十二指同盟
帝国東南部、そこには幾つもの国家が小さくも確かに点在している。その数十二ヶ国。
十二の小国は、帝国という巨大な怪物に呑まれてしまわぬように、『十二指同盟』と呼ばれる枠組みをつくり対抗していた。
いや、対抗というにはあまりに非力、脆弱な存在だったろうか。何せ、この組織を構成するそれぞれの国家は小国も小国、一番大きな国でも街を三つほど抱えるだけの面積しかなく、ほとんどの国は一つの街しか、都市国家とも言うべき者達の集まりだったのだから。
十二指同盟、その名の由来は『我々は帝国という巨人の指ほどの存在でしかない』その集まりだという先人達の自戒を込めたものであり、この集まりが、長年のロマリアのような、明確に反帝国を掲げるわけにはいかなかったのである。
彼らも最初から、ある種帝国に臆するような国々だったわけではない。十二指同盟、その前身である二十八武同盟では、反帝国を明確にして対抗していたのだ。
二十八武同盟は、名の通り、二十八もの国々の集まりである。
その当時の帝国はとうに繁栄の時代を過ぎ、バスティアン帝の時代や、オリバー帝が帝国復興の為戦い始めた頃のように、ひどく衰退していた。
二十八武同盟には、帝国に対する驕りというべき部分が間違いなくあり、彼らは対帝国戦争に積極的に参戦し、帝国領土を、権益を奪い、その規模を拡大していった。
しかし、そういう時代には、呆気なくも残酷な終焉が待っていたのだ。
帝国は眠れる巨人である。その巨人が一度目を覚ませば、有象無象な国々など簡単に吹き飛ぶのである。
帝国の人々が望んだからか、あるいは時代か、歴史か。帝国に突如として現れた救国の英雄達は、あっと言う間に各地の戦況を一変させる。
二十八武同盟も、復活した帝国軍の勢いの前に圧倒され、なんとか講和までもっていった頃には、十二ヶ国しか残っていない有り様となっていたのだった。
この出来事を境にして彼らは、十二指同盟と名を改め、己が身に合った戦略をとるようになったのである。
この度の帝国対ロマリア、公国の戦争に、十二指同盟は帝国に大きな脅威を感じながらも参戦しなかった。それを後の歴史家達は、ある者は当然、仕方のない事と言い、ある者は臆病者達の最も愚かな判断だったと評するのである。
「いやぁ、しかし、ロマリアがこうなってしまっては、あの時、参戦しないで正解だったと本当に思いますよ」
十二指同盟、第七指、パルメント王国国王ボルドーが脂肪で満ちた頬を緩ませながら言った。
「いやはや、先人の教えには耳を傾け、従うべきですなぁ。帝国恐るべし、我々が加担したところで、滅ぶ国がいくつか増えただけの事でしょう」
十二指同盟、第十一指、マルダーマヤ王国国王キニチが、髭をいじりながら溜め息をつく。
「避けれる争いは、避けるべき。さすれば神のご加護もありましょうぞ。醜く争えば、神の怒りに触れるだけです」
十二指同盟、第四指、ロマス教国大司教ヨスパヤは、落ち着きながらも、どこか気に触るような口調で話す。
「神の教えとやらはどうでもいいが、俺達が己から帝国に刃を向けるなど、土台無理がある話。こうして、集まるだけの事すら、帝国領を、その許可を得て通らねばならんのだからな」
十二指同盟、第八指、トリニ首長国トリニ一家頭領マルダラの言葉に、その場にいた者達の多くが同調する。
「まったくその通り」
「己が分を弁えろという事ですな、はっはっは」
しかし、これらの会話をただ好しとして聞いていた者達ばかりでもない。
「皆様方、気楽な事ばかりおっしゃられる。この度の集まりの意味、忘れられたわけではありませんな?」
十二指同盟、第一指、ダルタール王国の若き国王レアンドロが、呆れた口調で忠告した。
「まったくだ。アンタ達は、この危機的状況がわかってないようだな。帝国は間違い無く、次の動きにでる。明日にでもこの東南部平定に軍をだしてもおかしくないんだぞ」
十二指同盟、第二指、ガザクレア王国国王ラウルもレアンドロに続いた。
ロマリアの歴史的敗北と、公国の完全併合は、十二指同盟にとって予想外、最低最悪とも言える結果だった。誰もあの戦争が、ここまでの完全なる決着で幕を閉じるとは考えていなかったのである。
二人の発言に対して、ボルドーが自嘲と嫌味を混ぜて言葉を返す。
「そう言われましてもなぁ。お二方は、私達と違い大変大きな国だ。貴方達ならまだしも、われわれに出来る事なぞ、そう多くはありませんよ」
「その多くない出来ることをなす、その為のこの集まりではありませんか」
レアンドロのその発言に、今度はキニチが噛み付く。
「それで、貴公には何か名案でも? 今後の推移を注意深く見守る、とか分かりきった事はよもやおっしゃらないでしょうな」
「それも大切な事です。しかし、ここで明確に決めておきたい事があるのです」
「決めておきたい事?」
「我々が帝国に対して、どこまで譲歩でき、どこまでいけば武をもって対抗するのかを」
「馬鹿げた話を、武をもって対抗するだぁ!? 勝てねぇ戦とわかりきってする馬鹿がどこにいるんだよ」
マルダラがレアンドロを嘲笑った。
「ではトリニ首長国は、帝国の要請を全面的に受け入れ、完全併合される事も仕方なしとするのですね」
不穏な空気に、一同の緊張が高まる。
「それも仕方ねぇだろ。あんたの国と違って、帝国は正真正銘、混じりっ気なしの大国だ。時代の流れに逆らうだけの馬鹿は早死にするだけだぞ」
「流れにしたがって早死にするとしても、貴方は逆らわずにいられるのですか?」
「何が言いたい」
二人の会話にラウルが横から入る。
「いいか首長さん。今の帝国の皇帝は、外道も外道だ。平気で街を焼き払い、逃げ出す住民までご丁寧に虐殺する鬼畜よ。そんな奴に、命だけは助けてやるからと言われたらそのまま信じて、国を丸ごとやっちまうのかい? それこそ馬鹿も馬鹿、大馬鹿者じゃねぇか。統治の邪魔、危険因子として殺されるのがオチだろうよ」
「そうは言いますがラウル殿、ロマリアのローラント王は、生きておられるではないか。我々だって同じように命までは……」
ボルドーが冷や汗をかき、作り笑いをしながら言った。
「本気で言ってんのかよ。俺もあんたも、首長さんも、ここに雁首そろえて出席なさってる方々、誰一人として、いや全員合わせたってローラント王と対等じゃねぇんだ。帝国がローラントを生かすのは、その利用価値があるからであって、俺達は毛ほどの価値もねぇんだよ」
ラウルの発言はかなり厳しい言い方であったが、それに誰一人声を荒げて反論しなかった。それが真、正論だったからである。
重苦しい空気が場を覆う。誰もが口を閉ざす中、最初にその沈黙を破ったのはレアンドロであった。
「ラウル殿の発言には、少し棘がありましたが、その内容に関しては、私もほぼ同感です。今の帝国には、筋というものがない。無闇に武器を取るわけにもいきませんが、その逆、言うがままに従う事はさらに愚かな選択だと私は考えてます」
「結局、戦争したいって事だろ」
マルダラの悪態にも、レアンドロは気にする素振りを見せず、話を続ける。
「どうすれば、ただ従うだけでなく、そして、戦を回避できるか。それは、やはり帝国の利を誘導する他にないでしょう」
「帝国の利?」
「何が言いたいのですかな」
場の者達の疑問に、レアンドロは答える。
「筋のない帝国が何の為に動くか、それが自分達の利の為であるは明白。それを誘導する。つまりは、我々に対する不当な要求が、その利に反すると思わせればよいのです。その為には……」
レアンドロの話は単純明快だった。
彼の言う誘導とは、外交によって十二指同盟がさらに諸国との連携を計り、大きな連合体を結成する事によって帝国との武力的格差を是正する事や、帝国内の反帝国分子に支援を行いその治安を悪化させ、帝国の軍事、経済にダメージを与えるなど、『今は同盟と戦争すべきではない』と帝国に思わせられるようにする事である。
これらはかなりの危険が伴う事であり、はやくから帝国側に察知されれば、当然その怒りを買い、戦争を避けられなくなる。しかし、レアンドロはこれらの方法でしか、自分達が生き残る術はないと考えていたのだ。
「そして、これらの策を無駄にしない為にも、我々には覚悟が必要となります。戦う覚悟、ここからは退かぬという覚悟です。闇雲に対抗せよというわけではありません。策が成されるまでは、譲り、耐えれるものは耐えねばなりません」
帝国との戦争となれば、諸国と連携が取れ、勝つ事が出来ても、この十二国のうち半数残れば上出来、多くは歴史の荒波に消えていく事になるだろう。その覚悟を、この男は問うているのだ。
レアンドロの話に一同の表情は険しいながらも、仕方なしといったものになっていた。
彼らも己が地位にまったくの無欲となれれば、今からでも国を捨て逃げ出し、安全に生涯を送れる事だろう。
だが、人間、手にしたものをそう簡単には手放してたくないのである。
「まぁまぁ、皆様。神も我々を見守ってくださっておられます。祈りが届き、帝国との戦争、それ自体が防げるかもしれません。ほっほっほ」
ヨスパヤの根拠の無い希望が当てになるになるわけでは無いが、帝国と必ず戦争するわけでも無いというのは事実に違いない。
十二指同盟は、この会議にてレアンドロの案を採用する事を決定。ダルタール王国の主導もと、生き残りを賭けた策を実践するのだった。
この頃、帝国南西『三王国』や、帝国東南『十二指同盟』のみならず、大陸西部の中小各国は、帝国への警戒を強めていた。
戦争とまでいかずとも、ついに宿敵ロマリア王国を破り、さらに巨大化し始めた帝国がこれらの国々に対して、ほとんど干渉する事無くいるとは考えられなかったのである。
必ず何らかの要求をしてくると、各国上層部はその対策に頭を悩ましていた。
しかし、それはロマリアから得た領地や、公国を完全に併合し直した事による巨大な新領土の統治、それが軌道に乗ってからであると、一部の国を除いて誰もが思っていた。
不安定な統治下でのさらなる戦火は、アンバランスに太っていく怪物『オートリア帝国』をいとも簡単に崩壊させてしまうような危険を孕んでいた事は紛れも無い事実であり、十二指同盟、第一指、ダルタール王国の国王レアンドロも、それを狙っていた。
最近の帝国はその華々しい戦果とは裏腹に、臣民達は長年その戦費の犠牲となっていたし、軍にしても、連戦続きで兵士達の肉体的、精神的負担は小さくは無い。
一度の敗北で、自壊し始め兼ねないのが今の帝国であり、その弱点の修正、克服は短期間でできるようなものでは無かったのだ。
だが彼らは、帝国という怪物が常識、常道を超越した存在だという事を、そう遠くない未来、改めて知らしめさせられる事になるのだった。