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救うべきは

「クックック、無様だな」

 跪く男の姿を蔑み、愉悦するように太ったそれは大きな椅子に腰掛けながら笑った。

 オートリア帝国皇帝グリード、彼は帝都から離れ、公国との国境沿いにある城に居た。そして、そこで各方面から入ってくる最新の戦況の報告をオイゲン将軍と共に受けていたのだ。

「申し訳ありません。しかし、事は何の問題もなく進んでおります。どうかご安心を」

 詫びる男の言葉はどこか冷めたもので無感情、そして形式おびている。

「別に戦況に不満があって言ってるわけではない。ただ単純に、そんな姿で戻ってくるとはいささか滑稽でな。クックック」

 グリードの目の前にいたのは、片腕を失くし現れたジェイドだった。

 彼はガエルとの戦闘後、わずかに残っていた魔力で火の魔法を使い、切断部を焼き止血。部隊の指揮を部下に任せて先にグリードのいるこの城まで帰ってきていたのだ。

「大事を為すには犠牲は付き物です。この失くした腕もまたそうであったのでしょう。公国との戦いにはそれだけの価値がありました」

「そうして無様に逃げ帰ってきているわけか」

 グリードは相変わらずの意地悪く下品な笑みを浮かべながら言った。

「まさか。もはや公国軍相手に私が直接指揮を執る必要もありません。他の者に任せておいても問題ないでしょう」

「ハッハッハ、冗談だ。お前がそこらの臆病者とは違う事なぞわかっている」

「この戦において警戒すべき敵はロマリアのみです。彼らとの戦いにおいて、たとえ肉片一つになろうと陛下の為に戦いましょう」

「相変わらず大袈裟な奴だ。もとよりお前の作戦が上手くいくのならば、肉片になる必要もなかろう」

「もちろんでございます」

「まぁ、期待しているぞ。……いや、期待というのは変だな。上手くいって当たり前の事なのだからな。……ジェイド、失望させてくれるなよ」

 重く静かな圧迫にも、ジェイドはいつもの落ち着いた調子で答える。

「御意のままに」



 帝国領内を進軍するローラント達は道中、帝国軍のゲリラ的な抵抗を受けた。

 それがロマリア軍の進軍速度を落とす事を目的としたものである事は明らかであり、このような攻撃は元来ロマリアが得意とし、帝国からの侵攻を防ぐ際に多用していたものだった。

 このゲリラ的攻撃を担当していたのは、ミロスラフの部隊で彼らの高度に組織化、精練された部隊による散発的で執拗な攻撃は大規模な軍を運用するローラント達には効果的だった。

 ローラント達は帝都オートリアへ向かう為の障壁となる城ノード城、その付近へと辿り着くまでに予定よりもはるかに多くの日数を消費してしまう。

 苦労し辿り着いたノード城は帝国にとってロマリア、公国両方面に展開するには不可欠な補給線の中継地点拠点であり、敵軍の帝都進入を防ぐ重要な城でもあった。その為、これまでとは違い多くの戦力がここには配置されており、常駐の守備兵に加え、ケンロウから移動してきた兵達、メスト率いる第十六師団、ホルガー率いる第二十五師団、アレクサンダル伯爵の私兵達と周辺にはミロスラフの師団も展開し、総勢二万五千以上もの兵員がこの戦域に投入されていた。

 六万を超える兵を引き連れたローラント達だが、野戦とは違い城攻めとなると相応の時間と被害を覚悟しなければならない。それでも、ロマリア軍はこのノード城を攻略し、帝都侵攻を急ごうとしていた。

 未だに不明慮な公国方面の戦況しだいではもたもたしていると、敵領内において包囲孤立する危険があり、速やかな帝都攻略が危険を解消すると同時にこの戦争の終結につながるとローラント達は考えていたのだ。

 だが、今まさに総攻撃を開始しようかというその時になって、思いもよらぬ人物が彼らの本陣に現れる事になるのだった。

「ご報告申し上げます、公国よりの使者と名乗る者が現れました。陛下に直接ご報告申し上げたいと申しておられますが……」

 兵の知らせに、本陣いる者達は驚きの声をあげた。

「通せ」

 喉から手が出るほどに欲しかった公国側の情報。無下に扱うわけにはいかない。

 もちろん攻撃を開始せんというこの瞬間に、それを持った人間が固く閉ざされた国境地帯を越えて現れた事に何の警戒を持たぬローラント達ではなかった。

 しかし、通された使者の顔を見た時にそれらの類いは吹き飛んだ。

「アカサ殿ではありませんか」

 将兵の一人がその使者の顔を見るなりに言った。

 アカサ、つまりキュウジの顔を知る者達はロマリア軍の上層部には多くいたのだ。

 彼がロマリアと公国との同盟に関して直接動いていたのだから、当然国王であるローラントもその顔には覚えがあった。

「御目通りの許し、感謝致します。ロマリア国王陛下に至急お伝えせねばならぬ事あって参上したしだいにございます」

 急ぎの使者の声は非常に緊迫感のある重いものだった。

 ローラントは直ぐにでも用件を、そして情報を聞くつもりだったが、その前に一つだけ気になる事があった。

「我々の陣がこの地にあるとよく御分かりになられたな。ここに着き、そう日が経っているわけでもあらぬのに」

 疑いや、警戒というほどのものではなかったが自然と感じ取った違和感が言葉となってでていた。

「ロマリアへと直接向かう途中にて、帝国の民共のうわさ話を耳にし、急遽この地へと参りました」

 大嘘である。

 キュウジは帝国から公国へと送られたスパイであり、彼のもとには帝国軍から様々な情報が入る立場だったのだ。

 この男が巡回の厳しい国境をすんなりと抜けられたのも、ロマリアがこの地にいる事を把握できたのもそのおかげである。

 キュウジにはクレイグが逃亡を警戒してつけた監視役の人間がついてはいたのだが、それも道中で難無く始末してしまっていた。

「そうであったか、してそれほどに急ぎ伝えたかった事とは」

「陛下、公国は今非常に危機的な状況にあります。帝国の大軍が国境を越え入りこみ、いくつもの街々を焼き払い多くの住民が犠牲となっております」

「なんと惨い事を帝国め」

 話を聞いていた者達が憤りながら言った。

「防衛に向かった公国軍が善戦するも敗退、状況は日々悪化しております。どうかお力をお貸し下さい。すぐにでも兵を向かわせていただけねば公国はもう持ちませぬ。公国はこの絶望的な状況を打開しようと、そう遠からぬ日に最後の攻勢にでようとしております。どうか、どうか陛下のお力をお貸し下さい」

 キュウジの要請に周囲がざわめく。予想よりもはるかに事態は深刻なものだったのだと、彼らはこの時になってようやく実感していたのだ。

 そんな中でアーノルドは今の作戦の続行を主張する。

「陛下、アカサ殿の命がけの願いを無下にはできませぬが、この城を攻略し帝都を落とす事が肝要ではありませぬか? 下手に公国へと向かいますと挟撃される恐れが……」

 当然の主張だった。ローラント達は何も公国を見捨てて囮に帝都を攻略しようとしているわけではない。帝都攻略が結局は公国を救う事にもなるのだと考えていたからこそ、この城攻めを強行しようとしていたのだ。

 ならばここは当初の方針通りに動くべき、そう主張する者がいても不思議ではなかった。

 だが、キュウジが次に放った言葉はそういった考えに疑念を生ませた。

「それでは全てが手遅れとなってしまいます。敵は皇帝自ら指揮を執り、公国に攻め入っているとの話もあり、一刻も早い援軍が必要なのです」

「なんと、皇帝は帝都を離れているのか」

 三度陣内が騒がしくなる。

「ふむ、そう考えれば我が軍の方へと向けた兵力の少なさが理解できる」

 ローラントの考えが導き出したものを、察し理解できなかった者達のうちの一人が素直に尋ねる。

「どういう事でしょうか」

「最初から帝都を守る気などないのだ」

「まさか、そんな……」

 帝都オートリア。ロマリアにとってそれは憎むべき敵の街である。だが、帝国にとってそれは歴史あり、栄華ある崇高な都で、それを犠牲にするなどそう易々と出来る事ではなかった。

「グリード帝が帝都を守る気がないというならば、話が変わってくる。例え帝都を攻め落とした所で相手側に和平に応じる考えがなければこの作戦は成り立たぬ」

「ですが、帝都には多くの民がおりましょう。そのような者達を見捨てる事など到底出来ぬ事かと」

「そのような事ができる男なのかもしれん」

 歴代の皇帝の中には人の上に立つに相応しくないであろう者達が多くあり、ロマリアも長年そのような者達に苦しめられてきたのだ。

 そして現に今の皇帝は公国の罪無き民をも惨殺しているというのだから、常識的に備え持っているであろう良心や理性というものを期待する事は難しかった。

「……ではこのノードを抑え、帝国軍を分断しこの地にて迎え撃つというのは」

「それでは公国が持ちませぬ!!」

 王と将兵達の話に割って入りキュウジは必死に訴えた。真意は別にあるのだが公国へ向かってもらわねばという点は同じだったのだ。

 その思いが伝わったのかローラントが決意を込めて口を開く。

「民は血を分けた家族である。それを無慈悲に見捨てる事など我々はすべきであるまい。そして同じ志を持った友を見捨てる事もまた私には出来ぬ。救援に向かうぞ。我らの手で直接皇帝の首を取り、この戦を終わりにするのだ」

 王の宣言を聞いてキュウジは心の中でほくそ笑む。

 慈悲ある王の決断は、無慈悲な者達が望んだものだったのだ。

「ははっ!!」

 将兵達が慌ただしく移動の準備を始める。救援に向かうと決めた以上、わずかでももたついてる余裕などないのだ、救援の遅れがそのまま自らの破滅へつながるのだから。

 ロマリアと帝国。どのような結果になろうと、この二国にとって大きな分岐点となる決戦がもうそこまでと迫っていた。

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