クレイグ
キュウジがクレイグと直接接触するのには多くの時間が必要となった。それはクレイグに対してキュウジの身分を保証するものが何も無かったからである。
公国内にはかつて商売をしていた頃のコネがいろいろとあるが、今のキュウジの身分を知られるわけにはいかないが為に、慎重に事をすすめる必要があったのだ。
キュウジはクレイグに近付く為に調査する中で、変装と言えるほどのものではなかったが普段の髪型や服装を変え、ほとんど度が入っていない眼鏡をかけるなどして雰囲気を変え、出来るだけ過去の足取りがばれにくいように行動した。そして、それが功を成し、流れの商人アカサとしてクレイグと会う約束を取り付ける事に成功する。だが、それは武具の取引を終えて二週間以上、命を受けて公国入りしてからは一カ月も経ってからであった。
動物の剥製に金の皿、偉大な学者達が著した書物が詰った棚に、宝石で装飾された鋼の盾。高価な品々が何の調和もなくゴミのように飾られる部屋にその男はいた。
クレイグの風貌は一見紳士の中年に見えるものであったが、キュウジは一目でこの男から隠しきれない下劣な人間の臭いを感じとった。
「私と直々に話したい事があるとか。いったいどのようなご用件で?」
クレイグは革張りの椅子に腰掛けながら、挨拶もなしにキュウジの顔を見据えながら尋ねた。
「御初にお目にかかります。私は流れの商人をやっているアカサという者で、この度、貴重な逸品を手に入れる事が出来たので、ぜひグレイグさんにと思いまして」
「ほう、それはそれは。いったいどのようなもので」
クレイグはわざとらしく言った。
クレイグほどの有力者が用件もわからず流れの商人に会うわけもない。当然キュウジは彼の部下である者に何を持ってきたかは伝えてある。そして、それに興味があったからこそクレイグはアカサという自称流れの商人と会っているのだ。
「これです」
キュウジはクレイグの目の前にある大きな机の上に小箱を置くとゆっくりと蓋を開けた。
「おお、これは素晴らしい」
中に収められていたオリハルコンの短剣を見てクレイグが感嘆の声を上げた。
「すこし、よろしいですかな」
そう言うとクレイグはキュウジが同意する前に早々とこの貴重な品を素手で手に取り眺め始めた。
「いやぁ、これは素晴らしい。これほどの物は私でも中々手に入らない」
短剣を眺めるクレイグの顔から笑みがこぼれる。無理もないことだった。貴重なオリハルコン製の品々の中でも武具は特に珍しい物であったのだ。
「気に入っていただけましたか?」
「ああ、もちろん。それでいくらで売っていただけるのかな」
「いえ、こちらの品はぜひクレイグさんにとお持ちしたものです。金銭など必要ありません」
「ほう、それは……」
手にしていた短剣を箱の中に戻しながらクレイグは露骨に警戒した視線をキュウジに向けた。
「しかし、これだけの物をタダでというわけにもいかないと思いますが?」
「これからクレイグさんとは懇意にしていただけたらと……」
「懇意に、ですか」
「ええ」
「フフ」
クレイグが鼻で人を馬鹿にするように笑う。
「いや、失礼。しかし、流れの商人であるあなたが、これほどの品をタダでと言うからにはそれなりの訳があるはずでは?」
クレイグは自分の権力を頼りにしようと近付いてきたであろう者に対する侮蔑と警戒の表情を浮かべながらキュウジに問うた。
「訳ですか。そうですね、私もそろそろ流れの商売などやめようかと思っていまして」
クレイグの態度を意に介さずキュウジは答えた。
「ほう、それでこの国での商売を始めるのを助けてほしい、っといったところですか」
「大まかに言えばそういう事にもなります」
「おや、違ったのですかな」
「違ってるわけではないのですが、その前に一仕事させていただきと思いまして」
キュウジは本題に入ろうと切り出した。