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カルディナ

――私は奴等の誰よりも剣の扱いに長け、誰よりも上手く兵を操り、誰よりも多くの敵を討ち、誰よりも多くの城を落とした。

  それでも奴等は、私が女であるという理由だけで、この国の導き手となる事を拒絶したのだ。

  だが、何よりも許せなかったのは、そんな無能な男共の影で私の振る舞いを馬鹿にし続けた女共だ。

  女に生まれたというだけで闘争を捨てた雌豚共だ。――

                      革命家 カザリン:著『闘争の資格』より



 帝国南西部に連なるようにして隣接するドラクレア、バテノア、ルドーの三王国は長年独立を保っており、その歴史はロマリアよりも古い。

 三王国を囲うようにしてそびえ立つ山脈が、防壁の役目をこなし、帝国の侵攻を防ぐ助けとなっていたのである。

 三王国は対帝国時においては、結束し対抗したが、決して好い関係同士というわけでもなかった。互いに争い、国境地帯の街や村は領有者がころころと変わり、国境線も頻繁に変化していた。

 しかし、それも囲われた山脈内、三王国間の話であり、彼らの領地にその他の国が侵略、成功した事は、これまでの歴史上一度たりともなかった。

 そんな三王国の北西部に位置するドラクレア王国にとっても、帝国によるロマリアの属国化は重大な懸念事項には違いなく、王国を治める王アルバートの長女カルディナは、特にこの状況を危惧していた。

「父上、三王国のみならず、諸国との連携を計り、広域において対抗せねば、とても防ぎきれるものではないでしょう」

 長い髪を結い束ねた美女は、まだ二十歳といった年齢にもかかわらず、王である父親に気後れする事なく、強い口調でそう主張した。

「そんな事はわかっておる。しかしな、お前も知っての通り、バテノアとルドーはロガド地方の鉱石発掘の件で、先日戦争を始めたばかりだ。まずはそれを解決し、しっかりと三王国の結束を固めた上で、共同して動かねばならん」

 三王国が戦火を交えるのは、決して珍しい事ではなく、彼らは様々な権益をめぐり争いを繰り返していた。だが、それは国家の存亡をかけるようなほど大きな戦いに発展する事はまず無く、大部分の国民にとっても、戦争など軍同士だけ、お偉いさんの関心事項であり、勝てば多少暮らしが楽に、負ければ少し大変にと、その程度のかかわりしか考えられぬものだった。

 頻繁に領有者の変わる国境沿いの街、村に暮らす人々も税の納め先が変わるぐらいの認識であり、愛国心というものは皆無だった。

 三王国間の戦争は、帝国やその他の巨大な国家が行うような、街や村を焼き払い存亡をかけた残酷無慈悲な戦争では無く、ひどく小規模な、そして言ってしまえば商業的とも言える割り切った戦争である。仲介に入り、互いの妥協点を見出し、講和に持っていく事は、時間をある程度かければそう難しい話でもない。

 だからこそ、アルバート王は講和の後に改めて、三王国で今後の対策を練ろうとしていた。勝手にドラクレア王国が動く事で、二国からの印象を悪化させたくなかったのである。

「そんな悠長な事を!! 父上、バテノア、ルドーの件とは別に、同時に諸国との連携を、……特に十二指同盟とは今から始めるのでも遅いくらいではないですか!!」

「姉さん、そう父上を困らせるような事ばかり言ってはいけないよ。父上だっていろいろと考えてのうえの事だ。僕達はまだ若い、長らくこの政の世界で、その手腕を発揮してきた父上の考えに素直に従うべきじゃないかな」

 語気強く主張するカルディナを諭すように言う青年。名をイバン、年は十六、アルバートの長男にて、その第一後継者である。

 年はカルディナの方が上であるが、ドラクレアの王家は男子優先の世界であり、長男であるイバンが最有力の後継者となるのは当然の事だった。女に生まれたカルディナにも、後継者権はあるもののその優先度は低く、王の長女でありながら、親族の男達よりも後継順位は下となり、彼女が王の後、もしくは弟の後を継ぐ事はまず有り得ない事だった。

「父上はまだ理解なさってないのよ!! 今の状況がどれほど危険なのか!!」

「こらこら、まったくその気の強さは誰に似たのやら。私とて、帝国の強さ、そして凶暴さは十二分と警戒しておる。しかしな、焦って物事の順序を誤れば、上手くいくはずの事もそうはいかなくなるのだ」

「今は焦らねばならぬ時です!! 多少手荒くとも急いで……」

「もうよい。お前の心配はようわかった」

「わかっておりません!!」

「いい加減にしないか、お前は不安感から少しヒステリックになっているだけだ。頭を冷やしなさい」

「そんな……私は!!」

「姉さん、いいかげんにしなよ。政治の事は父上に、そして僕達に任せくれればいいじゃないか」

 イバンの言葉は、姉の心に棘のように突き刺さる。

「どうして!? 私も父上の、ドラクレアの王の娘よ。国の将来を案じ、意見する事がそんなにいけない事!?」

「それは素晴らしい事だとは思うよ。でも、姉さんには他にすべき事があるだろう。もういい年なんだし、そろそろ相手を見つけてさぁ」

「何よそれ。国の一大事に、男でも探してろって言うの」

「それも大事な事じゃないか。この間、父上が話していた人、すごく良いと思うけどな」

「そんな話、今は関係ないでしょ!! 私が女だから、女に生まれたから政治に口を出すなって言いたいわけ!?」

「そうじゃないって。姉さんが、この国の、一族の為になるような人と結婚するのは、とても重要な事じゃないか」

「好きでもない男と結婚する事が、この国の一大事より、そんなに大切な事かしら」

「どうしてそうなるんだ。僕だって、姉さんを大切に、幸せにしてくれるような人じゃないなら反対するさ。王国の為にも、姉さんの為にも良い話だと思って」

「嘘ばっかり。……貴方が今こんな話をしようとするのは、私の意見を聞く気がないからでしょ」

 姉の頑なな態度に、イバンは溜め息をつく。

「もうよせと言っておるだろ。カルディナさがりなさい」

 アルバート王の三度目の忠告に、さすがのカルディナもこれ以上食い下がれなかった。

「失礼します!!」

 不満を露わにしながらも、王に一礼するとカルディナは己に劣らぬ、美しい護衛の女騎士を連れて玉座の間から退室した。

「やれやれ」

 アルバートは去っていく娘の後ろ姿を見送ると、イバンと顔見合わせ苦笑いする。

「あやつの気の強さには、困ったもんだ。もう少し、淑女らしく振舞えぬものか」

「気の強い人ではありますけど、普段はあれほど感情的になる事もないのですがね。政治の事になると、少し……」

「あれをみると先人達の教えの正しさに感心してしまうよ」

「教え?」

「女に政治を任せるものではない」

「ははは、姉さんが聞いたらひどく怒りますよ」

「内緒にしておくのだぞ。あやつに怒られると、少ない寿命がさらに縮んでしまうわ」

「ええ、父上にはまだまだ健康でいてもらわねば困りますからね。僕はまだまだ若輩の身、いろいろご教授して頂かないと」

 父親であるアルバートと、弟イバン、彼らは何もカルディナを忌み嫌っていたわけではない。むしろ深く愛していたし、カルディナもその事をよく知っていた。

 だからこそ、極当たり前のように繰り返される、二人のこのような言動に、国政という世界に、カルディナは苛立ちを覚えるのだった。

 この時代、大陸の多くの国、多くの種族において、性別の差異は致命的なほどに政治的発言権を奪っていたのである。

 

「もう嫌になるわ」

 カルディナは自室に戻るなり、護衛の女騎士に愚痴を零した。

「陛下も、カルディナ様のお考えを直接お聞きになって、少しは理解をお示しになられておりましたし……」

「だから?」

 カルディナが鋭い目で女騎士を睨む。

「無意味では無かったかと」

「そうかしら? だと良いのだけれど」

 相変わらずの不満気な顔を浮かべたままの姫君に、女騎士は、困惑とも同情ともとれる視線を向けていた。

「貴方は本当にすごいわ。立派よエレナ。貴方だけじゃない、薔薇隊の者達はみな、女の身でありながら、己の才覚だけで立派な仕事を任されているんですもの。それに比べて、私なんか……」

 ドラクレア王国軍に所属する薔薇隊は、女騎士のみで編成された集団あり、時に戦場に送られる事もあったが、基本は城内や城下街の警備といった任が与えられ、男ではいろいろと問題がでそうなところでは特に重宝されていた。

 警備が主な任務であっても、まず戦場などでその実力を高く評価されねば薔薇隊に属する事は出来なかった。当然、王族の護衛となると、その剣技は、そこらの男兵士が束になったところで敵うものではない。

 エレナはまだ十八という若さで、カルディナの護衛を任される存在になっており、その剣技、実力には男達も舌を巻いていた。

 そして彼女は、薔薇隊のエースと言うべき存在であるだけでなく、カルディナの幼馴染であり、無二の友でもあった。

「そんな事は……」

「そんな事あるわよ。私に出来る事なんて、貴方に愚痴を零す事と、憎む事だけ」

「カルディナ様……」

「ああ、心配しないで。父上や、イバンの事じゃないわ。二人共、大好きよ。家族だもの当然じゃない」

 もし父親を、そして弟を憎めたならばどんなに楽な人生だったろうか。

「私が憎めるのは己だけ、女に生まれてしまったというその事実だけ」

 愛すべき友であり、忠誠を誓う主人でもあるカルディナの抱える大きな苦悩は、エレナが気安く解決できるものではない。

 政治を憂う女に出来たのは、友に愚痴を零す事であり、主人を思う女に出来たのは、その愚痴を聞いてやる事ぐらいであった。

 普段は、気が強いながらも、どこか冷徹にさえ捉えられる事のある美女も、父親や弟、そしてエレナの前では時折、このようにして子供っぽく感情を露わにして見せた。

 それはカルディナの、その者達に対する人間的信頼からくるものには違いなかった。

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