表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/69

力の差

 ロマリア軍の前方で戦う帝国軍と公国軍。その周辺には両軍の死体が散らばり横たわっている。

 他のどのような戦場とも変わらぬ惨く残酷な情景がここにあるのだと、一見しただけならばそう誰もが思うのであろう。

 だが、大地を揺らす音が周囲に鳴り響いた時、まるで死者を呼び起こす呪文がかけられたかのように、むくりとその死体達が起き上がったのを見たとすれば、彼らは何を思うだろうか。いや、事を瞬時に理解できるだろうか。

 そのある種信じ難い光景こそが、まさにこの瞬間に起きていた事だった。

「よし、いくぞ」

 起き上がった死体が血の通った言葉を喋る。

「やっとか」

 敵軍同士であるはずの、帝国兵の死体と公国兵の死体が熱を帯びた会話をする。

 そう彼らは死体でも無ければ、公国軍兵士でも無い。死体役を演じる帝国軍兵士達だったのだ。

 彼らは生きている。生きて、その命をかける彼らの戦いが今まさに始まろうとしていた。

 彼らの部隊長達が、声をあげ命令をだしている。掲げられていた公国軍旗が捨てられ、帝国軍旗を掲げる兵士達と一緒になって、彼らは森林を抜けたばかりのロマリア軍部隊に突撃を開始した。

「謀ったな帝国の奴らめ!! なんと卑怯な真似を」

 アーノルドが、何が自分達の身に起きているのかを理解した時、すでにロマリア軍側には多くの死傷者がでていた。

 無理もない。敵は前方のみならず、左右の森の木々の奥からも次々と現れていたのだから。

 彼らが一体どのようにしてロマリアの斥候の目を盗み潜伏していたのか、それを理解するには視線を落とす必要があった。

 そう斥候達が目をむけるべきは森の草木の茂みでは無かった。彼らの足元から続く、大地そのものに注意を払うべきだったのだ。何故なら帝国の伏兵は地面の下、何百、何千もの人間が、多くの労力を割いて造られたいくつもの地下壕に潜伏していたのだから。

 これらはこの戦争が計画された時になって急ぎ掘られたものであり、まさにこの一戦の為に帝国が用意した秘策だった。

 このシチニ街道を公国救援の為にロマリア軍が利用する可能性は高く、また帝国側もそうなるよう策してはいた。しかし、もしこの街道をロマリアが通らなければ全てが無駄になるというリスク、それを冒した秘策に彼らは惜しみなく人員と月日を費やし、この地下壕郡を掘ったのである。

 そして彼らが掘ったのは地下壕だけでは無い、あの大地を裂くほどの魔力を秘めた巨大な魔方陣を地下に仕掛けていたのだ。

 それが報われたと言うべきか、その効果は絶大だった。

「くそ、どうなっている!!」

 突如として現れた帝国兵にロマリア兵達が焦り、声を荒げる。

 深い森の木々が急に出現した敵兵を正確に計れなくしており、それは兵達に指示を与えるべき者達の判断を鈍らせた。

 前方の部隊に限れば、後方は巨大な亀裂によって、退却が不可能になっており孤立。左右からは規模不明の敵軍の攻撃、前方からは帝国軍約二万。絶望的としか言いようのない状況に彼らはあったのだ。

 亀裂を修復しようとロマリア軍の魔術師部隊も試みるが、森からの挟撃による妨害だけでなく、街道を挟むようにしてある二つの丘の上からも、帝国兵達が矢と魔法の雨を降らせていた。

 そして、視界も圧倒的に帝国側が確保しており、ロマリア側の動きは完全に把握されてしまっていたのだった。

「とにかくあの丘を片方でも押さえねば、どうにもならん!! 急ぎ確保に向かわせろ!!」

 アーノルドの指令に副官が困惑の表情を浮かべ口を開く。

「しかし、敵の攻撃激しく、森の奥へは一向にすすめません!! とくに丘周辺にはかなりの規模の敵軍が潜伏しているかと」

 副官の言葉通り、実際に帝国は両丘の周辺には集中的に戦力を配備していた。帝国軍もその重要性を十分と理解していたのである。

「かまわん!! どれだけ犠牲をだそうが、あの丘を取られたままでは勝ち目はないぞ!! どちらでもよい、現状少しでも近づけてる方の丘を確保させろ!!」

 アーノルドの言葉もまた正しかった。分断、孤立したアーノルドやラワン達の部隊、約二万強では前方や両側の敵兵を均等に相手するのではなく、最低限の戦力で防衛しつつ丘の確保を優先するのが精一杯に出来る事だった。

 それに丘の確保に向かっているのは何も前方に孤立してしまった彼らだけではなく、後方のロマリア軍もまた同じだった。

「どうだいけそうか?」

 裂け目より後方に展開する部隊の中にローラントの姿があり、王は丘の確保へ向かわせた部隊の様子をカルロに尋ねた。

「いえ、少しは森の奥へと進めているようですが、かなり抵抗が激しく、確保出来るにしても時間を要するかと……」

「そうか」

 険しい顔で考え込むローラント。

「陛下、ここは退却も視野に入れる必要があるかと」

 この圧倒的に不利な状況。

 当然、ローラントもとうに考えてはいる事だった。

「しかし……」

 王は前線で孤立し、必死に戦っているアーノルドやラワン、その兵士達の顔を思い浮かべる。

 カルロも王が何を気遣い、躊躇しているのかは理解していた。

「彼らも長年陛下のもとで働く者達です、今の状況を理解しているでしょう。兵達もまた陛下に忠誠を誓った身、どうか目の前の者達だけでなく、ロマリアで暮らす民達の為に何をすべきかを判断して下さい」

「わかっておる」

 王の選択は限られている。

 彼はこの場で破滅を迎えるわけにはいかぬのだ。それは何も己の身が惜しいわけではないし、もし自身の命で全てが上手くいくというならばそれを喜んで捨てるぐらいの気概は持っていた。

 されど、ロマリアはこの戦いで王を失うわけにはいかない。今のロマリアには何の問題も無しにローラントの後を継げる者はまだいない。生きてこの戦いをきり抜ける必要が彼にはあった。

 幸いと言うべきか、後方には後を追ってきている約一万もの部隊がいる。それらと合流を果たし、ロマリアに帰還できれば少ない可能性ながらも防衛に専念するだけの戦力は残る。

 そして、もしここで無理に戦いを続け全滅したならば、確実にロマリアは滅び、多くの民に不幸が訪れることは明白だった。

「それで奴は見つかったのか?」

 ローラントがある人物の行方を尋ねると、カルロは首を振り答えた。

「いえ、恐らくもう完全にこの一帯からは離脱、あるいは帝国側に合流したかと……」

 奴とはアカサ、つまりキュウジの事だった。彼は公国からの使者としてこの一軍に同行していたのだが、この混乱の中姿を眩ましたのだ。

「なんてことだ。もっとあの時……」

 後悔してもしきれぬ後悔。

 ローラントは急に現れた使者に対する『違和感』の正体をもっと真剣に考え、理解すべきだった。

 そうすれば、彼がこのロマリアを陥れようとしていたという可能性にも気付けたかもしれぬというのに。

「陛下、こうなると公国の事も」

「ああ、わかっておる」

 カルロの懸念は王の懸念でもあった。

 あくまで可能性にすぎない。それでもアカサという公国の中枢部に深くかかわる人物がこのロマリアに害をもたらす者であった事は簡単に見逃せるような事ではない。

 つまりはこの公国への救援を急ぐ事自体、その必要性に疑問が湧いてくるのだ。

 公国と帝国が共謀していた、そのような可能性がでてきたのである。

 今のロマリア軍は公国方面の正確な情報はあまり把握できておらず、その事は疑いをより色濃くした。

「……やむを得んか。カルロ、ロマリアの地まで退却し態勢を立て直す」

「はっ!!」

 結局はそれしか彼らには手の打ち様がなかったのである。



 ロマリアとのこの一戦に帝国側の用意した陣容は当然の事ながらかなりの規模のものであった。

 囮役かつ前面の担当となる部隊の規模は約二万、担当はそれぞれ帝国軍側が、グリードとバスティアンの戦いにおいて戦場に参加出来ず処刑を免れたロベルトの率いる第四十師団に、マヌエルの第五十二師団。公国軍に偽装していたのは、ジェイドの第二十師団、トンボの第三十師団である。彼らの用意した公国の軍旗などの品はそれまでの戦いや落とした城、砦から押収した品だった。

 森林に配置された伏兵には、全師団から集められた兵士の集まりが数百人規模、つまり大隊規模の戦力がいくつも配置されていた。

 それらは合わせても、約一万に届かぬほどの規模でありロマリア軍の規模を考えれば数としては大きな戦力ではなかったが、森林地帯という地形と街道に沿って長く伸びたロマリア軍の陣形がその効果を最大限に引き出していた。

 それに最重要とも呼べる街道沿いの二つの丘には、その伏兵達とは別に精鋭部隊であるハンスの第三師団が直々に担当していたのだった。

 これを破るは容易ではない。

 しかし、全体の数だけを見れば三万強ほどのもので、かなり大規模ながら五万八千を率いるロマリア軍には届かない。

 それに前面だけで二万の兵士を投入している事から、裂け目により分断された後方のロマリア軍を相手する部隊はさらに分が悪くなる。

 つまりは帝国軍は分断したロマリアの前方の部隊の壊滅に力を入れている事になる。

 だが、ロマリアのローラント王は後方の部隊にいた。それは帝国側が魔方陣の発動を誤った事は意味するのだろうか。

 違う、そうではなかった。それは帝国側の狙い通りの事だったのだ。

 帝国はわざと、ローラントに逃げ道を用意していた。彼らにはロマリアの王に生きてロマリアの地を踏ませる必要があったのだった。

 帝国軍は全てを、いや、この策を練ったジェイドという男は全てを見通していたのである。


 押し寄せる敵軍の波に、アーノルド達の部隊は崩壊した。

 敵がその懐深くまで入り、その指揮系統は機能不全に陥っていた。それは巨大な亀裂により孤立した他の部隊も同じであり、壊滅、全滅はもはや時間の問題となっていた。

「お前達!! ロマリア兵の意地を見せてみろ!!」

 アーノルドが兵達を鼓舞し、兵達もそれに応え奮戦するも状況は悪化していくばかりである。

「ぎゃああああ」

 アーノルドの目の前で一人、また一人と味方の兵士が倒れていく。やがて、気付けば彼の周囲はロマリア兵の無数の死体と、血塗れの凶器を構え、殺意を剥き出しにした敵で溢れかえっていた。

 そんな中で、血の臭いこそ纏いながらもその色を付け汚す事は無かった一人の男が現れ、アーノルドの前に立った。

「貴方がアーノルド殿ですね」

「お前は……、何者だ!!」

 男は不気味な笑みを浮かべ、見下すかのような瞳でアーノルドを見ていた。

 傍若無人、卑劣な帝国兵達の中でもその男からは異様のオーラが放たれている。

 野蛮で荒々しい殺気ではなく、静かで冷たく、ゆっくりと、じわりと絞め殺すような息苦しい殺気。

 只者ではない。戦場に生きてきた者なら誰しもがわかるその男。

「帝国第二十師団を任せられております、ジェイドという者です。アーノルド殿、ローラント王は既に貴方方を見捨てて、退却を始めたようですよ。……どうです、勝ち目のない戦はこのあたりで終わりにしませんか?」

 ああこ奴がそうか。なるほどその姿、一目見ただけで合点がいく、そうアーノルドは思った。

 その名を、その男がしてきた悪行の一端をロマリアの将兵達も耳にはしていたのだ。

 そして噂に違わぬ男なのだと、今の男の姿を、目を見れば理解できた。

「ほざけ小僧!! 陛下の身をお守りし、お前達を一匹でも多く血祭りに上げるのが我らの使命。この命尽き身を滅ぼすまで、戦いは終わらん。剣を抜け!!」

 怒号にも怯む事なく、ジェイドは笑みを浮かべたまま鞘から剣を抜く。

「やはり、貴方ではダメですか。もっと話のわかる方を見つける事にしましょう」

 剣を構えるジェイドには左腕が無く、右腕一本の体勢である。

 噂のこの男が隻腕の剣士などという話はアーノルドはまったく聞いた事が無かった。

 と、すれば比較的近い時にその腕を失くす何かがあったという事になる。そして恐らくそれは戦に違いないと彼は直感した。

「先の事より、己の身を案じたらどうだ? 俺と剣を交えては、片腕を失くすだけでは済まぬぞ!!」 

 一撃で決める。そう思いアーノルドはジェイドの方へ距離を詰め斬りかかった。

――ガキーン。

 アーノルドの攻撃はけたたましい音こそ鳴らせど、鮮血は飛び散らず、火花を散らすしか出来なかった。

 大男の振り下ろした大剣を、ジェイドは右腕一本だけで支えた剣で簡単に受けてしまったのである。

「ぬぅぅ、くっううう」

 アーノルドが力んでも、ジェイドは余裕の表情のままびくともしない。

「ば、馬鹿な……」

 この戦いの中で、既に百何十名もの敵兵を斬り捨て、疲労の蓄積が無いと言えば嘘になる。されど片腕の男如きに、渾身のそれが軽々と止められようとは、悪夢でも見ているのかとアーノルドは思った。

 そして彼をその悪夢から覚ましたのは、背中に走った激痛だった。

「ぐあっ!!」

 周囲に溢れかえる帝国兵達が放ったいくつもの矢がアーノルドの背中に突き刺さったのだ。

 暗黙の了解と言うべき事に、多勢に無勢の状況で将同士の戦いに下級兵士が横槍を入れさせるのは避けるべき事とされていた。

 それは、敵であれど奮戦する一軍の将への敬意を示し、相応しい死場を与える為でもあり、自身達の誇りの為でもあった。

 だが、そのような決まりをジェイド達が理解し、尊重するはずも無かった。

「それでも、騎士の端くれか……、恥知らずの卑怯者め……」

 苦痛に顔を歪ませながらも、アーノルドは必死に踏ん張る。

 ジェイドはそれを冷めた表情で嘲笑うようにして彼に死の宣告を告げる。

「勘違いするなよ、虫ケラ。 雑魚の騎士ごっこに付き合うほど俺は暇じゃないんだ。せいぜいあの世で騎士ごっこの続きでもしてな」

「ジェイドォオオ!!」

 押し合う剣をアーノルドはもう一度振り上げ、憤怒の力で振り下ろそうした。

 だが、天にその大剣が掲げられた時、無情の矢が再び彼の背中に向けて放たれた。

「くたばれ」

 冷たい宣告の通りに、その大剣がジェイドに向けて振り下ろされる事は無かった……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ