よくある唯一の恋
――あたし、好きな人ができたんだ。
おお、よかったじゃないか。
放課後の、やや夕陽の差す教室で俺がそう言うと、なぜか舞佳はふくれ面。
「ちょっとハヤト! あたし好きな人ができたんだよ!」
「うん、よかったじゃないか……?」
何を言おうとしているのか図りきれない。
しばし考えて、思い当たる。
「ああそうか、その恋が実るかどうかわからないもんな」
「うぐぐ! 絶対実るもん!」
舞佳がもどかしげにいきり立つ。いやこれ一般論じゃね?
「で、誰だ? できる限り協力したい」
「うぐぐ!」
「なんでここで憤激?」
今日の舞佳はカルシウム不足なのか。
「部活? いやでも今のお前は帰宅部だしな。中学までは空手部だったけども」
こいつはかつて空手部のエースだったが、卒業と同時に引退したようだ。今じゃ勉強に邁進している。
勉強の才能は、ムカつくことにまあまあだったようで、現在は俺と学年一位を争っている。
……それでいいのかもしれない。万能の天才は、リソースの割り振りに失敗すると万事中途半端になる。某二刀流スーパーメジャーリーガーは天才中の天才なのだろう。
そういう話じゃねえな!
「誰のために帰宅部に……!」
「お、するとお相手は勉強ができるタイプか。不良はさすがにおすすめできないしなあ」
現代型の不良は帰宅部である。うちの場合、野球部やらテニス部にも悪いのはいるけどな。
「お前だよお前……」
「俺は不良じゃないけども?」
非行に全く縁がないのは、俺のささやかな自慢の一つだ。
そうじゃねえな!
「つまり、俺と似たようなタイプなのか」
「……そう! まるでお前そのものみたいな!」
「おお! だったら有益なアドバイスを送れるな!」
「アァアァアァ!」
「なんで!」
「……わかったら好きな人とのデートの予行演習をする! ハヤトは練習台だ!」
舞佳は俺の腕を強引に引っ張る。さすが元空手部だな、ろくに抵抗できない。
そして、その予行演習とやらは、いつもの放課後のぶらつきと何が違うんだ?
疑問を置き去りにして、俺たちは教室を出た。
本当にいつものぶらつきとそんなに変わらなかった。
「ここだよここ。好きな人と一緒にアイスなんだよ」
某有名アイスクリーム店、ではなく、そのリスペクトっぽい町のアイス屋。
ストロベリーチョコが口の中を癒す。
「あの」
「なによ」
「男でこういうアイスが好きなのは少数派では?」
「ハヤトは好きでしょ、あたし知ってるんだから」
「いやそうだけど、さすがにお相手がそうかどうかは」
「いいの!」
「エェ……」
とりあえずバナナメロンをおかわりした。財布の空き容量が増えた。
近所の小さな映画館では、短めの映画を上映することがある。これなら学校帰りでも夜遅くならない。館長は頭が良い。
「映画は定番だよね!」
「まあ……」
「B級SF映画がいいよね」
俺はな。お相手は……。
いや、もうやめよう。言うだけ無駄だ。もう分かった。
「暗い館内で手をつないだりチューしたり、グヘヘヘ」
もうこいつの好きにさせよう。
なお、舞佳は上映中に手をつないでモミモミしたあげく、上映中に俺にもたれかかって居眠りしやがった。
おかげで肩を少し痛めた。
頭のはるか上は、少し暗さが目立ってきた。夕陽の色と紫の空がせめぎ合っている。
かつて公園だった高台。一般的なカップルにさえうち捨てられたその場所で、舞佳は向き直り。
「くやしいけど、昔からハヤトのことが好きだった」
ぽつり。
「今も続いているんだよ。予行演習は全部、お前のためだったんだよ」
夜風に吹き消されそうな声で。しかし俺にはしっかり届いている。
「ハヤトは鈍すぎるんだよ。ここに来るまでなんも気づかなくてさ」
「いや、気づいていた」
俺が返す。舞佳は目を見張る。
「いくらなんでもここまでされたら気が付く。遅くとも映画館のあたりで確信に変わった」
「ハヤト……」
「もっと前から、そうなのかもしれないという予感はしていた。そして」
一瞬のためらいののち。
「そうであってほしいと願うようになった」
俺が少し近づくと、舞佳はあっさり俺に抱き着いてきた。
素直すぎるな。
……ではなかった。俺はきっと現実を見ようとしなかった。「そうでない」おそれにおびえ続けてきた。
舞佳は現実を見続けてきたんだ。
「舞佳、好きだ、俺と付き合ってほしい」
「私のほうがハヤトのこと好き。末永く付き合ってください」
ゆっくりと唇を重ねた。
わずかにレモンクリームの香りがした。




