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その先にあるのは

 ロマリアとの会談は当初、王都の外れにある王族の別荘にて全て行われるはずであった。

 しかし、ジェイドはその会談に国王ローラントの姿がない事を知ると、その会談を拒絶し、直接ローラントと会わせるように要求した。

 ロマリア側は二、三日かけてジェイドを王なしでの会談に応じるよう説得するが、彼がそれを了承する事は無かった。

 ロマリア側がジェイド達、帝国側の使者を警戒するのは当然の事であり、彼らが恐れてたのは他ならぬ王の謀殺だった。

 それでも結局は、ロマリア側はジェイドの要求に応じロマリア城、玉座の間にて講和に向けての話し合いが行われる事となる。ただし、帝国の使者団のうち、ジェイドを除く者達は全て別荘にて待機するという条件付きとなっていたが。

 ローラントとジェイドの会談は重々しい空気の中で始まった。

 玉座に腰掛けるローラントから幾ばくか距離をあけた位置にローラントは立ち、彼を警戒する衛兵や将達は険しい顔つきでそれを見守っていた。

「ロマリアの王よ、これ以上の無益な争いに終止符を打つ意思とわずかばかりの知性と良識が残っていた事を、皇帝陛下はお喜びになられております」

「なんと無礼な!!」

「知性と良識だと!? どの口でそのような事を言うか!!」

 周囲の者達がざわつく。

「ジェイドよ。我々ロマリアは最初から争いなど望んではいなかった。無益と知りながら、何故、帝国は戦を繰り返す。多くのロマリアの民がその犠牲となってきたのだ」

「ご冗談を。我々は無益な争いは好みませんが、必要な事にまで臆するほど臆病者ではないだけですよ。ロマリアの独立によって帝国は大きな損失を被った。帝国をあるべき姿に戻そうとしてきただけでありましょうに」

「その手段が戦か。何故、武器を手に取る事しか帝国はしないのだ。知性と良識がお主達にもあるというのなら、言葉というものがあろう」

「先に武器を取ったのはロマリア側でございましょう。武器を一度手に取った相手に、言葉とはなかなか通じぬものです」

「その機会は幾度となくあっただろうに」

「ですがそれは、全て偽りだった」

「偽りとしてしまったのは、常にお主達ではないか」

「常にとはひどい事を申される。勘違いなさってるのか、あるいは理解するだけの頭をもたぬか。ボールは常にロマリア側にありましたよ。従うか、刃向かうか」

「何故そこに、共存という選択肢を与えぬのだ」

「それは土台無理な話でございましょう。皇帝陛下は全ての頂点であり、それは絶対であるのです。その下にいるのは懸命な従う者達か、愚かな刃向かう者達。共存、対等などというまやかしの存在は許されない。あなた達は愚か者達の子孫だった」

「それが講和を望む国からの使者の態度か!!」

 ジェイドのあまりの態度にまわりの者達から怒声が飛ぶ。

「勘違いなさっては困る。帝国が講和を望むわけではありません、これは情け。哀れな愚か者達に対する施し。貴方方が生き残る唯一の可能性。それを皇帝陛下が与えて下さっているのです」

「それがあの箱だと申すのか」

 ローラントの言う箱とは無論、ラワン達、捕虜となった者達を拷問し、処刑し、その遺体の部位を詰め、帝国からロマリアへと送りつけた箱の事である。

「仕方ないではありませんか。さきほども申したでしょう、武器を取った相手に言葉だけではなかなか通じぬのです。ですから、多少の工夫が必要だった。貴方方が事を理解するのが早ければ、犠牲はもっと少なくて済んだのですが」

「あのようなやり方では、信頼を余計に失うだけだ」

「信頼? フフ、そのようなもの最初からありはしないでしょう。あったのは実利。その計算が狂った先にあったのがロマリアの現状でしょう」

「何」

「ローラント王よ。あなたは愚かな王だ。先帝が死んだ時、貴方方は和平に応じるべきではなかった。そうでしょう?」

 ロマリアの王よりも先に話を聞く周囲の者達の方が我慢の限界に達した。

「陛下!! これ以上の話し合いなど無意味。こやつら帝国との和平や講和など無意味。それをこの男自身の言葉と態度が示しておりましょう!!」

「では、殺し合いを続けますか。貴方方、ロマリアの人間が全て死に絶えるまで。老人、女、子供、赤子の血肉で大地を染めるまで。貴方方に与えられた選択肢は、服従か破滅かそれだけなのですよ。服従と言っても属国としての自治は許されるのです。これほど寛大な処置はありません。聡明なご判断を願いたいものです」

 興奮する男達を蔑むようなジェイドの視線と冷酷な言葉が場の空気をより一層、重く、冷たく、静かにした。

「力で気に入らない者達を抑え付け、刃向かえば奪い、殺し尽くす。帝国はそれを繰り返し続けるか」

「それでいいではありませんか」

「何だと」

「殺し、殺し、殺し合い。奪い合えばいい。力ある限り、常にその勝者であり続けるのだから」

「その先にあるのが自身の破滅であってもか」

「それは違いますよ。その先にあるのは、己以外が全て息絶えた世界」

「それを破滅と呼ぶのだ」

「クック、あなたはわかっていらっしゃらないのですか。その終焉の景色こそが王者の光景だという事に」

「それが、皇帝の欲するものか? なんと愚かな」

「終焉の景色を望んだ者こそが、皇帝である他ならぬ証。ならばそれを欲するは、当然の事でありましょう」

「お主も死んだ世界だぞ。それともお主は最後に牙を向くか」

「まさか、私は陛下が望むなら喜んでこの命を捨てましょう。真の王の誕生を見送って死ねるなら、これほどの喜びはないではないですか」

 狂人の真意は理解しがたく、その狂気は凡人を飲み込む。

「今の帝国の人間は左様な考えの者ばかりなのか」

「あなたはよほど物事の理解が苦手なようだ。何故、わかりきった事を、既に申し上げた事を、何度もお聞きになさる。存在するのは、懸命な服従者と愚かな反逆者。私達は懸命な方であるだけですよ」

「愚かな帝に服従する者の懸命さほど、哀れな事もあるまい」

「愚か者は帝にあらず。帝であるならそれは即ち……。ご安心して下さい。少なくともあなたよりは優秀な君である事を、現状が証明しているではありませんか」

「なるほど、だからお主達は、私の首は繋げておきたいわけか」

「ご名答です、ローラント王。賢い王は帝国にとって非常に都合が悪いのですよ。ですから、属国ロマリアの王は愚か者でなくては困る。討つべき機会をみすみす逃し、退くべき時をなかなか判断しきれず無闇に犠牲を増やすような方が理想だ。ですが、まるっきりただの馬鹿でも困る。あなたはどちらですかな」

「私に帝国の都合を考えろと言うか」

「いえ、命令やお願いではございません。これは必然。あなたは考えざるを得ない、帝国の都合を。だって、そうではありませんか、我々にとって都合の悪い事は、あなたの大切なロマリアの民達にとってはもっと都合が悪いのですから」

 悪魔の弁舌にローラントも黙り込むしかなかった。



 父親がその部屋に入った時、彼の一人娘は窓の外に咲く花々を椅子に座り眺めていた。

 花は例年に比べて咲きが悪く、どこか寂しげな雰囲気を漂わせている。

「イリスよ」

 ローラントが娘の名を呼ぶと、彼女は外の景色を眺めたまま返事をした。

「はい」

「帝国との講和が決まったよ」

 イリスはローラント方へ向き直り、笑顔を作る。

 それが何を意味するか、彼女は十分と理解していた。だからこその笑顔だった。

 ひどく悲しそうな表情を浮かべる父親をこれ以上、傷付けたくは無かったのだ。

「そうですか」

 この講和が、手放しで喜べるものではない事はロマリアの人間の誰もが知っていた。

 それが破滅への道となる可能性もある事を誰もが理解していた。そして、それでもなお、受け入れなければならぬ現状があった。

「すまない」

「お父様、そのような事は仰らないで。私はロマリア国王の娘です。私はこの国に暮らす人々の為にも、自分に与えれた役目を全うするだけの事ではありませんか」

 ローラントの謝るべき相手は、救えなかった者達であろう。無惨に死んでいった者達であろう。

 王自身それを知っていたから、余計に辛く、余計に無力さを感じていた。

 娘のイリスが己の境遇を恨み、将兵達が王の無力さを罵倒したならば、その気も多少は和らいだかもしれない。

 良き人であったかもしれない。だが間違い無く、最後には王として愚かだったと言わざるを得ない彼を、それでも必死で支えようとする者達の姿が無情であり、非情であり、痛々しかった。

「すまない」

 繰り返された言葉が空虚に響く。

「お父様……」

 イリスは椅子から立ち上がり、父親の胸に顔を埋めるようにして、彼を抱きしめる。

「お父様の娘として生まれてこれた事ほど、幸福な事はありません。私は、あなたの娘のイリスは幸せでしたよ。だから今度は、少しばかり、その恩に報いさせて下さい」

 娘の父親に対する深い愛情も、父親の娘に対するそれも、濁流には抗えないものなのだろうか。

 いや、流されるだけではなく、彼女は自分の足で歩もうとしていた。その先にあるのがどのようなものであろうと、彼女はその道を行こうとしていた。

 流されようが、歩もうが、結果が同じでは意味がないとする者もいるだろう。

 だが、その道中の小さな差異は、小さな明かりとなって照らすはずである。小さくとも覚悟を持った人間の見る景色は絶望の一色ではないはずだ。

 辿り着く先が同じでも、見える景色が違うならば、意味はある。

 そう信じるからこそ、彼女は歩もうとするのだ。信じるからこそ、意味は生まれるのだ。

 暗い嵐に飲み込まれていく親子の姿が、世に繰り返される悲劇の度に存在したものにしか見えずとも……。

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