帝国軍
グリード達の反乱軍が帝都に向けて進軍を始めた頃、オートリア城内は騒々しくなっていた。
「館を襲ったのはハンス師団長の部隊と判明しました!! それとオイゲン将軍がラガリアに向かったとの情報も入っております」
「オイゲンの奴め血迷ったか!! 恩を仇で返すような真似をしよって!!」
兵の報告を聞き、憤怒の形相で叫ぶバスティアン。
「すぐに軍を編成し、ラガリアに送りましょう。ロマリアとの戦争に向けてある程度準備できていましたからすぐに整うかと思います」
宰相はバスティアンに恐る恐る進言した。
「役立たずの貴族共にもすぐに兵を用意させろ!!」
「直ちに」
バスティアンの命令で帝都近郊でロマリアとの戦争を準備していた各師団長達や貴族達が集められる。会議室にはバスティアンと宰相、第十師団長アンドレアス、第二十師団長ガエル、第二十五師団長ピオトル、第三十師団長ルーカス、第三十四師団長ベルント、第四十九師団長ファビアンそして有力な貴族数人がいた。
「ここにおらぬのが反乱に加わった愚か者という事か」
バスティアンが憮然な表情で尋ねる。
「いえ、ロベルトは既にロマリア国境近くに兵を展開させていましたから、それでこちらに来るのが遅れているものと思われます」
アンドレアスが冷静な声で皇帝の疑問に答える。
「ということは、ロベルト以外でここに来てないのが馬鹿な賊共という事になりますね」
髭をいじりながら貴族気取りの男、ピオトルが甲高い声で他の男達に確認した。
「そういう事になるでしょうな。しかしオイゲンもロマリアとの戦争前に何を考えてるんだか」
白髪の混じりの頭を掻きながらベルントが言った。
「どんな英雄も老いると言う事でしょう」
ファビアンが嘲笑するように言うと、ベルントが気色ばむ。
「何が言いたい」
「老兵は物事の判断が鈍りますからね」
「貴様!!」
「止めないか二人とも陛下の御前だぞ!!」
「そうですよ見苦しい」
アンドレアスとピオトルが二人の言い争いに割って入った。
「この時期だからこそ、かもしれませんよ」
この中で一番若いルーカスの発言に一同が表情を変える。
「ロマリアとグルか、そう考える方が自然かもしれん。ローラント王は将軍の事を高く評価していたみたいだしな」
アンドレアスもルーカスに同調し、深刻そうな表情を浮かべた。
「それはまずい事になりますね」
「ロマリアと繋がってるとなると早急に反乱軍を鎮圧する必要がある。用意できる兵ですぐにラガリアに向かうぞ」
アンドレアスの意見に他の師団長達は頷く。
「お前達にも協力してもらうぞ」
「も、もちろんでございます」
バスティアンの言葉に今までほとんど黙り込んでいた貴族達は恐縮しながら答えた。
「用意できる兵と言えば……」
ピオトルが悪意を持った笑みを浮かべ、ガエルの方を見る。
「な、なんだ急に」
ピオトルに見られるガエルの顔色はどこか青ざめていた。
「いえ、ただの噂だと良いのですが、第二十師団には連絡のつかない旅団長が二人もいるとか」
ピオトルの言葉にガエルの顔から血の気が引く。
「それはほんとかガエル!!」
「それはいけませんね。師団長としての責任が問われますよ」
ベルント、ファビアン達の言葉に反論できず、沈黙するガエルをバスティアンが睨みつけながら言う。
「ガエル。俺は心が広い人間だ。戦場で結果さえだせば今回の失態、不問にしてやろうじゃないか」
「ありがとうございます。必ずや陛下のご期待にお応え致しましょう」
ガエルの声は震えていた。
「よし、出陣の準備をいそげ。今回は俺もでるぞ」
「何も陛下が直々にでる必要など……」
「うるさい!! 賊共の、グリードの死ぬ様をこの目で見ないと腹の虫がおさまらん!!」
バスティアンは止めようとする宰相を怒鳴りつけた。
グリード達反乱軍とバスティアンの帝国軍はオートリア近郊の平原にて相見える事となった。反乱軍総兵数約二万八千、帝国軍総兵数約六万一千。数の上では反乱軍を圧倒する帝国軍であったが、半数近くが貴族達の私兵であった。多くの貴族達は自分達の兵が戦で損害を受ける事を嫌い、厳しい戦いではすぐに後退し、楽な戦いでは競って兵を投入し皇帝に媚びを売った。そのような事を繰り返すばかりなので、貴族の私兵は脆弱なものに成っていた。また数々の戦で活躍した英雄オイゲンを擁し、暴君を討たんと士気高まる反乱軍に対し、数的優位はあるものの新兵の多い帝国軍は、慣れない戦と英雄と戦う事になる緊張と不安に包まれ士気が上がらず、中には部隊を脱け出し、反乱軍に加わろうか内心迷っているような者もいる始末であった。
帝国軍は平野をある程度見渡せる小高い丘に本陣を構え、そこに師団長達を集め、最後の合議を行っていた。
「オイゲンの奴め、何を考えている」
ベルントは平野に展開する反乱軍を見ながら唸った。通常、数で劣る反乱軍が平野で展開するメリットなど無い、それどころか数の力を最大限に活かせる帝国軍にとって有利に働く地形であった。そんな場所に名将と呼ばれた男がわざわざ軍を展開させている事にベルントは不気味さを感じていた。
「焦っている、のでしょうか」
「焦っている? ルーカスどういう事だ」
ベルントにはルーカスの言いたい事がわからない。
「案外、ロマリアとの繋がりはないのかもしれん」
アンドレアスの言葉にベルントは驚いた表情になる。
「そんな馬鹿な。内乱を起こし、さらに疲弊した軍でロマリアと戦うつもりだと?」
「もし、反乱軍にロマリアとの繋がりがないのならばゆっくりとロベルトの部隊が合流するのでも待ちますか。時間が経てば経つほど我々が有利となります」
ピオトルが悠然とした態度で言った。彼の言う通り、時間が経つほど帝国軍は有利な状態になる。各地の部隊との合流が可能となり兵数でさらに反乱軍と差をつけることが出来るだけでなく、反乱軍単独で軍を長期間維持するだけの資金や兵糧があるとは思えなく、戦うまでも無く決着がつく可能性すらあったのだ。
「あくまで仮定の話でしょう。もし、ロマリアとの繋がりあったならば時間が経つほど不利になるのはこちら。それに反乱軍がロマリアとグルで有ろうと無かろうと、我々がロマリアと戦う必要があるのには変わりありません。我々は急がなければならない」
「ファビアンの言う通りだ。俺達には悠長に援軍を待っている余裕などない。それにわざわざ平野に展開してくれているのだ。一気に片をつけるチャンスだ」
ガエルが退屈そうに軍議を眺める皇帝の方を気にかけながら、発破をかけるように言った。
「いくら焦っているからと言って将軍が無策に部隊を展開するような愚行をおかすとは考え難いが、時間があまりないのも事実だ。基本は正攻法通り数で押し切る事にするが、不測の事態に備え予備兵力を多めにとるぞ。ガエル、お前の戦力も丸ごと予備兵力としよう。機を見て動いてくれ」
「ふざけるな!! アンドレアス、何故俺が貴様等のお守りをしなくちゃならん!!」
ガエルには焦りがあった、何としても戦場で戦果を上げ、自分の師団から二旅団もの部隊が反乱軍に加わわるという失態を帳消しにしなくてはならないのだから。
「あなたの師団は兵力が半減している、そんな部隊を敵に正面からぶつけてもよい結果を生むとは思えませんね」
冷ややかな反応をするファビアン。
「いくらか兵をこっちに回せば!!」
「ガエル、あなたはすでに我々に多大な迷惑をかけているんですよ。ここは、チームプレイというものに徹してほしいですね」
ピオトルの耳障りな声を聞きながら、ガエルは歯ぎしりをする。
「安心しろ。美味いところは残しておいてやる、ガッハッハッハ」
「尻拭いではなく、的確なタイミングで動けばより多くの戦果を上げる事も可能でしょう。ガエル殿にとっても悪い話ではないと思いますが」
「くそっ!!」
ガエルはベルントとルーカスに説得され渋々承諾したその時、一人の兵が本陣に走り込んで来る。
「敵部隊、動きだしました!!」
反乱軍がゆっくりとアンドレアス達の方へ向かってきているのが見える。
「来たか……。数を活かして若干横に長く展開し、限界までひきつけ一気に叩く。ガエルの部隊は後方に下げ予備兵力に加える。いくぞ!!」
各師団長達は自分の部隊に合流すべく本陣を後にした。