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復讐の機会

 スタンチオ公国南西に位置する国境の街マランダ。

 そこに帝国軍が姿を現したのは宣戦布告から半日も経たぬ頃であった。

「オイ、ありゃ何だ」

 街の物見塔からはるか彼方に起きた異変に気付き公国兵が声をあげた。

「帝国の奴等だ!! もう来やがったのか!! 住民の避難を急がせろ!!」

 傍にいたもう一人の男は彼方の異変を確認するとあわてて塔の鐘を鳴らした。

 ロマリアとの同盟後、帝国との戦争が近いと感じたマランダの人々の多くは既に沿岸部の街や首都への避難をはじめていたが、全ての者がそう簡単移住できるというわけでもなく、いくらかの人々は街に残ったままであった。

 だが、実際に戦争が始まり、帝国が宣戦布告と同時に公国領内に侵入し、国境の街を次々と焼き払いはじめたという情報がこの街へ伝わると、残っていた人々も持てるだけの財産を持ち出し避難し始めた。

 焼き払われた街から運良く逃げ出せた者の話では街の守備隊はもちろんの事、意志をもって街に残っていた住民から逃げ遅れた住民まで虐殺したのだという。その話を聞いたマランダの守備隊も帝国の卑劣な行いに激怒していたが、現状の戦力では一矢報いることすら困難であった為、このままでは街を捨て撤退せざるを得なかった。

「畜生!! 援軍はどうなってるんだ。俺達の街が燃えちまうのを眺めてろってか!?」

「すでにこっちに向かってるそうだが、間に合いそうにもないか……」

「それも本当か疑わしいね。なにせ公国兵は腰抜け揃いで有名だからな」

 苛立ちを抑えきれぬという表情で男は吐き捨てた。

 スタンチオ公国の正規軍は常に戦争続きであった帝国兵とは対照的に独立後戦争が一度もなかった為、他国や傭兵での軍歴がある者を除けば素人に毛が生えたような者ばかりという有り様で、わずかばかりいる経験者のほとんども戦争のないこの国で軍人として過ごすうちに腕が錆び付いてしまっていた。

「自分達の事ながら、情けない話だな……。しかし、こう言うのも癪だが、今回、商人連中はえらく気合が入っているらしい。やつ等の私兵は頼りになるかもしれん」

 独立後、公国の正規軍が戦争に参加する事は無かったが、公国商人達の私兵となると話は違った。有力な商人達は帝国の腐敗した貴族達とは違い、他国への影響力など自身の利となりそうな戦場にはたとえ危険であっても積極的に私兵を投入したし、商売仇の抹殺など血生臭い事もやらせていたのだ。その為、彼らは常に腕の立つ兵士を必要としており、実際にそういう輩を雇い、飼っておけるだけの豊富な資金も彼らは持っていた。

 ロマリアとの同盟を決めた後、公国商工会は帝国との決戦を見据え、大勢の傭兵を追加で雇い入れた。小金を惜しんで全てを失う事の恐ろしさを知る商人達はまさに桁違いの大金をつぎ込んで大傭兵部隊を結成していたのだ。

「その商人様達はこの街を助けようと必死になんてならんだろうよ」

「そうは言うが……、ん!? あれは……」

 帝国軍とは反対の方向に現れた何かに男が気付き指差した。

「どうした」

「援軍だ!! 援軍が到着したんだ!!」

「何だって!!」

 もう一人の男も指差さされた方向に目をやりその姿確認する。

 確かにそこには人の群れらしき姿があった。軍旗の紋章をしっかり確認できるような距離では無かったが、方角から考えて、それが公国軍である事は間違いなかった。

「間に合ったか!! 急いで人を送らせろ!! 帝国がそこまで来てる事を知らせるんだ!!」

「わかっている!!」

 一人は慌てて物見塔から降りていき、残った男の方は再び鐘を鳴らし叫ぶ。

「援軍だ!! 援軍が来たぞ!!」



「敵は郊外に部隊を展開したたまま動こうとしません。いかが致しますか」

 公国軍が先にマランダの街に到着すると、市街戦を嫌ったのか、帝国軍はマランダ郊外の平原で進軍を止めていた。

「援軍でも待っているか……。それとも夜を待っているのか……」

 公国軍の正規軍総大将として指揮を任せられたトレントは報告を聞いてどう動くべきか悩んでいた。

「こちらから仕掛けるべきだ。たしかに予想より敵の規模は大きいようだが、まだ十分にやれる数だ。敵の援軍が到着する前に叩く、基本中の基本だ」

 総大将であるトレントに同等、あるいは上から目線ともとれる発言をする男。

「だが、そろそろ日が沈みはじめる」

「そんなもの相手も同じ条件だ。魔術師連中に照明の魔法をやらせておけば問題ない」

「本当に敵が援軍を待ってるのかはわからん。街を利用して誘い込んで迎えうつ方がこちらの兵の消耗を抑えられる」

「実際に援軍が来て手がつけられなくなっても知らんぞ」

「あんたは少し焦りすぎてるんじゃないか、ガエル。自分を散々な目にあわせた仇を前にして」

「俺が焦ってるだと? 貴様らが敵を前に臆してるだけだろう?」

 ガエルは敵意すら込めているかのように強い口調で言い放った。

 トレントの指摘通りガエルには焦りがあった。反乱軍の鎮圧に失敗したあの戦い、あの戦場から逃げ出し、なんとか辿り着いたスタンチオ公国。そこで掴んだチャンス、復讐の、新たな成功への機会を得て彼は焦らずにはいられなかった。

 公国商工会の莫大な資金が作りあげた大傭兵軍、それを纏め上げ指揮するチャンスをガエルは得る事に成功した。

 それは彼が帝国軍師団長としての長年経験が商人達に買われた事と、ガエルと同じように公国に逃げてきた旧帝国貴族達の推薦があった事は大きい。

 逃げてきた貴族達は少なくない資金を提供し、公国にとっての新時代、自身達にとっての復讐と再び権力を得んが為にこの戦に協力していたのだ。

 ガエルは商人達と貴族達の間でどのような取り決めがあったのか細かい事など知りはしない。だが、この機会をモノにしなくてはならぬという事だけははっきりとしていた。

「動くつもりがないのなら、俺達だけでやらせてもらうぞ」

「何を馬鹿な事を!! 軍の指揮権は私にあるのだぞ」

「貴様にあるのは軍の指揮権だ。俺は商工会から直々に私兵共の指揮を任されている」

「戦力を分散させるつもりか!?」

「させるかどうかは貴様が決める事だ。傭兵共の指揮は俺のやりたいようにやらさせてもらう。素人同然の臆病者達に付き合って機を逸するわけにはいかんのでね」

「クッ……」

 実績らしい実績を持たぬトレントは言い返すことが出来ない。何より彼自身、軍を動かすべきか、そうではないのか判断つかぬところがあったのでは土台無理な話であった。

「それでは失礼させてもらう」

「待て!!」

 引きとめようとするトレントを無視して、ガエルは作戦室から去っていった。


「本当に奴等、打って出てくるでしょうか」

 マランダの街を遠方に見据えながら副官はジェイドに尋ねる。

「ああ、彼が指揮をとってるからには」

「ガエル殿でありますか……」

 帝国は公国側の情報を多く掴んでいた。その多くは密偵達からもたらせられるものであり、とくにアカサとして商工会の懐にまで潜り込むことに成功していたキュウジからの情報は有用なものが多かった。

 公国に逃げ込んだ没落貴族達が商工会と手を組んだ事や、ガエルが商工会の用意した傭兵部隊の指揮をとる事になったのもすべて帝国側に漏れていたのだ。

「彼には忍耐というものが少し欠けている。感情をコントロールできずに冷静さを失いがちだ」

「今回もそうなると?」

「あの男が辛抱できるはずがない。目の前に殺したくて仕方がない相手を見つけてね」

「殺したい、ですか……」

 副官は視線を自分達の軍団旗の方へと向ける。

 そこには鋭い爪と牙を持ち、巨大な翼を生やした醜悪な獣いた。それが、ジェイドが指揮する今の第二十師団のシンボルマークだった。

 第二十師団はもとはガエルが指揮をとっていた軍団であった。それが今や彼の部下だった男のかつての旅団マークをつけて動いており、その男は自分を裏切り窮地へと追い込んだ張本人でもあるのだ。

 それだけでも、腹立たしい事であろうに、さらに男はマランダにいるガエルを挑発するかのように高々と軍団旗を掲げていた。

「フフ」

 ジェイドから笑い声が漏れる。

 ジェイドの存在に気付いているであろうガエルの心中を想像すると、ついつい笑みがこぼれてしまう。

「しかし、万が一という事もあります。敵が出てこない場合は……」

「心配する事はない。その場合の手も準備はしている。杞憂にすぎないだろうがね」

 ジェイドは確信していた、腹を空かせた獣が餌につられないわけがないと。



「結局、貴様もついてくるのか」

「当たり前だ。戦力分散なんて愚行できるわけなかろう」

「フン、せいぜい足手まといにならんようにな」

 マランダの街から打って出たガエル達に、トレント達も合流するしかなかった。戦の基本は数である。その優位を見す見す逃すなどトレントには出来なかったのだ。

 郊外に展開する帝国軍の陣容はハンス率いる第三師団、ジェイド率いる第二十師団、トンボ率いる第三十師団、合計約一万五千。対する公国軍は正規軍約八千、傭兵軍団約一万二千の合計約二万の軍勢。

 数の上では公国有利であったが、帝国軍の中でも最精鋭と呼べるハンスの師団や、旧第四二〇旅団兵の多くをそのまま抱えて込んでいるジェイドの師団には数を覆せるだけの力は十分にあった。結局この戦いの勝敗は両軍の戦術、そして未知数とも言える公国の傭兵部隊の力量によって決まりそうなものとなっていた。

「何か策があるのだろうな?」

 マランダの街から威勢良く飛び出したガエルに勝算の根拠をトレントは問うた。

「シンプルにいく。相手の正面に兵をぶつける、それだけだ」

「何だと!? 何の策もなしに兵を動かしてるのか?」

「正面にぶつける、それが策だ」

「そんなものが策と呼べるか!!」

「腕のいい傭兵が揃ってるが、所詮は急造の寄せ集め。むやみやたらに動かすより、単純にいくのがいい」

「いくら数に分があるといって、それだけで勝てると思っているのか?」

「安心しろ。切り札ぐらいは用意してある」

「切り札だと?」

「まぁ、見ていろ。はじめるぞ!!」

 ガエルが攻撃の合図をだすと太鼓の音が辺りに響きはじめ、傭兵部隊が動きだす。

「クッ、好き勝手にやりやがって。……お前達、遅れをとるなよ!!」

 ガエルのやり方に呆れながらもトレントは兵達に指示をだし、傭兵部隊に遅れないよう正規軍の動きを合わせる。

 こうして帝国軍と公国軍の決戦はちょうど夕陽が赤く燃えながら沈んでいく頃に始まったのだった。


 帝国軍の魔術師達が放つ雷撃が突き刺さり、火球の雨が戦場に降り注ぐ。

 公国軍の魔術師達は前進する部隊を守ろうと必死に魔法の障壁を張るがその隙間から、そして障壁に幾つもの魔法がぶつかり打ち破るようにして、着実に帝国軍の魔法攻撃は公国軍に損害を与えていた。

 魔法戦においては完全に帝国側有利となっていた。

 大枚を叩いても魔術部隊の用意は簡単にできるものではなく、その数や質に差があったからである。

「障壁を張るのに集中させろ!! 反撃は最低限でよい!!」

 ガエルは自軍の魔術師部隊に防御を徹底させる。

 公国軍側にとって、魔法で削りあうよりもいかにして損害少なく敵軍に張り付くかが重要だったのだ。

「くたばりたくなかったら、とっとと敵にぶつかれ!! 突撃しろぉ!!」

「オオウ!!」

 公国軍の前線指揮官が発破をかけると、兵達はそれに答え、歩みを進める。目の前の仲間の肉体が雷撃に貫かれようと、燃えて墨に化そうと彼らには前進する事しか許されなかった。歩みを止めれば、前進を続ける部隊を守るようにして張られる障壁の外にでてしまう、それはすなわち死を意味するのだ。

 魔法戦がはじまり公国軍が帝国軍のもとに到達するまでのわずか三十分ほどもかからぬ時間の間に、公国側はすでに死傷約千ほどの損害をだしてしまっていた。

 この事は戦場において魔術師達がどれほど重要な存在であるかを如実に示すものである。

「大丈夫なんだろうな」

 トレントはついに敵軍のもとまで辿り着いた自軍の兵達を見つめながら尋ねた。既に陽は沈みきり、松明や照明魔法の光が戦場を照らしている。

「問題ない」

 自信があるように答えるガエルの視界の手前側には、敵軍に到達する事無く魔法攻撃や弓矢の餌食となったいくつもの死体が転がっていた。

――キーン、カーン。

 剣と剣、剣と盾、剣と槍、槍と槍。

 無数の武器がけたたましい音をあげ、戦場に木霊する。

――カキーン、ガン、ガキーン。

 そして無数の箇所で鮮血が飛び散る。

「くたばれや!!」

「ギャアアアア」

 両軍の兵の怒声と悲鳴が飛び交い、幾人もの命が失われていく。

 魔法攻撃を掻い潜り辿り着いた先に待ち構えていたのは、また別の地獄だったのだ。

「くそお、こいつら手ごわいぞ……」

 実戦経験の浅い公国軍正規兵にとって、多くの精鋭部隊を持つハンスやジェイドの師団を相手にするのは困難なものであったのだ。質の差がありすぎ数の分などあってないようなものとなってしまっていた。

「チッ、雑魚共がそいつは俺が殺る!!」

――カキーン、ガン、カキーン。

「クソ、しぶとい奴め」

 頼みの綱である腕利きの傭兵部隊ですら帝国の精鋭には梃子摺っていた。

 特にハンスの師団の攻勢は顕著で、それにつられるようにして公国全軍が押される形となってしまう。

「不味いぞ、ガエル。やはり何の策もなしに勝てる相手ではなかったのだ!!」

 後退させられていく軍を眺めながらトレントがガエルを責めるように言った。

「慌てるな」

「この無様な状況を見て慌てるなだと!? あんたが勝手に兵を動かしたばかりに俺の部下達が死んでいるんだ!!」

 語気を荒げるトレントを冷ややかな横目で見ながらガエルは傍にいた男に指示をだす。

「そろそろ奴等の出番だ、合図を出せ」

「はっ!! 了解しました」

 指示を受けた男は何やら呪文の詠唱し始める。

「安心しろ。いまからとっておきのカードを切る」

「とっておきだと?」

「切り札は的確に使用してこそ意味があるのだ。まぁ見ていろ、すぐに戦況は好転する」

 ガエルがそう言いきった時、呪文の詠唱を終えた男の手から一際大きな火球が放たれ、高々と立ち昇った。そして火球が音を立て破裂すると、明るい緑を帯びたいちだんと目立つ光が闇夜に散った。

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