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オリハルコン

――宗教家は楽園ってのは、天界にあると言い張るが、俺に言わせればそれは大きな間違いだね。 どこにあるかって? ここさ、この地面の下だよ――

                             大鍛冶屋 リオネル


 かつてこの大陸の地下深くにオリカルクムと呼ばれる巨大な国家を築き上げていた者達がいた。彼らはドワーフと呼ばれる種族で人に近い容姿をしており、背丈は人間の子供ほどしかない。だが、筋肉は人間よりもはるかに発達しており、一般の成人した人間では子供のドワーフの力比べの相手にもならないほどである。そして、文化的なものなのか、あるいは本能によるものなのかはわからないが鉱物や金属の採掘、加工を非常に好む習性があった。

 オリカルクムは歴史上ドワーフ達が築いた唯一の国家とされる。そこでは、様々な鉱石が産出し、彼らはそれを製錬し多くの有用な金属を作りだした。

 その中でも『オリハルコン』と『ミスリル』は人間には決して作れず、加工すらできない金属として重宝され、ドワーフはそれらの金属で作られた武具や装飾品をわずかに輸出する事で人間など他の種族から多くの食料を調達していたとされる。

 そんなドワーフ達の国も彼らに伝わる『災厄の日』により滅亡し、多くの技術と知識が失われ、今ではオリカルクムが大陸の地下のどの辺りにあったのかすら正確に知る術はない。災厄の日を生き残ったドワーフ達も大陸中に散り、現在も国を持たず、人間社会に紛れて生活している者が多い。

 今は無きオリカルクムの二つの特産品のうち『ミスリル』は別名、生きた鉱石、金属とも記録されており、長期間保存するのには特殊な方法が必要であったらしく今では『屍骸』となってしまった物がわずかに残っているだけである。

 それに対して、『オリハルコン』は希少な物であるには違いなかったが有用な形で現存している。鉱石自体は製錬する術が今だになく、嗜好品、歴史的資料、研究資料として一部の者達が所有するだけであるが、加工済みの武具や装飾品は非常な高値で現在も取引されている。

 オリハルコンの特徴は鉱石を製錬する事により、炎のような光沢を持つ事と、特殊な条件下を除き決して錆びない事である。そして、ドワーフ達の作りだしたオリハルコン製の武具は、人間のどんなに高名な鍛冶屋が作ったものであろうと鋼のそれでは太刀打ちできないほどの逸品だった。

「装飾部分も欠けずに綺麗に残っている。これだけの代物、そうお目にかかれるものじゃない」

 男が自慢げに言った。

 ドワーフ達は外見とは裏腹に手先が器用らしく、武器や防具に施す装飾は一流の職人達をも唸らすほど素晴らしいものであった。その為、軍人や冒険者など単純な武具としての質を求める者だけでなく、芸術作品としてドワーフ製の武具を求める者もいるほどである。

「確かにな。で、これを俺に見せてどうするつもりや。ただの自慢か?」

「クックック、まさか。俺は物の良し悪しは理解できるが、だからと言ってこんなものをコレクションして見せびらかす趣味はない。……お前は今いろいろと金銭の融通を利かせられる立場なんだろ? どうだ、こいつを買っていく気はないか」

「値段しだいやな」

「三百だ」

 男が指を三本立てながら言った。

「三百? 銀か?」

「馬鹿いえ、金だ。金貨三百枚」

 提示された値段にキュウジは呆れたようにため息をつく。

「他をあたれ。俺はコレクターでも暗殺業やってる人間でもない。いくらオリハルコン製でも短剣一本でそんなにだせるか」

「ちっ、仕方ねぇ。気は進まないが、クレイグの旦那でもあたるとするか」

「クレイグ?」

「ケケ、なんだ知らないのか。この街で今、一番有名な商人だろうよ。丁度、お前の姿を見なくなった頃から、ここ数年で頭角を現してきたんだが、いろいろとやばい噂もつきまとってる男だ」

「だから気がすすまんのか」

「それもあるが、単純に金払いが悪い。まぁ、貸しを作っておくのも悪くないがな」

「貸しを作っておきたいほどの大物なんか」

「ああ。少し前に、公国商工会の役員メンバーになったようだが、既に他の役員メンバーの大半が、新参のあの男に頭が上がらない状態って噂だ」

「へぇ、そりゃあ……。で、それほどの男がこういう物を集めるのが趣味なわけ」

 キュウジが短剣を眺めながら言った。

「武器、絵画、彫刻から皿までとにかく値打ちのあるものを集めている」

「なるほどな。よし、俺が買おうやないかこの短剣」

「なんだぁ、急に。またこの辺で商売始めるつもりなのか?」

 男は急に態度を変えたキュウジを訝しがった。

「いや、それでもそれだけの大物なら後々の為になるやろ」

「安易に近付くのはやめといた方がいいと思うがね」

「お前はあの男に短剣を売りにいくのは嫌なんやろ。だったら素直に今、俺に売っとけ」

「クックック。お前がどうなろうと知らないが、厄介事だけはもちこんでくれるなよ」

「代金の金貨三百枚は武具の受け渡しの時に上乗せしといてくれ」

「金貨三百五十枚だ」

「さっき三百やと」

「情報料。短剣金貨三百、クレイグの旦那の情報が金貨五十枚」

「好きにしろ」

 そう言ってキュウジが短剣の入った小箱を受け取り、この薄暗い建物から出ようとした時、通路の奥から女達の笑い声が聞こえた。

――さっきの女達か?

 薄暗い建物中で男に飼われている奴隷達の笑い声。自由のない生活、主人為に生かされるだけの道具。そんな境遇にありながらあの女達は笑っているのだ。

 それはキュウジにとって何も不思議な事ではなかった。

 奴隷の多くが自身の人間以下生活の中に希望を見出そうとする。そして、人間以下の生活の中で笑顔すらみせる。慣れ、諦め、慰め。自分の生活が何の希望もないものだと認めれない者達の抵抗。いや、逃走だ。

 キュウジは奴隷に同情などしない。むしろ怒りに近い感情がわく時すらあった。それは彼らの多くが自分で望んだ結果の状態なのだと思っていたからである。

 奴隷達には自由はない。しかし、それを手にしようとするチャンスは常にあるはずなのだ。

 隙をみて逃げ出すもよし、武器をもち立ち向かうよし。だが、多くの者達がそうしない。何故なら上手くいくはずがないと考えているからである。事実、九割、いやそれ以上の確率で失敗に終わるだろう。失敗すれば、死すらも生ぬるいと感じる拷問がまっているかもしれない。

 だが、奴隷は死人と変わらない。

 死人が死んだところで何だというのか。

 死人が拷問を受けたところで何だというのか。

 醜いとすら思えるのだ。

 偽りの生にしがみつこうとするその死人達の姿が。

「ああ、そうや」

 キュウジは足を止め、振り返り男の方へ小さな物をなげつけた。

「何だこれ」

 受け取った男が見てみると、それは古く薄汚れていて安物にしか見えない指輪だった。

「生まれてくる。不幸な腹の中のガキへ送る俺からのプレゼント」

「嫌がらせか? こんなものより金貨の一枚でも多くくれた方が」

 露骨に嫌そうな顔をして男が言った。

「お前にやない。ガキへのプレゼントや」

「プレゼントって言ったってまだ、男か女かもわからないのに指輪なんて……、まぁいい、一応受け取っといてやるよ」

「じゃあ、一週間後に」

「ああ」


 男はキュウジが去った後に指輪を眺めていると内側になにか彫られている事に気がついた。

「ん、なんだ」

 それは小さく彫られた文字だった。

――お前がいる場所は、お前が選んだ場所なのだ。

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