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呑むか、呑まぬか

 人捨て場の中心街にある一画、崩れかけた教会に彼らはいた。

 一人の男が、彼らの前に立ち口を開く。

「全員揃ってるな」

 鋭い目をしてはいたが、その顔は能面のように顔だち端麗でどこか無表情でもある。

 彼がこの集まりのボス、そして人としての名前を捨てた男。

「おいボス。こいつはどういう事だい。この街での仕事は終えたはずだ。何か俺達に不手際があったのか? このくせぇ街にこんなに早くまた来る事になるなんてよ、最悪だぜ」

 組織の頭に、不機嫌そうに真っ先に食って掛かる人物。

 褐色の肌に弁髪の頭、筋肉質でありながらもスマートさを感じさせる長身のその男に、美しき紫の瞳を持つ少女が続く。彼女はこの人捨て場に来て早々、絡んできた大男を一発の魔法で葬ったあの少女である。

「ヒューゴの言う通りね。ここは本当に最悪。集まるにしても他じゃ駄目なわけ?」

「お二人さん。彼が必要も無しに、一度拠点として使った街を短期間で再び使用する事などありえないでしょう。ねぇ、パディエダ」

 悪態をつく二人を見かねてか、少女と同じく街で一人の男を殺したばかりの道化の奇術師が言った。

 道化に話を振られたのは気味の悪い青年だった。前髪が目をほとんど覆っており、顔面は焼け爛れた後のようにひどい肌で、身に着けている衣服も臭いこそあまりしないもののボロボロだった。

「どうして僕に振るのさ。どうでもいいけど、僕はシユウが嫌なら反対するよ、レズリー。だって、だって、ヘヘッ、ヘヘヘ」

 パディエダが美しい少女シユウをニヤつき見た。

「キモッ」

 見られた方は隠す気を微塵も感じさせぬ嫌悪の視線を返す。

「静かに……。あなた方がどう思おうと、何を考えようと、頭の命令は絶対。それを忘れてもらっては困りますな」

 どこからともなく老人がぬっと現れて、不平不満を言う者達に警告した。

「アーロン、何もボスに逆らおうって話じゃない。説明してくれってことさ」

「ヒューゴ、いつ俺が説明しないと言った。お前達が勝手に騒ぎ、時間を無駄にしているのだろう?」

 蜥蜴の頭が、尻尾の目を見て言った。

「へっ、悪かったよ。どうぞ話を続けてくれ」

 ヒューゴ以外の者達も、彼らのボスの言葉を聞く気になったらしい。

 蜥蜴の頭は彼らをいちべつした後、ゆっくりと語りだす。

「この掃き溜めに再び集まってもらったのは、新たな顧客、その可能性を持つ男が指定してきたからだ。ここが会うのに一番都合がいいと」

「新しい顧客との接触の為? でも、それってアーロンの役目でしょ? どうして私達まで」

 シユウはシンプルな疑問をぶつけた。

 蜥蜴という組織の玄関口は、長年アーロンという老人が担当していた。それこそ、今の蜥蜴の頭が生まれる前より、その役をこなしてきていた。

 顧客達、つまり組織に様々な汚れ仕事を依頼する亡者達を選別し、組織が、蜥蜴の頭が許容する仕事だけを受け、伝える。

 判断の基準はいくつかあるが主だったものとして、組織の隠密性を大切にしている蜥蜴のメンバーの素性を探らず、秘密を守り、仕事の過程においては信頼し、任せる器量のある人物かどうか。それを経験と勘から適切に判断し、不合格の依頼者は時にその場で抹殺される。

 当然、危険な役割であるし、また組織からの人をみる目に対する信頼が無ければ務まりはしない。

 多くの場合、アーロンはたった一人でそれをこなしてきた。

 今回のように、急に全員を集めるのは大変珍しい。

「それも男からの指示だ。全員の顔を確認しておきたい、それが仕事を依頼する条件だと」

「依頼の条件だって? ちょっと待ってくれボス、受けるかどうかはこっちが判断する事だろ?」

 苛立ちを隠さぬ口調のヒューゴ。

「ああ、そうだ」

「だったら、おかしいじゃねぇか。そんなの話にならない。会うも何も断るしかないだろ、そんな話」

「会うだけ会ってから考えた方がいいと判断した」

「ボス、シユウはともかく俺らは顔を気安く売ったりできない商売だって事、よくわかってるはずだろ?」

「ああ」

「だったら……」

 ヒューゴは、そこで言葉を止めた。

 彼を見る目が、それ以上喋るなと語っていたからである。

「私は貴方の判断を疑いはしません。ただ一つ、興味があるので教えて頂きたい。これから会う顧客の正体と、誰がその話を持ってきたのか、つまりその顧客と我らを繋ぐルートを持った人物が誰なのか……」

 道化レズリーは、尻込むヒューゴを無視して頭に尋ねた。

「無論、それも話す。……今回の顧客はかなりの大物だ。上手く関係を築ければ、組織に大きな利益をもたらす」

「して、その人物とは?」

「オートリア帝国帝国軍第二十師団師団長ジェイド」

 その名に、ヒューゴとシユウはわずかであっても驚きの色が顔にでていたが、レズリーはまったくといって良いほどに無反応で、不自然で不気味な笑みを浮かべたままだった。

「なるほど、合点がいきました。その名がでてきたという事は、当然繋ぎ役となった人物は彼ですね」

「ああああ!!」

 ヒューゴが突然大声をあげた。

「トンボ……」

 ヒューゴが巨漢の化け物の名を口にしながら鬼の顔となる。

「そうだ。恐らく奴だろう」

「恐らくってどういう事だい、ボス」

「実際にアーロンが接触したのは、下っ端の帝国兵だった。恐らくジェイドかトンボの指示を受けてだろう。彼は内容も知らぬであろう紙切れを運んできただけだった」

 蜥蜴の頭の話を聞いていたアーロンが静かに頷き肯定する。

「中身は単純。日時と場所、お前達全員を集めておく事。了承するなら、運んできた兵士を始末しろという事。もし、兵士が帰還すれば、要求を断ったと判断して、蜥蜴を掃討するという事も書いていた」

「なめやがって、上等じゃないか。帝国軍の師団長だろうがなんだろうが、ぶっ殺してやる」

「ヒューゴ、俺の話を聞いてなかったのか? 俺は会って判断すると言ったはずだ。それに、判断するのはお前じゃない」

「だけどよボス!!」

「ちょっと待ってよ」

 シユウが二人の会話に横入りする。

「さっきから何か盛りあがってるけど、いったい何事。ジェイドって奴の話なら聞いた事あるけど、トンボって誰だっけ。えらくヒューゴは気にしてるみたいだけど」

「僕は二人とも知らないなぁ。だって興味ないし、クックックック」

 シユウには彼らがこれほどまでに反応する理由がわからなかった。たしかに顧客達の中でもジェイドがかなりの大物となる事は間違いない。

 それでも、蜥蜴の歴史は長く、修羅場も一度や二度の話ではないのだ。彼女よりもずっと長く、この世界にいるヒューゴがそこまでの怒りを露にし、蜥蜴の頭がふざけた内容の手紙をだした人物に従い、メンバーを集めたのも不自然に思える。

 パディエダにいたっては、その理由すら別に知りたくないといった様子だった。

「トンボは今、ジェイドと同じく帝国軍の師団長となっている人物だ。だが、部隊の運用に関してはほとんどジェイドが行っており、戦場だけの形だけの司令官となっている」

「ああ、何か思い出したかも。素手で兵士を薙ぎ倒すとかいう男だっけ」

 少女は脳内からかすかな記憶の欠片を探り当てる。

「そしてこの男、元蜥蜴の人間だ」

「何よそれ……」

 頭の言葉はシユウには衝撃だった。

「元ってどういう事? 蜥蜴に一度属したなら、死ぬまでその尻尾でしょ。なのに、何で今そのトンボとかいう奴がいないのよ」

「抜けたのさ」

 ヒューゴが言った。

「抜けたって……、そんな事出来ないのが、この蜥蜴でしょ。いったい何を」

「ふふふ、シユウとパディエダ。お二人が来るより昔に彼はこの組織に属していました。そして、去っていった。大きな事件を起こして」

 レズリーが笑う。まるで、良い思いでを語るように。

「事件?」

「この組織の掟。一度属せば、死ぬまでその尻尾。それは昔から変わらぬものです。ただ彼の場合、抜ける為に先にしかけてきた」

「組織の人間を襲った?」

「ええ、その時に当時いたメンバーがたくさん死にました。たくさん、ね。ふふふ」

「たくさんって……」

「六人だ。全部で六人もやりやがったあの腐れデカブツ」

 ヒューゴが吐き捨てる。

「六人って……、今の蜥蜴が全員で六名よ」

「ああ、壊滅さ。当時は今より人数がいたが、それでも大失態だ。大半の人間が殺されたあげく逃げられたわけだからな」

「……不様ね」

「ふふふ、当時は先代の影響か、メンバーの選考が少々荒かったですね。一本の尻尾にそれだけの人数が黄泉送りとなってしまいましたよ。そして、先代も……」

「そこまでされて、どうして野放しにしているわけ? 居場所はわかっていたわけでしょ」

 裏切り者は地獄の果てまで追いかけ抹殺する、それがこういった組織の鉄則である。それを破り放置するとは……。

 シユウには呆れと怒りの感情が生まれていた。

「奴は強い、それに新しい棲みかがやっかいだった」

 ヒューゴが苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「早めに始末しておかないから手遅れになったんじゃないの? 今じゃ形だけでも軍のお偉いさんでしょ、馬鹿らしい」

「追っ手も何人か出したんですがね。まぁ、みなさん見事にやられてまして。ふふふ」

「俺の判断で中止させた」

 蜥蜴の頭に注目が再び集まる。

「中止させたってボス……。先代って事はアンタの父親も殺されてるんでしょ。それでいいわけ?」

「優先すべきは組織の存続だ。それに支障がでると判断して中止させた」

「裏切り者を生かす方が支障がでてるんじゃなくって?」

「そう考えるなら、今回はけりを付けるチャンスでもある」

「そうだ、ボス。こいつはなめた挑戦状だ。今なら殺れる。俺だってあれから強くなった」

 興奮するヒューゴに頭は首を振る。

「いや、それを判断するのも会ってからだ。これは決定だ」

「なっ……」

 ヒューゴ、シユウの表情には不満がありありと見て取れる。しかし、逆らう事は許されない。

 レズリーは二人の様子を見てひとり笑い。アーロンは無表情に、パディエダは退屈そうに眺めているだけだった。



 ジェイドはやって来た、蜥蜴と接触する為に掃き溜めの街へと。

 ここに来るのは、初めてではない。

 久しく訪れなかった街の風景は、見た目に多少変化はあれど、昔と等しく荒れ果てていた。

 嫌いではない。だが、好みでもない。

 しかし恐らく、この風景は人が辿り着く終着点のうちの一つなのだと彼は思った、昼間なのに薄暗い、そんな廃墟に囲まれた空き地に一人立って。

「お待たせしてしまいましたか、ジェイドさん」

 前方から男が歩いてくる。

 ゆっくりと、ゆっくりと歩いてくる。

 表情はリラックスして自然体のように見せてはいるが、ジェイドにはわかる、男がひどく警戒している事など。

「丁度だ。……しかし、どういう事だ。全員で来て欲しいと伝えているはずだが」

 男が立ち止まる。

「安心して下さい。今に揃いますよ」

 その言葉が嘘だと、ジェイドは知っていた。

 何故なら、自身を見つめる目が、男のそれ一つではなく、周囲から五つ、そのうち一つは非常に近い場所にある事を察知していたからだ。

「ああ、そうしてくれると助かる。六人全員揃うまで、話は無しだ」

「驚いたな。組織の構成人数まですでに把握されてるとは」

 ジェイドはそこまで知ってはいない。ここにいる目の数を数えただけであり、かまをかけたわけだ。

 そしてこの男の反応が真のものならば、蜥蜴は警戒しながらも、ジェイドの話にのる可能性がある事を示している。

「勘違いしないで貰おうか、蜥蜴の諸君。俺はいつでもお前らを消せる。お前達の選択肢は二つ、ここで死ぬか、駒として生きるかだ」

 『諸君』、つまりは男意外の存在にジェイドが気付いている事を知らせていた。

「なるほど、さすがは帝国の師団長。あなたを囲む目に気付きましたか」

「御託はいい。さっさと全員出てこさせろ。お前が蜥蜴の頭だろ?」

 雰囲気でわかる。持っているものでわかる。目で、息遣いで、口調で。

 わかる。

 ジェイドほどの者には、一目でそれが暗黒街でも恐れられる存在『蜥蜴』の頭だという事が。

「狂乱の貴公子様はもう少し品のある話し方をすると聞いていたんだが……」

「必要のない相手に、飾った言葉はいらんだろう」

「ごもっとも、では飾りはなしでいきますか。……駒を操るプレイヤーの実力は駒の生き死にを左右する。だから俺達は知りたいんだ。……試させてもらうよ、ジェイドさん」

 空気を切りながらそれは駆け抜けた。

 一体どこから、正確にはジェイドにすら判断しきれない。

 それは、神速の足捌きで距離を詰めると、ジェイドの背に刃先を向けた。

――ブシュウ。

 赤い液体を噴き出しながら首は舞い、地に落ちるとごろごろと転がった。胴はボトリと倒れ身動き一つしない。それは、老人の亡骸となったのだ。

「殺意があった……。次に斬るのは、手足か胴か、それとも頭を斬ってしまった方がいいか?」

 もう一度小さな異変があれば、ジェイドは迷わず目の前の男に斬りかかっていた。

 だが、仲間の一人を失った蜥蜴の頭は敵意を見せるどころか、ジェイドにひどく感心するような表情を、その能面づらから見せた。

「素直に驚かされたよ、ジェイドさん。アーロンは長年、蜥蜴としていくつもの修羅場をくぐり抜けてきた。老いたとしても、そこらの雑魚とは違う」

「思い上がるな。所詮は蜥蜴の尻尾。俺は鬼すら殺れる」

「狂鬼士ガエルか。老いても鬼は、鬼でしたか」

「ああ、そしてお前達は所詮蜥蜴だ。どんなに夢見ても竜にはなれない」

「俺達は別にそんなものになりたいわけじゃない。それに、その所詮は蜥蜴の俺達の力が欲しくて、貴方はここに来たわけだ」

「ゲームを進めるのに駒の種類は多い方がいい」

「貴方が良いプレイヤーだってのはよくわかりました。俺としても、その下で働くのは大歓迎。ただ……、一つ条件がある」

「思い上がるなと言ったはずだが?」

「たいした条件じゃない。男を一人殺らさせて欲しい」

 それが誰を指すのかジェイドにはわかる。

「トンボか」

「ええ」

 しばらく考えを巡らすしたジェイドだったが、その結果出てきた答えは蜥蜴にとって最良と言えるものではなかった。

「殺す事自体には反対しない。ただし……」

「ただし?」

「今すぐというのは無理だ」

「ほう、無理ですか。では、いつなら問題ありませんかね」

「無用の駒はいらない。つまり必要がなくなった時がきたらだ」

「期限を指定できるものではないと……」

「そういう事になる」

 ニヤりと蜥蜴の頭が笑う。

「そんな条件を俺達が、蜥蜴が呑むとお考えですかジェイドさん」

「さぁな、どうするかはお前が決める事だ。……蜥蜴が生きるか、死ぬか。好きな方を選ぶといい」

「傲慢な人だ……、だが」

 頭の目付きは鋭いままであるが、ジェイドを殺そうとする目ではない。

「偽りは言っていない。トンボを殺すなというのもくだらぬ理由からではなく、本当に今は必要なのでしょう、貴方の望むモノには……」

 ジェイドは無言のまま男の言葉を待った。

「いいでしょう、蜥蜴は駒として生きる事を選びましょう。俺も興味がある、狂乱の貴公子が欲すモノに」

 そう言って蜥蜴の頭が片腕をあげると、ぞろぞろと尻尾達がジェイド前に姿を現す。

 この日、狂人は蜥蜴を飼う事に成功した。

 しかしそれは、力と言う檻の中で、大きな餌を与える事によって留めているだけにすぎない。

 もし檻が弱るか、餌がその魅力を失うかしてしまえば、逃げ出してしまうだろう。それどころか、飼い主だったはずの者に牙を向ける可能性すらある。

 凡人には扱えぬ駒を狂人は手にしたのだ。

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