその兵の側にかけよった護衛兵は言葉を失った。鉄で作られた鎧はぐしゃりとへこみ、無惨なものとなっている。

「ほらほら、次の奴はどうした!! どんどんかかってこい!!」

 鉄の鎧を素手で殴っても平然としている大男を見て護衛兵達は絶句した。

「こんなやつ等に勝てるわけがない……」

 護衛兵達は完全に戦意を砕かれていた。


「な、何だ!?」

「奇襲か!?」 

 前線で戦う帝国軍は本陣で起こりはじめた異変に気づく。だが、彼らにはどうする事もできなかった。反乱軍の攻勢が強まる中、無理に前線から退く事は非常に危険であった為、護衛軍の活躍に期待するしかない状況であったのだ。

 敗色濃厚の中でのこの出来事はさらに帝国兵の士気を下げた。若い兵士の中には戦場から逃亡しようとする者も出始め、帝国軍の多くの部隊はほとんど統制が効かない状態になりはじめていたのだった。

 そんな帝国軍の様子に反乱軍側も異変を察知する。

「妙だな。何かあったか、それとも……」

 帝国兵達の罠かもしれないとミロスラフは考えたが、帝国側がいまさら何か策を打てるとは思えなかったし、ファビアンの援軍に駆けつけたガエルという男は頭のきれる男ではない。どのみち、一気に片をつけるこのチャンスを逃すわけにはいかないのだ。今後ロマリアと戦いになる事も十分に考えられる。時間をかけたくはない。罠を恐れるあまり敵を逃がし、どこか城に籠城される事は避けなければならなかった。

「帝国兵は完全に狼狽しているぞ!! この戦、我々の勝利だ!! 敵本陣まで一気に押し上がれ!!」

 そう叫ぶミロスラフの傍らにはファビアンの死体が横たわっているのだった。


 

 撤退を渋るバスティアンをようやく説得し、避難させようとする男達は近くで人と馬が悲鳴をあげるのを聞いた。

「もう、来たのか。陛下お急ぎを」

 バスティアンは部下の言葉に頷くと、何人かの屈強そうな兵士に連れられ戦場を離れようとした。だが……。

「バスティアン!!」

 声が聞こえたかと思ったその瞬間、短剣がバスティアンの乗ろうとした馬の急所に突き刺さる。

「貴様!!」

 あわてて兵達が向けた視線の先には一匹の獣がいた。いったい何人の人間を斬ってきたのだろうか。全身を血で赤く染め、異臭を放つその生き物は、息を切らしながらバスティアンを睨みつけている。

「ジェイド、貴様トチ狂ったか!!」

 バスティアンの部下が怒声をとばすが、ジェイドは何の反応もしめさない。

「ゴミ虫が調子に乗りおって、お前達この馬鹿をはやく殺せ!!」

 バスティアンの命令に一斉に何人もの男達がジェイドに襲いかかる。何本もの剣や槍がジェイドを斬り殺し、突き殺そうと迫っていく。

「ぐ、くそぉ……」

 しかし、血しぶきをあげ倒れたのはジェイドではなく帝国兵達の方だった。

「馬鹿な……」

 バスティアンは自分の目の前の出来事が信じられない。彼らはみな帝国選りすぐりの戦士達なのだ、その者達が息を切らしながら転がり込んできた男に一瞬で倒されてしまった。

「貴様の命運もこれまでだな」

「ま、待て!!」

 その声を無視し、ジェイドはゆっくりと怯える男ににじり寄る。

「金か、女か、お前が望むものならなんでもやろう!!」

 悲痛な叫びを聞いてもジェイドは歩みを止めない。

「蜜の枯れた木には虫も寄り付かない。今のお前に何の価値があると思う」

 腰をぬかし座り込むバスティアンの目の前にジェイドが立つ。

「待ってくれ!!」

「力なき皇帝は賊にも劣る、いや虫けら以下だ」

「命だけは!!」

「お前が出来る事は新たな皇帝にその首を差し出す事だ」

「ま、待ってく!? ……ガハッ」

 命乞いをするバスティアンの腹をジェイドは血塗れの剣で切り裂く。

「あ、あぁぁ……」

 ジェイドは次に声にならない声をあげ、のた打ち回る男の片足を切り落とした。

 痛みで意識を失ったか、それとも死んでしまったか。バスティアンは悲鳴すら上げず動かなくなる。

「無様だな」

 そう呟きジェイドは持っている剣をバスティアンの首めがけて振り下ろした。

「ジェイド様!! ご無事でしたか」

 ジェイドがバスティアンの首を切り落とした丁度その時、若い兵士が現れた。どうやら自分の所に配属されたばかりの新兵のうちの一人らしい。

「こ、これは!?」

 散乱する死体の中から転がる首を見つけ、兵士は驚いた表情になった。その顔を見て、ジェイドは冷静に言い放つ。

「何を驚く、目当ての獲物を狩っただけだろう」

「え、ええそうですね」

「それより、護衛軍の方はどうなってる」

「トンボ様の活躍もあって何の問題もないかと」

「そうか、ならいい。狼煙をあげろ。愚かな帝国兵の為に奴等が敗北した事を教えてやるとしよう」


 高々と立ち昇る煙は両軍に戦いの終わりを告げた。

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