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使者

実在する人物、団体とは一切関係はありません。

 かつては、大陸の西部に強大な帝国を築いたオートリア帝国。だが、今では相次ぐ分離独立によって領地は切り離され、力を失っていた。皇帝や多くの貴族達は享楽に溺れ、政治を投げ出し、十分な装備を用意できない軍は隣国との戦で敗戦を重ねた。

 この国に滅びの影が迫っている。

 帝国の英雄オイゲン将軍は苦悩していた。

「もはや、これまでか……」

 オイゲンは決心すると、見張りの兵にある人物を呼ばせた。

 それからしばらく後、オイゲンの部屋に一人の男が現れる。

「お呼びですか、オイゲン様」

 細身の眼鏡をかけた若い男だった。

「私は腹を据えたぞ」

 将軍の言葉に男は表情に幾ばくかの驚きと喜びの色を浮かべる。

「おお、では……」

「うむ、さっそく動いて欲しい」

 そう言って男に指示をだし見送った後、オイゲンは天を仰いだ。



 オートリア帝国の帝都オートリア。栄光と繁栄を享受し続けた都はこの国の顔として、滅びゆくというには不相応な華やかさで今なお飾られていた。

 だが一見すれば賑やかなこの都も、よくよく見れば、人々は浮かなく疲れた顔をし、大通りの裏を少し覗けば乞食が溢れている有り様で、まさにこの国の虚栄を映すものである。

 そんな都の北部にある館に一人の青年が幽閉されていた。

「グリード様、城の方から客人が参っています。オイゲン将軍からの使いだそうですが」

「通せ」

 めんどくさそうに答える太った青年グリード、年は十八。彼は皇帝バスティアンの実の弟であったが、反乱を恐れた皇帝によって帝都の郊外で監視される生活を余儀なくされていた。

 怠惰な日々を過ごすばかりであったグリードの部屋に使いが現れ、頭を垂れる。

「お久しぶりです、グリード様。」

「ほう、お前はマルセルとかいう名だったかな。オイゲンの使いの者がこんな場所に何用だ。今はこんな場所で遊んでる暇はないはずだろう、特にお前のようにオイゲンの手足として動いてるような人間が」

 マルセルを馬鹿にするように笑うグリード。マルセルはそのような振る舞いも気にする様子なく用件を伝える。

「そのことですが、将軍はこの度のロマリアとの戦は今の我が軍に勝ち目なしと考えておりまして、グリード様の力をお借りしたく参上したしだいです」

「将軍が戦に負けると言うのは問題だな。オートリア帝国軍に敗北は許されない。違うか?」

 グリードの問い掛けにマルセルは表情を変えずに答える。

「私も将軍と同じ考えをしています。今の帝国軍にロマリアを破るだけの力はありません」

「何が言いたい。第一、力を借りたいなどと言うが、今の俺の状況をみろ。俺なんかにそんな泣き言を言ったところで何もはじまらんだろう」

 苛立った様子で喋るグリード。

「いえ、グリード様の力が必要なのです。グリード様にはオートリア帝国皇帝グリードとして、我が軍をまとめていただきたいのです」

 マルセルの発言に、最初は驚きの表情を浮かべたグリードだったがすぐに歪んだ笑顔に変わる。

「クック。問題発言だなマルセル。俺が皇帝になると言うが、それが何を意味するかわかっているんだろうな」

 黙って頷くマルセルを見て、グリードは大きく息を吐いた後、言葉を続けた。

「忠臣オイゲン将軍も堕ちたものだな……。俺はお前達の企みを兄に進言するとしよう、兄の俺に対する疑いもそれで晴れ、俺は城での暮らしに戻れるわけだ」

 そう言いグリードは笑った。

「このままロマリアとの戦で負ければ、その暮らしも長くは続きません。将軍は私心の為ではなく、帝国のために起とうとしているのです」

 マルセルは淡々と述べる。

「ロマリアとの戦の前に内乱起こす方がよっぽど馬鹿げているだろう。勝てぬというならロマリアにいくらか良い条件をつけてやって和解すればよい」

「陛下が、そのようなことを許すほど理解をもった人物ではないことはグリード様がよくご存知であると思いますが?」

 マルセルの言葉にグリードは黙り、少しの間考え込む。

「……それで、どうやって俺を皇帝に即位させるつもりだ」

「この館からグリード様を救出し、帝都から南にあるラガリア城にきていただきます。あの城は今ハンスが管理するものとなっています。そこに兵を集め決起し、短期期間で決着をつけます」

「勝ち目はあるんだろうな? どれぐらい兵は集まりそうなんだ」

「ハンス率いる第三師団、ミロスラフ率いる第四師団、メスト率いる第十六師団、マヌエル率いる第五十二師団、フィリップ率いる第二百二十旅団、ホルガー率いる三百二十旅団、その他三大隊。さらにアレクサンダル伯爵も協力を約束してくれています。計四師団、二旅団、三大隊、伯爵の私兵も併せますと二万八千ほどの兵になるかと」

 マルセルの示した兵力が思いのほか多かったのでグリードはすこし驚いた。

「それだけの数が集まるのは、さすがはオイゲン将軍の人望といったところか。だが、相手は貴族の私兵も併せればこちらの倍にはなるだろう。数だけ見れば勝ち目などないと思うが」

 マルセルは動じずに答える。

「数だけ見ればの話です。すでに他師団の多くは相次ぐ戦で多くの熟練された兵を失い、訓練の足りない新兵が多くを占めています。特に各師団の魔術師部隊の被害は深刻なものです。貴族の私兵も質の良いものとは言えず十分に勝てる戦いかと」

「戦で兵を失ったのはこちらも同じだろう」

 グリードは飽きれたように言った。

「メスト、マヌエルの兵はそれなりの被害をうけていますが、ハンス、ミロスラフは多くの戦果をあげ精強なモノに仕上がっています」

「なるほど、さすがはオイゲンの三弟(さんてい)だな」

 オイゲンには彼を慕い、彼から信頼される若い三人の弟子がいた。

 ハンス、ミロスラフ、そしてマルセル。

 ハンス、ミロスラフの二人は騎士として戦地で数々の戦果を上げる事によって、マルセルはオイゲンに仕えながら文官としても様々な国務をこなす事によって周囲の注目を集め、人々は彼ら三人を敬意あるいは嫉妬を込めてオイゲンの三弟と呼んでいたのである。

「自国の兵を貶めるつもりはありませんが、二人がいるかぎり、今の錬度の落ちた帝国兵など二倍どころか三倍の兵も相手にできましょう。……ただ」

 何か言いかけて、すこし言いよどむマルセル。

「ただ何だ。隠しごとは為にならんぞマルセル」

「いえ、隠しごとをするつもりではないのですが、相手の軍の中で唯一懸念される材料が……。ジェイドという男なのですが」

 ジェイド、その名はグリードも聞いたことがあった。詳しい出自は謎であり、戦場で武勲を上げ続けることによって若くして旅団長にまで成り上がった男。綺麗な白髪に端整な顔立ち、気品のある振る舞いでまるで貴族のようだが、戦場では別人のように残忍になり、部下を捨て駒のように扱う戦い方で、敵味方から「狂乱の貴公子」として恐れられているという。

「噂ぐらいは聞いたことはあるな」

「第四二〇旅団を指揮するこの男、非情に残忍な性格で、剣術と兵法に長け油断なりません」

「ふむ。こちら側に加えたいところだが、それが出来るなら、お前達でとっくにそうしているか……。まぁよい、兄の軍を破ってその後の問題はどうするつもりなんだ」

 グリードの言葉にマルセルは表情を少し曇らせた。

「ロマリア王国のローラント王は賢王として民から慕われる男で、本来、戦はあまり好まない人物だと聞いています。オイゲン将軍のことも高く評価しているそうです。現帝を排し、この度の戦の非礼を詫び、それなりの誠意を示せば和解に応じてくださるでしょう」

 マルセルの提案にグリードは不快感を示しながら言う。

「非礼だと? 非礼を詫びるべきは王の方ではないのか? 有利な条件をつけてやって講和するだけでいいだろう」

 和解の重要性を理解するグリードであったが、マルセルの話は二つ返事で了承できるものではなかった。

 この戦の原因はロマリアが帝国との約束を反故にした事で、現帝バスティアンが激怒したことにある。その約束とは先々帝、彼らの父であるオリバー帝の時代に交わされたもので、帝国とロマリアとの和睦の証としてローラント王の一人娘であるイリス姫を帝国に嫁がせることであった。だが、ローラントはバスティアンが統治を始め、急激に国力が弱まりはじめた帝国を見限り約束を違えた。

 グリードは兄であるバスティアンの事は嫌っていたが、帝国が、オートリアの皇帝が一介の国王如きに馬鹿にされるのは気に入らなかった。何よりもそんな者に自分が頭を下げるなど考えたくもなかった。

「グリード様のお気持ちもわかりますが、先に手を出したのはこちらです。ここは相手の顔をたてておきましょう。今の我々にはそれが最良の選択肢なのです」

 マルセルの言う通り、先に手を出したのは帝国側だ。激怒したバスティアンはロマリアに対する懲罰行為として大規模な軍を派遣したが失敗し大きな痛手を負い、ロマリアはこれを好機とし、逆に帝国領土内に攻め込む準備をしているという危険な状態だった。

「はぁ、わかった。仕方がないな」

 溜め息をついた後、グリードは渋い顔で承諾する。

「ご理解頂けて、光栄です」

 そう言いマルセルはグリードに深深と頭を下げた。

「話は戻るが、ここからどうやって俺を連れ出すつもりだ」

「館を襲撃する部隊を派遣致しますので、その混乱に乗じて脱出を。すでに、この館に何人か部下を潜り込ませていますので、道は彼らが案内します」

 マルセル達の手際の良さにグリードはつい笑ってしまう。

「クックック。本当にお前達は優秀だな。それで、いつ決行するつもりだ」

「二日後の夜、日が替わる頃に」

「えらく急だな」

「我々には時間がありませんので」

「まぁ、いいだろう。俺もこんな場所でくたばる為に生まれてきた訳ではない。お前達の話に乗ってやろうじゃないか」

 グリードはすこし興奮していた。大きな危険が伴うのは理解している。だが、彼がこの退屈な日々から抜け出すためにはこの機会を利用するか、兄が寿命で死ぬを待つぐらいしかないだろう。グリードには兄が自然に死ぬを黙って待つだけの忍耐力などないし、皇帝の地位に就くチャンスを見過ごせるほど無欲な人間にはなれなかった。

「では、ラガリア城でお会いしましょう」

 そう言ってマルセルが去った後、グリードは部屋の中で若干の不安と喜びを抑えきれず、独り笑みを浮かべていた。


 

 窓の外に見える景色は、今はまだいつもの夜と何も変わらない。だが、今日は、満月の浮かぶこの夜は彼にとって大きな変化をもたらす夜に違いなかった。グリードは静かにその時を待っていた。

 突如、夜空が赤く染まる。館には鐘の音が鳴り響き、兵達の様子が慌ただしいものになった。

――来たか――

 グリードは意外にも冷静にその時を迎えた。自分の部屋に向かってくる足音が聞こえる。

「グリード様、今がチャンスです。我々についてきてください」

 五人の男達が自分の部屋に入ってくるなり急かすように言う。どうやらマルセルの用意したネズミらしい。グリードは男達に案内されるままについて行き、特に何の問題も無く館の敷地外にでることに成功した。館の方からは兵達の叫び声や、金属同士がぶつかる甲高い音が絶え間なく聞こえる。

「お待ちしていました、グリード様。急いでラガリア城に向かいましょう」

 敷地の外ではさらに多くの男達が彼を待っていた。ラガリアまでの護衛を担当する部隊のようで彼らの用意した馬にグリードは(またが)り移動をはじめた。


「馬車はないのか、馬車は」

 しばらくして、ぎこちなく馬を操るグリードが護衛の兵達に泣き言を言う。彼はあまり乗馬が得意ではなかったのだ。馬の揺れで彼のお腹の脂肪がぷるぷると波打つ。

「申し訳ありませんが、そんな悠長な乗り物に乗ってる暇はありません」

「わかっているわ!!」

 逆ギレするグリードに、兵達は苦笑いを浮かべ顔を見合わせた。


 ラガリア城に着いたのは、夜が明けようとする頃になってからだった。

「予定よりすこし遅れています。将軍もお待ちでしょうから急ぎましょう」

「誰に物言っているんだ? 皇帝になる男が将軍如き待たせて何が悪い」

「ハッ!! 失礼しました!!」

 移動の疲れがグリードの機嫌を悪くしていた。

 グリードがラガリア城内の会議場に案内されると、そこにはオイゲン将軍やマルセル、師団、旅団長達、アレクサンダル伯爵など今回の反乱軍の主だったメンバーが集まっていた。ただ、三弟の一人、ハンスの姿だけは見当たらない。部屋の中にいる男達は席を立ち、頭を下げてグリードを迎える。

「久しぶりだな、オイゲン」

 グリードは一番奥で頭を下げている老兵に挨拶をした。

「お待ちしておりました、グリード様」

「しかし、また大きくでたな。父が生きていれば今回のお前の行動、どう思うだろうな」

「オリバー様がご存命だったならば、帝国の為に私がこのような行動をとる必要もでてこなかったでしょう」

「帝国の為に……か。オイゲン、俺がその帝国の為にならない男だったらどうするつもりだ」

「グリード様の為に働く事は、帝国の為にもなることであると信じております」

 淡々と答えるオイゲンにグリードは恐れのようなものを感じる。昔からオイゲンには逆らえないところがあった。オイゲンは将軍として軍を束ねる傍ら、教育係りとして長い間自分の世話をしていた男で、普段は寡黙な奴だったが、静かな口調で叱る時にはなんとも言えない凄味があった。幼少時にわがままばかりを言って城の者を困らせていたグリードが素直に言う事を聞く相手は父や兄達、そしてオイゲンぐらいのものだった。

「ふん、俺ももうガキじゃない。将軍如きの操り人形にはならんぞ」

「この老いぼれめは帝国の新しい時代の礎となる為の駒にすぎません」

「ならば、せいぜいその駒に寝首を掻き切られぬように注意するとしよう。ところで、ハンスの奴の姿が見えぬが?」

「ハンスには館での救出部隊の指揮を直接執らせています。問題がおきてなければ、そろそろ戻るでしょう」

 オイゲンが言った丁度その時、赤みがかった茶髪の男が会議場に入ってきた。

「将軍、只今戻りました」

「ご苦労、ハンス。無事、グリード様が御着きになっておられるぞ」

「ご無事で何よりです。多少手荒い手段となった事は申し訳ありません」

「まぁ、気にするな。あんな退屈な場所から脱け出せたんだ。それで、よしとする。それよりも、次の戦いが本番だ。お前の働き、期待しているぞ」

「お任せ下さい。必ずご期待にお応えしましょう」

 そう言ってハンスはグリードに頭を下げた。

「ハンスも戻りましたので、そろそろ出発の準備を」

 マルセルがオイゲンに告げる。

「うむ。グリード様こちらに着いたばかりで申し訳ありませんが、我々には時間がありません。準備が出来次第、ラガリアを発ち、帝都へ向かいます」

「それも仕方あるまい」

 グリード達、反乱軍にはとにかく時間がなかった。ロマリアが帝国に攻め込む前に決着をつける必要がある。一秒たりとも無駄には出来なかったのだ。

ヤマなしオチなしイミなし、そんな作品に僕はしたい。


他に書いてる作品と違って伝えたいテーマみたいなものはなくファンタジーな戦記もの書きたいと思ってたら、ゲーム作ろうとした時に作ったキャラやら設定やらがあったのでそれを利用して書いてます。特別、軍事的な知識があるわけではないのでそのへんは多目に見てやってください。

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