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トンボとギン

――魔力とは無限の可能性を秘めた存在である。炎に生まれ武器へと姿を変え、水に生まれ盾となる。傷を癒す力となり、病をもたらす災いにもなる。肉体の限界を引き上げ超人の力を与えるこの力の原理を、その謎をすべて解明できたなら、それは我々が神々を超越した瞬間となるであろう。――

           魔術師ソーサン:著『ソーサンの魔術理論と魔力の可能性』より



 魔力は大なり小なり多くの人間に宿る力であり、魔術師は己に宿ったその力を放出し、形成し、操る才能を持って生まれた者達にすぎない。そして、魔術師としての才を持たずに生まれた者にとっても、肉体に眠る魔力が常に無意味な存在であるとは限らない。

 体内に眠る魔力は時に肉体へ作用し、その限界を高める。ドワーフ族の怪力に力負けしない人間の細身の戦士が現れるのもこの為である。また、何も筋力だけが魔力の影響を受けるわけではない。魔力は視覚、嗅覚、反射神経など様々なものに影響する。場合によっては記憶や性格などと言ったものにすら影響を与える事もあるのだ。

 魔力がどれほど肉体に力を与えるのかは、魔力の質、量、系統、そして影響を受ける側の体質による。基本的に他者から魔力の影響を受けるよりも、自身が持つ魔力からの影響の方が強いものとなる。優れた魔力とその影響を大きく受ける体質、その両方を備え生まれた者は超人と呼べるほどの力を発揮する事が出来るわけである。

 歴史上の英雄達の多くもそういう者達であった。


 公国軍の切り札として投入された三人の内の一人、ドワーフの傭兵ギンはクレイグより与えられた棘付きのオリハルコンメイスを使い、次々と第四百三十旅団所属の帝国兵を討ち取っていた。

 何人、何十人もの人間の骨を手に持つメイスで殴り潰しても、オリハルコンのメイスは少しも変形する様子はない。

「派手に暴れるじゃねぇか」

 さらに何人、何十人と相手し続け、周囲の帝国兵を粗方始末し終えたギンの背後から男の声がした。

 慌ててその声の方へと振り返った彼の視界に飛び込んできたのは、ニヤニヤとこちらの様子をうかがっている大男の姿だった。

「巨人族か?」

 ギンは大男を見上げながら思わず呟いた。

「おいおい、そこまででかくはねぇだろ」

 大男は巨大な棍棒を手に、ギンを見下ろしながら笑う。

 大男の身長は人間のものとしても異常なほど高く、筋肉の発達も凄まじい。まるでドワーフが巨大化したかのような身体つきである。

 傭兵生活の中で人間の自称力自慢の輩は数多くみてきたギンであったが、これほどの大男は見たことなかった。

「雑魚共ではお前の相手にはならんみたいだからなぁ。トンボ様が直々に遊んでやるよ」

 大男が名前をギンに告げる。

「トンボ……、なるほど貴様がトンボか」

 思い当たる節がある名だった。

「おやぁ、お前みたいなのと知り合いになった覚えはないんだがなぁ」

「別に知り合いってわけではないさ。こういう稼業やってれば、派手に暴れ回ってる奴の名前は嫌でも耳に入ってくる。『鉄腕のトンボ』の名前もな」

「へぇなるほどなぁ、そいつは悪くねぇ」

 名前が売れてる事に気をよくしたのかトンボは満足気な表情を浮かべる。殺し合いをする敵を前にした者の表情とは思えないものである。

「噂もまんざら嘘ばかりというわけではなさそうだ」

 『鉄腕のトンボ』。

 誰が言い始めたかなど定かではないが、帝国軍に素手で鉄の鎧を着た兵士を易々と殴り飛ばす大男がいる、という噂が大陸西部の国々で活動する傭兵達の間に流れ始めたのは比較的最近の話だった。

 噂話というのは、尾ひれがつき大袈裟になってしまいがちなものである。

 しかし、ギンの目の前に現れたトンボの筋肉質な巨体は噂話に信憑性がある事を示すのに十分なものだった。

「だが、こいつは並の武具じゃない。噂通りの怪力の持ち主だろうと、このオリハルコンの前では無力」

「試してみるか? おチビさん」

 余裕綽々たるトンボの態度に、少なからず苛立ちを覚えるギン。

「後悔するなよ、デカブツ!!」

 メイスを思いっきり振り上げながらギンはトンボの方へ突進する。そして、一気に距離を詰め終えると、目標の目の前で地面を蹴り飛び上がり、脳天めがけていっきに得物を振り下ろした。

 トンボはその攻撃を持っていた巨大な棍棒を受け止める。

――ガーン。

 金属音と共に両者に衝撃が走る。

 攻撃をしかけた方は自分の攻撃の反動に押し返されるようにして飛ばされ地面に着地し、受けた方は何歩か後退させられる。

「おお、こいつはすげぇな」

 トンボが攻撃を受けた棍棒を見ながら言った。

 特製の巨大棍棒がべこりと大きくへこみ、いくらかの箇所は石が砕けたかのように欠けてしまっている。

「勝負あったな」

 ギンは自分と相手との武器の状態を見比べ言い切った。彼のオリハルコンメイスには変化はない。

「こうでなくっちゃおもしろくない」

 絶体絶命のはずの大男には相変わらずの余裕があった。

「どこにでも己の力を過信する者がいるが、貴様は特にそういう大馬鹿者らしい」

「うだうだ言ってねぇでかかってこいよ、チビ助。次はちゃんと本気でやってやるからよ」

 トンボは持っていた武器を投げ捨てると、素手でずっしりと構えた。

 ギンは正気とは思えぬその行動を目にして半ば呆れ気味に言う。

「お前ほどの馬鹿は逆に称賛に値するかもな!!」

 一撃で決める、その気でギンは再び飛び上がりトンボの頭蓋骨めがけて攻撃する。

 ぶしゅっと血と肉片が飛び散り、トンボが奇声をあげる。

「グァアアアアアアアアアア!!」

 攻撃は必殺の一撃になるはずだった。

「貴様……」

 ギンは驚愕した、奇声をあげながらもオリハルコンメイスの攻撃を両手だけで受け止める大男の姿がそこにあったからだ。

「さすがに結構痛かったぜ」

 メイスの棘が突き刺さり、両手から血液を滴らせながらトンボが言った。

 ギンは必死でメイスをトンボから引き離そうとするが、柄頭をしっかりと巨大な両手で握られてしまっておりどうにもならない。

 只々、彼の体がぶらぶらと宙に揺れるだけである。

「やめろよ……、結構痛いんだって言ってんだろ!!」

「グホォ!?」

 ギンの腹部に衝撃が走り、思わずの柄の部分から手を放してしまった彼はそのまま吹き飛ばされてしまう。

 そして、鈍痛に耐えながら起き上がったギンが見たのはへこんで変形した己の鎧の姿であった。

「ば、化け物め」

 心のそこからそう思ってでた言葉だった。

 そんなギンを尻目に、トンボは殴り飛ばした方の手である左手の指をじろじろと見ている。

「やっぱりいてぇなぁ」

 メイスを握った血だらけの右手と同じく血だらけの左手の指を交互に眺めていたトンボであったが、突然何か思いついたのかニヤリと笑みを浮かべた。

 それから、左手でまたメイスの柄頭の部分を握りだす。

「はぁああああああああああああ」

 唸り声と共にトンボの体中の血管が浮きがあがる。

 メイスの棘が奥深くへと突き刺さるのか、血が指の隙間からどんどん溢れてくる。

「まさか……」

 ギンは唖然としてその光景を見ていた。

 トンボが何をしようとしているかは薄々と理解できる。だが、彼の本能はそれを拒否した。

 不可能だと思いたかったのだ。それが可能だったならば、彼の運命は決まったも同然であるのだから。

「はぁああああああああああああ」

――メキメキ、メシメシ、バリバリ。

 トンボの両手とメイスの柄頭から漏れ出す音は、ドワーフの傭兵にとってまるで残酷な運命を知らせる鐘の音である。

「はぁああああああああああああ」

――バキリ。

 その音を聞いて楽しそうにトンボは言った。

「まぁ、こんなもんか」

 そして、彼がメイスから両手を放つとぼろぼろと金属の破片零れ落ち、醜く変形してしまったソレがぼとりと地面に落ち転がった。

「おチビさん、次は力比べといこうや」

 悪魔が微笑む。

「や、やめろ……」

 弱弱しいギンの声が聞こえぬのか、あるいは無視したのか、ゆっくりと迫って来るトンボ。

 恐怖で足が竦み逃げられない。

「やめてくれ……」

 許しを乞うドワーフの手をトンボの血だらけの手がしっかりと握りこむ。

「まずは、左手から」

 トンボは右手でギンの左手を押し込む。

「があああああああああああああ」

 ギンの間接は悲鳴をあげる。

 化け物染みた怪力、ドワーフ族の豪腕をまるで赤子を相手にするかのようである。

「ぎゃあああああああああ」

 ぼきりと鈍い音ともに激痛がギンを襲った。

「ドワーフもやっぱりたいした事ねぇな。もうちょっとがんばってくれよ」

 がっかりしたという口調で言うトンボ。

 そんな彼にギンは必死で命乞いをする。

「まて、もう俺はこれ以上戦えん……、や、やめてくれ……」

 そんな姿をトンボは嘲笑いながら言う。

「いいぜ……、お前が右手で俺の左手に一分耐えれたら助けてやるよ!!」

「ぎゃああああああああ」

 十秒とかからなかった。

 あっというまにギンの両腕は折られてしまう。

「残念だったなぁ」

 嬉しそうな顔をしながらギンの頭からオリハルコンの兜を取り外すトンボ。

 激痛と絶望の中でギンが次に耳にしたのは死神の宣告であった。

「ドワーフの頭蓋骨って結構硬いんだろ?」

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